Donald J. Trump(Whitehouse, Public domain) , Illustration by The HEADLINE

シリコンバレーのトランプへの賭けは失敗したのか?裏で進む2つのマンハッタン計画とは

公開日 2025年04月28日 19:00,

更新日 2025年04月28日 19:07,

有料記事 / アメリカ(北米) / テクノロジー

この記事のまとめ
💡シリコンバレーのトランプへの賭けは失敗したのか?

⏩ 関税や大学への締め付けはテクノロジー業界にとって打撃
⏩ 着実に進む2つのマンハッタン計画、関税政策の先に見据える未来とは?
⏩ トランプの反 DEI に共鳴、次の時代の採用基準は MEI に

シリコンバレーの巨人たちは、すでにトランプを支援し続ける理由を失っているかもしれない。

2024年のアメリカ大統領選で、テック業界の大物は次々とトランプ支持を表明した。バラク・オバマ(民主党)と蜜月を築いた起業家のイーロン・マスク、長らく「良き民主党員」とされた著名投資家のマーク・アンドリーセンといった面々がトランプ派に転向し、数ヶ月にわたって新政権を支えている

彼らがトランプを支持した理由については様々な説明がされてきたが、利己的なものも含まれていた。すなわち、当局による AI や暗号資産規制の緩和、富裕層の資本課税への制限といった政策への共感だ。

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しかしながら、実際に政権が発足してからトランプが打ち出した政策は、シリコンバレーの期待に反するように見える。後述するように、シリコンバレーによる賭けの失敗を示唆する理由が指摘されている。

ただ、著名投資家のピーター・ティールやその周辺では、愛国心を具現化するプロジェクトとして2つのマンハッタン計画が前進しており、彼らのトランプへの賭けが失敗したと言い切ることもできないだろう。

政権が発足する直前の2025年1月2日、The Economist 誌は「テクノロジー企業のワシントンへの進出はハイリスクだが、もしかしたらハイリターンになる可能性もある」としていた

シリコンバレーは、ハイリスクな賭けに失敗したのだろうか。

シリコンバレーのトランプへの賭けは失敗したのか?

Vox のエリック・レヴィッツは、「シリコンバレーはトランプを完全に誤解していた」と指摘し、その賭けは「失敗」だったと結論づけている

こうした見方は、大きく3つの視点に支えられており、具体的には(1)イーロン・マスクの撤退(2)関税(3)大学への締め付けだ。

1. イーロン・マスクの撤退

第1に、イーロン・マスクの撤退があげられる。政府の財政支出を徹底的に削り、「効率的な」政権運営を目指すと豪語し、マスクは政府効率化省(DOGE)を率いた。

しかしながら、政府の予算制約をめぐる構造、共和党内部からの反発などによって、DOGE の取り組みは苦戦を強いられてきた。

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加えて、4月22日には、マスクが経営する EV 大手・Tesla の業績悪化が示された。同社の決算によれば、第1四半期の収益(193億ドル)は前年同期比 9% 減、純利益(4億900万ドル)は 71% 減となった。

決算説明会の場でマスクは、トランプ政権への接近をめぐる「政治的な感情」が Tesla に「ある程度の反発」をもたらしたと認め、それを業績悪化の一因と示唆した。

これを受けてマスクは、5月以降は「DOGE に割り当てる時間が大幅に減るだろう」と述べ、政府における役割を大きく後退させる考えを示している。

このように、2024年の大統領選でトランプ最大の支援者となり、新政権でも象徴的な存在となっていたマスクだが、わずか数ヶ月でその役割を後退させる格好になった。

2. 関税

2つ目のポイントは、関税だ。

前提として関税政策は、アメリカの経済成長を停滞させている可能性が高い。多くのアナリストは、アメリカ経済が景気後退局面に入ったと考えており、アトランタ連銀の経済成長トラッカーによる最新の推計では、今四半期の GDP が 2.2% 減少すると予測されている。

4月22日に国際通貨基金(IMF)が発表した世界経済見通しは、関税の引き上げと不確実性により「大幅な減速」が引き起こされるとし、今年のアメリカ経済の成長率予測は 2.7% とされた。これは、1月の 3.3% から下方修正された数字だ。

特に、対中関税の引き上げは、テック業界に大きなダメージを与えている。なぜなら、アメリカのテクノロジーに使われるほぼすべての部品は中国製だからだ。

これらを背景に、2010年以来最速のペースで企業が破産申請をおこない、IPO(新規株式公開)は中止され(*1)、ビッグテックの株価は軒並み下落した。

トランプに投票したスタートアップ業界人は、すでにフラストレーションを募らせる者も少なくない。Andreessen Horowitz(a16z)から投資を受けたニュース企業・Eternal のレジー・ジェームズは「トランプに投票した友人はみんな、今幸せではありません。誰もがイライラしています」と述べる

ただ後述するように、シリコンバレーには依然として関税を後押しする者もいる。しかも彼らの目的にとって、関税だけでは不十分だとする考えすら提起されている。

(*1)世界最大のチケットマーケットプレイスである StubHub、後払い決済サービスの Klarna などは IPO を延期している

3. 大学への締め付け

3つ目は、政府による大学への締め付けだ。トランプ派の目には、アメリカのエリート大学が複数の “罪” を犯しているように映っていた。たとえば、大学が左翼的な思想を広め、DEI(Diversity, Equity, Inclusion:多様性、公平性、包摂性)の名の下に多数派の白人学生を差別し、反ユダヤ主義を野放しにしている、などの “罪” だ。

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大学への締め付け政策は、科学研究に対する投資の減少と、才能ある人材の追放という2つの視点から理解できる。

科学研究に対する投資減

まず、科学研究に対する投資の減少があげられる。

マーク・アンドリーセンは2024年7月、「アメリカのテクノロジー・リーダーシップ」は「高等教育システム、そして科学研究への長期にわたる政府投資」によるところが大きい指摘していた。

ところが、トランプ政権は発足以来、数十億ドル規模の連邦科学研究費の支給を中止または凍結してきた。2025年3月、政権はコロンビア大学に対し、合計4億ドル(約600億円)相当の契約や助成金を取り消すと発表した。4月には、ペンシルバニア大学、ハーバード大学、プリンストン大学も標的にされた

そうした研究費の締め付けは、技術革新と経済発展を鈍化させると考えられている。経済学者のベンジャミン・F・ジョーンズは、科学研究開発への投資1ドルにつき5ドルの経済的利益がもたらされると推定しており、政権のやり方は経済にとって悪手だと示唆する。

プリンストン大学のクリストファー・L・アイスグルーバー学長は政権の動きについて、「1950年代の赤狩り以来、アメリカの大学にとって最大の脅威」だと指摘する

才能の追放

次に、才能の追放だ。

アンドリーセンらは、経済成長を促進するための政策リストにおいて、「アメリカの大学などを卒業した外国人による新たな企業や産業の立ち上げを奨励するため、高技能移民の拡大」が必要だとしていた。

しかし、この点でもトランプ政権は逆のことをおこなっている。同政権は外国人留学生のビザを突然取り消し、国外退去を命じるという手段に出た。Inside Higher Ed のデータベースによれば、4月24日時点で、約1,800人の留学生がビザを失ったという。

3月に Nature 誌がおこなった調査では、アメリカに拠点を置く科学者の 75% が出国を検討していた。これを受けてヨーロッパの大学は、アメリカの学者を受け入れるためのプログラムを積極的に設けている

過去数十年にわたって、大学における自由な探求は、中国やロシアが持たず、アメリカが持つものの1つだった。アメリカの伝統的な保守派は、そのことを理解していた。1961年、ドワイト・アイゼンハワー(共和党)は大統領退任演説の中で、自由な大学が「歴史的に、自由な発想と科学的発見の源泉であった」と述べている。

大学への厳しい締め付けは、アンドリーセンらが期待した政策と逆行しており、彼らのトランプに対する賭けの失敗を裏付けるものと言えるかもしれない。

ただ、トランプによる関税引き上げや大学への強硬な姿勢は、既定路線だったはずだ。シリコンバレーの大物たちもそのことは理解していたはずであり、ピーター・ティールや彼の周辺も、エリート大学へ批判的な姿勢を示してきた過去がある。

したがって、シリコンバレーの大物たちは、望ましくない政策をトランプがおこなうと半ば予想しつつも、彼を支持したことになる。今後のポイントは何なのだろうか。

今後の論点

シリコンバレーが痛みをある程度予想しつつトランプを支持したとすれば、彼らはその痛みを上回るだけのリターンを期待しているに違いない。

その意味で、彼らの周辺で進んでいるテクノロジーに関わる計画や人材確保に関わる取り組みが今後の論点になるだろう。具体的には、(1)2つのマンハッタン計画(2)関税の次の展開(3)DEI にかわる人材採用基準だ。

(1)2つのマンハッタン計画

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✍🏻 著者
シニアリサーチャー
早稲田大学政治学研究科修士課程修了。関心領域は、政治哲学・西洋政治思想史・倫理学など。
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