クリミアの住民投票から考えるその戦略的重要性

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編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

16日に行われたウクライナ南部クリミア自治共和国のロシア編入を問う住民投票でロシア編入を支持する人たちが90%を超えるという圧倒的な結果が出た。

この結果を受けて、17日にクリミア自治共和国議会は「クリミア共和国」としてロシアに編入することを正式に要請する決議とウクライナからの独立決議を採択した。また、クリミア自治共和国議会はロシアの通貨ルーブルを「第2通貨」として導入し、ウクライナ通貨フリブナの流通を2016年1月1日で打ち切ることも決定している。

米国のオバマ大統領は16日にロシアのプーチン大統領と電話会談し、クリミアの住民投票の結果を米国は認めないと述べ、ウクライナの危機に関して米国がロシアに対し制裁を発動する用意があると警告した。そして、実際、米国は17日になってプーチン大統領側近ら11人の資産凍結を発動し、制裁を強化した。

これに対して、プーチン大統領は住民投票は合法であると主張し、ウクライナ暫定政府が同国のロシア系住民に対する暴力を抑制できないことに懸念を表明した。

また、EUも16日の住民投票は違法で正当性がないとして結果を認めない考えを表明し、17日にブリュッセルで外相理事会を開き、資産凍結や渡航禁止などを含むロシア政府関係者ら計21人(クリミア関係で8人、ロシア関係で13人)に対する制裁発動を決定した。

さらに、国連安全保障理事会は15日、住民投票を無効とする決議案を協議し、13ヶ国が決議案に支持を表明したが、ロシアが拒否権を発動し、中国は棄権している。

そういう中で、日本政府もロシアに対し厳しい態度で臨んでいる欧米と歩調を合わせた形で18日に、ロシアへの制裁措置として同国との間で行っているビザ緩和に関する協議を停止すると発表した。今回の制裁には、新投資協定、宇宙協定、危険な軍事活動の防止に関する協定の3協定の締結交渉開始の凍結も含まれている。日本政府はロシアの今後の動き次第では、追加制裁を実施する方針を明らかにしている。

このように各国がそれぞれの立場から主張を展開しているが、今回の住民投票に対するウクライナ、クリミア、ロシアの3国のメディア報道について、以下に見てみたいと思う。

 

『キエフ・ポスト』の報道

最初に『キエフ・ポスト』の報道に注目してみる。『キエフ・ポスト』は今回の住民投票について、「少なくとも21,000人のロシア兵の監視の下で行われた重大な欠陥投票」という表現を使っている。

 

開票作業から閉め出されたジャーナリストたち

その上で、もし国際的に公認された監視団が投票をチェックしていたとしたら、多くの問題点に気づいただろうし、いたるところに違反行為が見つかっただろうと報じている。実際、午後8時に投票が打ち切られ、開票作業が始まると、シンフェロポリ中心部のある投票所の開票作業を取材しようとした『キエフ・ポスト』とロシア人のジャーナリストたちが開票作業を見ることを許されず、その場から閉め出されるという一幕があったという。

警察がロシアの取材クルーのテレビカメラをたたき壊したのだった。その投票所のたった1人の監視員の話によると、クリミアの選挙管理委員には開票作業を行っている人たち以外の全ての人間を会場から閉め出すことができる権利が与えられているという。これは民主的な選挙の原則に反している。

今回の住民投票を取材したジャーナリストたちはミハイル・マリシェフ選挙管理委員長に違反行為について尋ねた。違反行為の中には、ロシア系住民に投票が認められていること、投票用紙に普通の事務用紙が使われていること、ジャーナリストの投票所への立ち寄りが禁止されていること、武装または制服姿の男たちが投票所の外に立っていることが含まれる。

 

有権者一覧表に死亡者名が掲載されていた問題

いずれのケースについても、マリシェフ氏は公式な抗議は受けていないと述べている。同氏が認めた唯一の違反行為は、有権者一覧表に死亡した人の名前が含まれているという問題だ。この問題は2004年のウクライナの大統領選挙でもオレンジ革命のきっかけになったものであり、重大な違反とされていた。

マリシェフ氏は、有権者一覧表に死亡した人の名前が載っていた原因はキエフの暫定政府とクリミアとの間に問題があって、住民投票に間に合うように適切な一覧表を作成することができなかったためだと述べている。ただ、今回の有権者一覧表の問題は単なるミスであり、意図的に不正な投票を許すために使われたものではない、と同氏は述べている。

 

他国から自主的にやってきた監視団

今回の住民投票には他国からやってきた30人の監視員が参加しているが、その大部分が個人的にクリミアの住民投票に関心があり参加したという人たちだ。その中には、ラトビアのロシア系の少数民族の代表やカタロニアのスペインからの独立を支持するスペイン人の議員、共産党所属のロシア連邦議員、欧州の極右議員などが含まれている。

彼らは今回の投票に全く違反行為は見当たらなかったと話しており、「民主主義の実験」をその目で見ることができてよかったとしている。また、彼らは米国と欧州を公然と批判し、民族自決権を擁護している。特に、シンフェロポリの3ヶ所の投票所を監視したというスペイン人のエンリケ・ラヴェロ議員は、次のように語っている。

「今日は住民が自由に投票している姿を目にして、クリミアには民主主義、人権、民族自決権、民衆の勝利に向けた希望があると思いました。ここには私の祖国であるカタロニアよりも多くの自由があります。クリミアは私たちカタロニア人にとってお手本になります」

全欧安保協力機構(OSCE)などの国際的に公認された監視団は、有権者登録一覧表から実際の投票、開票、集計に至るまでの全過程の信頼性に対して疑いを持ち、今回の住民投票への参加を拒否している。

 

タタール人居住区の投票状況

クリミア・タタール人が多く居住するシンフェロポリのカメンカ地区の投票所にはほとんど人がいなかった。この地区には2ヶ所の投票所があり、そのうちの一方の投票所のザンナ・ニキテンコ選挙管理委員長は、有権者の約55%が投票を行い、投票者は皆穏やかで平和的な雰囲気だったと語っている。

しかし、もう一方の投票所の場合、登録有権者の10%しか投票を行っていないとされている。実際、『キエフ・ポスト』の取材記者はクリミア・タタール人の一組の男女しか見かけなかったし、2人はコメントをするのを拒否した。

 

クリミア通信の報道

それでは、ここからは現地のメディアであるクリミア通信(Crimean News Agency)がどう報道しているかに注目してみたい。ミハイル・マリシェフ選挙管理委員長の発表によると、今回のクリミアの住民投票の結果(開票率100%)、投票者全体の96.77%(1,233,002票)がクリミアのロシア編入に賛成していることが明らかになったという。有権者全体の83.1%にあたる1,274,096人が投票に参加した。

また、クリミアのウクライナ残留を希望する人たちは2.51%(31,997人)であり、無効票は0.72%(9,097票)だった。

 

クリミア・タタール人の投票状況

次に、投票前から住民投票のボイコットを表明していたクリミア・タタール人についての報道を見てみたい。(関連記事:ロシア編入に脅威を感じているクリミアのタタール人

クリミア・タタール人の最高民族自治組織である「メジュリス」の元代表であるムスタファ・ジェミレフ氏は、クリミアのタタール人の90%が住民投票をボイコットしたと述べている。また、たとえ数人のタタール人が投票所に来たとしても、それは例外的なケースだとしている。

ジェミレフ氏はさらに、ボイコットは問題の解決にはならないとして、次のように述べている。

「バクチサライの同志たちの話によると、多くて30%のタタール人が投票したということだ。選挙管理委員会の発表では投票率64%だとされているが。ベロゴルスキー地区でも同じような状況だ。住民投票の投票者数は重要ではない。選挙管理委員会は発表する必要がある公式の数字を発表しているだけだ」

ジェミレフ氏はまた、問題はクリミアのタタール人が住民投票をボイコットするというだけにとどまらないとして、次のように述べている。

「問題は全体の投票率だ。メジュリスのメンバーたちがクリミアのあちこちの投票所を実際に訪れて確認してみたところ、平均投票率は約30%ということだ。たぶんケルチのようにロシア語系住民が多数派を占めている都市では、もう少し高くて50%くらいまでいくだろう」

しかし、ジェミレフ氏は投票結果について非常に疑問の余地が残るものだという点を強調し、特にクリミアの人口の3分の1を占めているタタール人が多数派を形成している地域では、タタール人によるボイコットがあるため、全体の投票率が70%に達することはないだろうと述べている。

 

イタルタス通信の報道

ミハイル・マリシェフ選挙管理委員長の発表によると、今回のクリミアの住民投票は開票率50%の段階で、全投票者の95.5%がクリミアのロシア編入に賛成していることが明らかになったという。また、クリミアのウクライナ残留を希望する人たちは3.5%であり、無効票は1%だった。(ここにはセバストーポリ特別市の投票結果は含まれていない。)

今回の住民投票では、クリミアの住民1,534,815人とセバストーポリ特別市の住民309,774人に投票権が与えられた。また、クリミア全体で27の選挙管理委員会が組織され、1,239ヶ所に投票所が設置されており、この中にはセバストーポリ特別市の192の投票所も含まれている。さらに、住民投票の費用170万ドル(約1億7,200万円)はクリミア自治共和国の予算でまかなわれている。

さらに、開票率75%の段階では、全投票者の95.7%がクリミアのロシア編入に賛成しており、投票率は82%だった。

 

ウクライナおよびクリミアの戦略的重要性

以上が、ウクライナ、クリミア、ロシアのメディア報道の比較だが、ここでそもそもロシアにとってウクライナおよびクリミア半島という土地がどんな意味を持っているのかについて見てみたいと思う。

ここでは、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策などを専門とする小泉悠氏(財団法人未来工学研究所客員研究員)の解説に注目したい。小泉氏は自身の論考の中で、ロシアにとってウクライナおよびクリミア半島は戦略的に重要な拠点だと述べており、次のように説明している。

クリミアを含めたウクライナはロシアにとって死活的とも言える重要性を持つ。産業面では、ウクライナの航空宇宙産業はロシアと深いつながりを持ち、経済面では対欧州ガス輸出用の主力パイプラインが通っている。

また、クリミアに駐留する黒海艦隊は、ロシアの海運のおよそ30%が通過する黒海の制海権確保とともに、シリア情勢などに睨みをきかせるためにロシアが地中海に展開している艦隊を支えるロジスティクス拠点でもある。

さらにロシアは黒海へのNATO(特に米海軍)の海上プレゼンスに神経を尖らせている。以上のような黒海の地勢的重要性から、平時にロシアの海上プレゼンスが相対的に低下することへの懸念に加え、有事に黒海から巡航ミサイル攻撃を受ける可能性があるためだ。米海軍のトマホーク巡航ミサイルは(タイプによって異なるが)2,000〜3,000km程度の射程があるため、ロシアの主要政経拠点が収まってしまう。

しかも通常型の長射程精密攻撃兵器による攻撃に対しては核兵器で報復を行うことが難しく、抑止力が働かないのではないか、という懸念がロシア側には存在している。

このため、ロシア海軍はフリゲート6隻、通常動力型潜水艦6隻、揚陸艦2隻、Su-30SM戦闘爆撃機50機などの新型艦・航空機を2020年までに相次いで黒海艦隊に配備してパワーバランスを維持する計画である。その一部はすでに配備を目前に控えているが、クリミアの根拠地を失えばその計画も大きく有効性を減じてしまう。(中略)また、クリミアが黒海北部のほぼ中央に位置し、あらゆる海域に迅速に兵力を展開できるという地理的優位性も見逃せない。

 

西側が勢力圏や国益を侵食してくることに脅威を感じているロシア

小泉氏はさらに、今回のロシアによるウクライナへの軍事介入について、ロシア指導部には冷戦後、ロシアが冷戦の「敗者」として扱われ、欧州の安全保障秩序がロシアに諮られることなく勝手に決められていったり、ロシアの勢力圏内にEUやNATOを一方的に拡大してきたりするような動きに対して強い不満が鬱積していると述べている。

その上で、プーチン大統領の目には、西側が様々な手を使ってロシアの勢力圏や国益を侵そうとしているように映っているのであろうと分析している。特にプーチン大統領が絶対に譲れない一線と考えているのが、ウクライナやグルジアといった第ニ次世界大戦前からソ連に含まれていた地域だ。

小泉氏は続けて、「今回のウクライナ問題にしても、EUとの連合協定程度ならばまだしも、明らかに反露的な新政権が成立すればそのままNATO加盟、ひいてはEU加盟へと続いていくことが明らかであり、ロシアとしては受け入れられなかったものと思われる」と分析している。

 

沖縄の在日米軍基地を思い起こさせるクリミアの黒海艦隊

私はロシアの内在的な論理を分析した小泉氏の論考を読んだ時、沖縄に駐留する在日米軍基地が真っ先に頭に思い浮かんだ。ロシアにとってウクライナおよびクリミア半島が戦略的に重要な拠点であるとすれば、米国にとって沖縄が地政学的に重要な戦略拠点であるという構図がダブって見えた。

そういう意味から言っても、今回のウクライナ問題は日本にとっても決して地理的に遠く離れた国の出来事ではなく、そこから学ぶべきこと、考えるべきことが多い事象だと言えるだろう。

 

【参照記事】

Kyiv Post : Declaring victory, Crimean and Russian officials pledge fast integration

Crimean News Agency : 100% ballots processed: 96.77% Crimeans vote to join Russia

Crimean News Agency : 90% of Crimean Tatars didn’t take part in referendum:Jemilev

ITAR-TASS News Agency: More than 95% Crimeans voted for reunification with Russia, says official

ITAR-TASS News Agency: Legal decisions on Crimea’s accession to Russia will be ready promptly — official

小泉悠氏:ロシアにとって譲れない一線、ウクライナ プーチンの思惑

 

Photo : Twitter

AUTHOR

Kazuya Hirai

Kazuya Hirai

平井和也 | 1973年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。人文科学・社会科 学系の翻訳者(日英・英日)。F1好き。 Twitter:@kaz1379/ブログ:http://entrans221.blog38.fc2.com/