米「ストラトフォー」が示唆するポストウクライナの米国の国防政策とは?

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編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

本稿では、インテリジェンス企業ストラトフォーの公式サイトに4月8日に掲載された“U.S. Defense Policy in the Wake of the Ukrainian Affair”(ポストウクライナの米国の国防政策)と題した論考についてご紹介したいと思う。この論考はストラトフォーの創設者兼CEOであるジョージ・フリードマン氏によって書かれたものだ。同氏は1996年にストラトフォーを設立し、同社は政治、経済、安全保障に関わる独自の情報を一流企業や米国政府、外国政府などに提供しており、「影のCIA」の異名を持っている。

フリードマン氏の著書は日本語にも翻訳されており、特に『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』(1991年)や『100年予測』(2009年)などがよく知られている。それでは、さっそく以下にその内容を見ていきたいと思う。

非対称戦争と長期戦争の時代

冷戦終結以来、先進国同士の(核兵器を用いない)通常戦争の時代は終わったという議論が続いている。1990年代に入ってから、軍隊の主要な目的は、平和維持活動や災害救援活動、圧政的な政治体制の変更といった戦争以外の活動に関わることだと考えられるようになった。

2001年9月11日の米国同時多発テロ後は、非対称戦争と長期戦争という概念についての議論が始まった。この非対称戦争と長期戦争というモデルにおいては、米国はイスラム世界の広範囲にわたる領域内で反テロ活動を展開することになる。ここでは、国家対国家の争いはもう時代遅れなのだ。

この考え方には、非常に急進的な思想が含まれていた。欧州では国家間の戦争、大国同士の戦争が絶えず続いてきた歴史があり、欧州以外の世界の他の地域も同様に激しい戦いを繰り広げてきた。それまでのいつの時代にも、国際システム全体(16世紀以来、欧州による支配が進んだ)を巻き込んだシステム内戦争が行われてきた。20世紀には二度の世界大戦があり、19世紀にはナポレオン戦争、18世紀には七年戦争、17世紀には三十年戦争が起こっている。

国家間戦争とシステム内戦争の終わり

米国の国防政策は国家間戦争およびシステム内戦争から発想を転換する必要があると唱えてきた人たちは、実際のところ、世界は、以前は当たり前だったことが今では珍しく、また存在していないことさえあるという新しい時代に突入したと主張していたことになる。この新しい時代の戦争は、国家間の戦争ではなく、準国家的な集団を相手にしたものであり、システム内戦争ではない。

この議論が持つ過激な性質自体を議論している当事者たちが認識することは稀であり、この議論に従って展開された米国の国防政策が不適切だと見なされたことはほとんどなかった。もし米国がこれからの五十年間にイスラム世界における反テロ作戦を展開していく考えでいるとしたら、我々はこれまでとは全く異なる軍隊を必要とすることは明らかだ。

このような議論が生まれてきた背景には二つの理由がある。

一つ目は、軍の作戦計画を立てる者は常に今戦っている目の前の戦争に囚われるものだということだ。目の前の作業を恒久的な作業だと見なすのが人間らしさだ。冷戦時代、それをどう終わらせるのかという問題は誰も想像できないことだった。第一次世界大戦においては、防御が目立った静的戦争(死傷者が多すぎるため前線の動きが遅く、その結果変化が乏しくなる戦争)が新しい恒久的なモデルだったことは明らかだ。

軍司令官は常に最終戦争を戦うという考え方は、軍司令官は常に、今戦っている戦争こそ永久戦争だと考えているという言い方に変える必要があった。結局、軍司令官の軍歴の絶頂が戦争であり、今ある戦争をしている最中であり、将来は戦争をすることはないと考えている時に、他の戦争のことを想像するのはくだらないことだと思われていた。

二つ目の理由は、軍事力で米国に対抗できる立場にある国民国家が他に存在しなかったということだ。冷戦終結後、米国の強い立場は際立っていた。米国は現在も強い立場を維持しているが、いずれは他国が国力を増していき、同盟関係や連携態勢を整え、米国に対抗できるようになるだろう。

大国がたとえどんなに寛容であったとしても(米国が特段寛容な国だというわけではないが)、他国がその行動を見て、大国を恐れたり、怒りを表したり、恥ずかしい思いにさせたいと思ったりすることがあるだろう。過去二十年間は、米国に対抗できる国民国家はないという考え方は妥当なものに思えたが、実際には、これからは米国の国益に反する利益を追求する国が現れ、国家間の利害対立が生じるだろう。

米国の国力が圧倒的なものになる潜在的な可能性はあるが、だからと言って絶大な国力を持つことができるというわけではない。

システム内戦争と非対称戦争

また、戦争以外の非対称型の戦闘や作戦は国家間戦争やシステム内戦争が行われている間にも常に起こっていたものだということを忘れてはならない。英国はフランスとの間で国家間戦争を行っている時に、アイルランドと北米において非対称戦争を戦っていた。ドイツもユーゴスラビアで非対称戦争を展開するのと同時に、1939年から1945年までシステム内戦争を戦っていた。

さらに、米国も1900年から1945年までフィリピン、ニカラグア、ハイチなどで非対称戦争を行っていた。

戦争以外の非対称型の戦闘や作戦は国家間戦争やシステム内戦争よりもずっと広く見られるものだ。時には圧倒的に重要なものに思えることもある。しかし、米国が英国を戦争で打ち破ったからといって、英国の国力が破壊されたわけではないように、非対称戦争の結果が長期的な国力を決めることは稀であり、国際システムそのものを決定付けることはほとんどない。非対称戦争は決して新しいタイプの戦争ではなく、戦争には永久についてまわる側面なのだ。

国家間戦争とシステム内戦争も戦争には常に付きものだが、非対称戦争ほど頻繁に起こるものではない。また、それと同時に、国家間戦争とシステム内戦争は非対称戦争よりもずっと重要なものだ。英国にとっては、ナポレオン戦争の結果は米国独立戦争の結果よりもずっと重要なものだった。米国にとっては、第二次世界大戦の結果はハイチへの介入よりもずっと重要なものだった。

非対称戦争にはもっと多くのものがあるが、非対称戦争に敗北したからといって、それで国力が変わるというわけではない。しかし、システム内戦争に負けた場合には、壊滅的な結果を招くことになりかねない。

軍事力は、頻繁に起こるもののそれほど重要ではない交戦を行うか、または稀ではあるが危機的な戦争を戦うかのどちらかのために構築することができるものだ。そのどちらの場合にも対応できることが理想的だ。しかし、軍事計画においては、全ての戦争が一様に重要であるというわけではない。国力と国際システムを決定付ける戦争は、取り返しのつかない壊滅的な結果を招く可能性がある。

非対称戦争は多くの問題や死傷者を生む可能性はあるが、それはそれほど重要ではない使命だ。軍事指導者や国防に関わる関係者は、現在戦っている戦争は人々の記憶にほとんど残らないかもしれないということ、現在の平和が永久に続くことは稀だということ、いかなるタイプの戦争も時代遅れになったという考えを持つことは間違っている可能性が高いということを肝に銘じておかなければならない。

ウクライナ情勢を巡る米露間の戦争はないだろう

ウクライナ問題はこの教訓を改めて浮き彫りにした。ウクライナを巡って米国とロシアとの間で戦争が起こることはないだろう。ウクライナには米国が戦争をすることを正当化できるだけの国益はなく、米国もロシアも戦争をするような軍事的な立場にはない。ウクライナに戦争をするための米国軍は配備されておらず、ロシア側も米国と戦争する準備態勢は取っていない。

しかし、ウクライナ情勢はいくつかの現実を突きつけている。一つ目は、各国の勢力関係が変化し、ロシアが1990年代以来、軍事力を大幅に増強しているということだ。二つ目は、1990年代になくなったと思われた二国間の利害関係の対立が再び浮上してきているということだ。三つ目は、この現実の中で両国が軍事戦略と軍事力を見直すことになり、将来の危機が通常戦争や核兵器の使用につながってもおかしくないということだ。

ウクライナ危機は国家間対立が決してありえないことではないということ、またその考え方の前提に立って構築された戦略や国防政策が現実にほとんど合致していないということを我々に見せつけているのだ。米国に挑戦できる国がなかった空白期間があったため、人的な条件は変わっていない。過去二十年間は戦争によって決定付けられる世界情勢のガバナンスに対する例外的な期間だった。

米国の国家戦略の基礎は海洋支配

米国の国家戦略は海洋の支配に基づいて構築しなければならない。海洋は、テロと核ミサイル以外のあらゆるものから米国を守ってくれるものだ。米国の海洋支配に対する最大の脅威は敵対的な艦隊だ。敵対的な艦隊に対する最良策はそれを建造させないようにすることであり、そのための最良策はユーラシア地域の勢力均衡を維持することだ。

そのための理想的な方法は、艦隊の建造よりも地上の脅威に対する防御のために資源が投下されるように、ユーラシアに緊張状態が続くような状況を作り出すことだ。ユーラシアに特有の緊張状態を考えると、米国はほとんどの場合、何もする必要はないが、ある片方の陣営か、または両陣営に対して軍事的・経済的な援助を行わなければならない場合もある。または、助言を行う場合も考えられる。

ユーラシアにおける米国の戦略

ユーラシアにおける米国の主要な戦略目標は、地上の脅威を完全に防御することができ、海洋において米国に対抗できるだけの経済力を持った地域の覇権国の出現を抑えることだ。

第一次世界大戦における米国の戦略は、ロシア帝国のニコライ二世の退位と海洋におけるドイツの侵略が激しくなる中で、英国とフランスが敗北する可能性があるか、または海上航路が封鎖されると考えられる段階になるまで、事態に介入しないでおくというものだった。その段階になって初めて米国は戦争に介入し、ドイツの覇権を阻止した。

また、第二次世界大戦では、フランスが敗退し、ソ連も敗退する可能性が見えてきて、行動を起こす必要が出てくる段階まで、米国は戦争への参戦を待ったのだった。その時にも、米国議会がルーズベルト大統領の欧州大陸への軍事介入計画を承認したのは、日本による真珠湾攻撃を経てヒトラーが米国に宣戦布告した後だった。

また、その時にも、米国は地中海で作戦を実行していたが、ドイツ軍の戦力が大幅に弱体化した後、1944年の連合軍によるノルマンディー上陸作戦まで米国は目立った動きを見せていなかった。

効果的かつ適切な同盟関係を前提とする勢力均衡戦略

米国が英国から引き継いだこの戦略を機能させるためには、米国は効果的かつ適切な同盟関係を必要とすることになる。勢力均衡戦略は、地域の敵国に対抗するために米国と同盟を組むことに利害関係を持つ核となる同盟国の存在を前提として成り立つものだ。ここで言う「効果的」とは、自国を自分たちで防衛する能力がある同盟国のことを指している。無力な国との同盟にはほとんど意味がない。

また、「適切」とは、特に危険な覇権国に対応するために地理的に適した場所にある同盟国のことを指している。

もしロシアを危険な覇権国と仮想した場合、適切な同盟国はロシア周辺諸国ということになる。したがって、この構図では、例えばポルトガルやイタリアはほとんど重要性を持たない国ということになる。また、効果という点に関しては、同盟国は自国の防衛に積極的に向き合う姿勢が必要だ。あらゆる同盟関係における米国の立場は、紛争の結果が米国よりも同盟国にとって重要なものでなければならないというものだ。

ロシアとの対決構造における勢力均衡戦略に適わないNATO

ここでNATOについて考えてみると、NATOは冷戦時代には極めて重要な意味を持つ軍事同盟だったが、ロシアとの新たな対決という環境においては適切でも効果的でもない可能性がある。NATO加盟国の多くが地理的に有利な場所に位置しているわけではなく、軍事的にも効果的ではなく、ロシアとの勢力均衡を図ることはできない。効果的な勢力均衡戦略の目的は台頭する国を封じ込めながら、戦争を回避することであるため、効果的な抑止力の不在は大きな問題だ。

ロシアが米国の国力にとって主要な脅威となる国であるという捉え方は決して確かなものではない。多くの人たちが脅威として中国を挙げることだろう。しかし、私の見方では、中国海軍の米国に対する脅威は、南シナ海および東シナ海の地理的な条件によって当分の間限定されたものになると考えられる。南シナ海および東シナ海には封鎖できる多くの要衝がある。さらに、陸上部隊を中心とした軍事力のバランスというものは想像しにくい。

しかし、それでも私がここで訴えている基本原則は変わらない。韓国と日本のように米国よりも中国との短期的な利害関係が深い国は、中国を封じ込めるために米国に支えられているのだ。

時間的にも物理的にも離れたユーラシアに対する米国のアプローチ

このケースおよび他の考えられるケースにおいて、米国にとっての究極的な問題は、ユーラシアでの交戦が地理的に離れているということだ。ユーラシアに高度な技術を備えた部隊を配備するのには膨大な時間が必要であり、部隊は高度な技術を備えたものでなければならない。というのも、米国はユーラシアで戦闘を行う時には常に敵に数の上で負けているからだ。

米国は戦力を増強する能力を持たなければならない。多くの場合、米国は介入のタイミングを選んでいるわけではなく、仮想敵が介入が必要な状況を作り出しているのだ。したがって、作戦計画を立てる立案者は実際にどこで戦争が起こる可能性があるのかわかっていないし、どんな軍隊を相手に戦うことになるのかもわかっていないのだ。

一つだけ確かなことは、部隊を結成する場所は遠く離れており、時間がかかるということだ。実際、湾岸戦争の砂漠の嵐作戦では攻勢に出るまでに六ヶ月間を要している。

米国の軍事戦略に問題を投げかけるウクライナ情勢

米国の戦略には大きな作戦の遅延を起こすことなく圧倒的な戦力を投射することができる部隊が必要だ。例えば、ウクライナの場合を考えてみると、もし米国がウクライナ東部をロシアの攻撃から守ろうとしていたとしたら、ロシアが東部を制圧するよりも先に部隊を展開することはできなかっただろう。したがって、ウクライナでロシアに対して攻撃を加えることは不可能だっただろう。

そのため、ウクライナ情勢は米国にとって戦略的な問題を投げかけているのだ。

米国はユーラシアで、国家間紛争またはシステム内紛争に直面するだろう。米国にとっては、決定的な部隊を送り込むタイミングが早ければ早いほど、コストも低く抑えることができるだろう。現在の通常戦争の戦略は第二次世界大戦の頃と似ている。この戦略は、装備とそれに必要な石油に大きく依存している。こういう部隊を現場に展開するのには何ヶ月間もの時間を必要とする。この戦略においては、第二次世界大戦の時と同じように、米国にとっては防御態勢よりもはるかにコストがかかり、危険もともなう攻撃態勢を強いられる可能性がある。

したがって、戦域まで移動する時間を大幅に削減し、部隊の規模を縮小しながらも、部隊の決定力、機動力および生存力を大幅に高めることが極めて重要なのだ。

抑止力が働き、戦争は例外となる勢力均衡戦略

また、これは作戦速度も減らすことになる。米国は2001年以来、絶え間ない戦闘状態を継続している。その理由は理解できるが、勢力均衡戦略では戦争は例外であって、常態ではない。展開できる戦力は圧倒的なものだと見なされており、それゆえに部隊を展開する必要はなくなる。この戦略では、米国の同盟国は十分なモーチベーションを備えており、自国のことを自分たちで守ることができる能力を備えている。

そういう事実自体に、地域の覇権国による攻撃を抑止する効果があるのだ。脅威と戦争の間に幾重にも重なる選択肢が必要なのだ。

米国の国防政策の三つの条件

米国の国防政策は、次の三つの条件の上に構築されなければならない。一つ目は、米国は実際に戦争が行われる場所を知らないということ。二つ目は、米国は戦争をなるべく控えるようにしなければならないということ。三つ目は、米国はユーラシアでは部隊の兵士の数で常に劣るだろうという事実を補うことができるだけの十分な技術を備えていなければならないということ。

実際に現場に展開する部隊はこの制約を克服しなければならず、しかもそれも迅速に行わなければならないのだ。

超音速ミサイルから電子的・機械的に強化された歩兵部隊に至るまでの様々な新しい技術は既に利用可能な段階にある。しかし、国家間戦争が終わり、中東における小規模部隊での作戦が戦争の永久的な形式だという考え方をしていると、これらの新しい技術を考慮に入れることができなくなってしまう。自陣の地域で戦いを行う敵に対して通常戦争を展開する可能性が永続的に存在するという枠組みの中で米国の戦略を再考する必要性は極めて重要なものであり、さらに非対称戦争での戦力の消耗は耐えきれないものだということを理解する必要がある。

非対称戦争に負けることは不運ではあるが、耐えることはできる。一方、システム内戦争に負けると壊滅的な結果を招きかねない。それゆえに、戦争をする必要がないようにすることが最善の策だ。

効果的かつ適切な同盟関係を前提とする勢力均衡戦略に適う沖縄の在日米軍基地

以上がジョージ・フリードマン氏の論考のまとめだが、上でご紹介した論考の中で効果的かつ適切な同盟関係を前提とする勢力均衡戦略の話が出てくる。この記述には、「効果的」とは、自国を自分たちで防衛する能力がある同盟国のことを指しており、「適切」とは、特に危険な覇権国に対応するために地理的に適した場所にある同盟国のことを指していると書かれている。

この定義は、まさに沖縄の在日米軍基地に当てはまっていることがわかるだろう。日本の自衛隊はパワー・プロジェクション能力(戦力投射能力)を持たない専守防衛に徹した軍事組織だ。つまり、本格的な海外派兵をしたり、戦力を投入して外国を占領したりすることができる構造を持つ軍事力ではなく、自国を防衛するための限定された戦闘しかできない戦力構造になっている。

また、沖縄の地理的優位性によって、在日米軍基地は、ハワイ以西の西太平洋から南アフリカのケープタウン以東のインド洋までにわたる第七艦隊の広い行動範囲をカバーすることができる。あまりにも米国の戦略の条件に見事に合い過ぎていて、日本人として改めて考えさせられる想いだ。

【参照資料】

Stratfor (George Friedman): U.S. Defense Policy in the Wake of the Ukrainian Affair


Photo : www.jamiewilliams.com.au

AUTHOR

Kazuya Hirai

Kazuya Hirai

平井和也 | 1973年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。人文科学・社会科 学系の翻訳者(日英・英日)。F1好き。 Twitter:@kaz1379/ブログ:http://entrans221.blog38.fc2.com/