⏩ セーヌ川は水質も流量も問題に
⏩ 東京五輪でも出た「おなじみ」の問題も懸念材料
⏩ 「最大の懸案事項」としての治安、対応策にも批判が集中
2024年7月26日(現地時間)、フランスでパリオリンピックが開幕し、8月28日からはパラリンピックも開催される(以下、パリ大会と総称)。
大会期間中、フランス国内外合わせて230万から310万人がパリを訪れると予測され、パリ首都圏における経済効果は、89億9,000万ユーロ(約1兆5,300億円)になると発表されている。
しかし、ソーシャルメディア上ではパリ市民から「パリに来ないで」という声が相次いでいる。たとえば、リオ・ノラという24歳の学生は TikTok 上に、パリ大会は「危険」で「この世の地獄」になるという主旨の動画を複数投稿している(太字は引用者による、以下同様)。
大会1年前におこなわれた世論調査によれば、フランス市民の 65% はオリンピック開催は「よいこと」と考えていたのに対し、パリ市民に限って言えば、44% が開催は「悪いこと」だと考えていた。
今大会は、パリに独特な事情だけではなく、2021年の東京大会でも取り沙汰された問題が再び示唆されており、批判を集めている。なぜ、パリオリンピックは批判や懸念を集めているのだろうか。
パリオリンピックが批判される7つの理由
パリ大会は大きく7つの点で批判や懸念を集めている。具体的には、
- セーヌ川
- 環境
- 国際政治
- 汚職
- 経済
- 治安
- 人権・社会問題
だ。
1. セーヌ川
1つ目のポイントとして、セーヌ川に関わる問題があげられる。
エッフェル塔やノートルダム大聖堂などに沿って流れるセーヌ川は、開会式で選手入場に使われる(選手団はボートに乗って入場する)他、マラソンスイミングやトライアスロン、パラ・トライアスロンといった競技でも使用される。
セーヌ川で開催される開会式のイメージ図(公式サイトより)
そのセーヌ川については、水質と流量という大きく2つの問題が指摘されている。
「生物学的に死滅した」水質
まずは、水質の問題だ。2016年のリオデジャネイロ大会、2021年の東京大会でも、競技で使われる海や川の水質について同様の指摘がなされていた(*1)。
セーヌ川でも現在、大腸菌の濃度が安全な水準を上回っているとされ、安全に開催できるか疑問視されている。6月中旬時点で、セーヌ川の汚染レベルは、世界水泳連盟が定める「許容できない水質」の水準(100mlあたり1,000cfu未満)を上回る値で推移していた(*2)。2023年には、汚染のレベルが基準値を超え、水泳のテスト大会が中止に追い込まれている。
パリの下水施設の一部は、19世紀頃に整備されたものを現在も使用しており、大雨が降ると、家庭や施設から下水に流された排泄物も、処理し切れずにセーヌ川へ流れ込む(*3)。
1885年のパリの下水道を示した地図。色付きの線が下水道を示しており、セーヌ川(SEINE)につながっている(Portail des bibliothèques spécialisées de la Ville de Paris, Public domain)
古い下水施設により、セーヌ川は排泄物とそれに含まれる細菌の流入を防げないため、1923年から遊泳が禁止されている。1960年代には、セーヌ川は生物学的に死滅した川だと宣言された。
2018年、パリで洪水が起きた後のセーヌ川(Mbzt, CC BY-SA 4.0)
水質問題に対処するため、フランス政府は2016年から、14億ユーロ(約2,400億円)を投じてセーヌ川の「遊泳可能化計画」を進めてきた。対策の一環として、パリの地下に直径50メートル、深さ30メートル(オリンピック用のプール20杯分)の貯水施設が建設され、雨水を一時的に貯められるようになっている。
また、川の清潔さをアピールするため、マクロン大統領とパリのイダルゴ市長はセーヌ川で泳ぐと約束した。7月上旬におこなわれた選挙のため予定は延期されていたが、7月17日、イダルゴ市長はセーヌ川をクロールで泳いだ。川からあがった同市長は、「クールです。最高です。これは夢です」とコメントしている。
市民の中には、他の社会問題(後述)ではなく川の清掃に多額の資金が投じられていることに不満を持つ人が少なくない。イダルゴ市長が当初遊泳を予定していた6月には、セーヌ川に排便する、と圧力をかける抗議活動までおこなわれた。
ここまで見てきたように、セーヌ川の水質は問題視されている。6月3日から7月2日までの30日間のうち、22日間で許容限度を上回っていたという。1週間のうち6日間で基準値を下回った7月3日から9日にかけては、降水量が少なかった。
したがって、開会式および競技が無事にセーヌ川で実施されるかは、本番前にまとまった雨が降るかどうかにかかっており、「運次第」とも指摘されている。
(*1)いずれのオリンピックでも、競技は予定通りおこなわれた。ただ、2019年に東京で開催予定だったパラ・トライアスロンのワールドカップは、お台場で大腸菌のレベルが基準を超えたため、デュアスロン(スイムなしで、バイクとランのみ)形式で実施されたことがある。
(*2)cfu は、コロニー形成単位と呼ばれ大腸菌などの細菌の濃度を示す。水中における大腸菌の存在は、最近の糞便による汚染レベルを示している。
(*3)専門家の間では、こうした下水網はセーヌ川に限った話ではなく、世界中の古い都市で見られるという。
流量
次に、セーヌ川の流量だ。水質の問題が解決されれば競技には支障がなくなるが、開会式の円滑な開催については流量も考慮の対象になる。
というのも、選手たちはボートに乗って開会式に参加するため、流量が増えるとボートの速度が上がりすぎてしまうおそれがあるからだ。式典のディレクターを務めるティエリー・ルブール氏は、流量が多いと「ボートの速度と操縦性に問題を引き起こす可能性がある」と認めている。
ボートの速度は、岸でおこなわれるショーとのタイミングに影響を与える。ルブール氏は、流量が毎秒500㎥を超えると、ボートの速度が時速12kmにまで上がり、川のパレードと岸でおこなわれるショーの同期が妨げられると説明している。
2024年6月中旬から約1ヶ月間にわたるセーヌ川の流量(パリ・オステルリッツ水量観測所のデータをもとに筆者作成)
パリ・オステルリッツ水量観測所のデータによれば、6月下旬から7月上旬までの間、複数日にわたってセーヌ川の流量が毎秒500㎥を超えたが、これは夏の平均値の4〜5倍にあたる。足元では毎秒400㎥付近を前後しているが、それでも平均値を大きく上回っている。
このように、選手の安全性という側面から水質問題が大きく取り沙汰されるセーヌ川だが、円滑な開催という側面では流量の問題も指摘されている状況だ。