⏩ 食品の機能性表示は、戦後のにせ薬横行で70年代に禁止
⏩ 80年代半ばの研究が画期、トクホで実用化
⏩ その後トクホのコスト、医療費高騰などが問題に
⏩ 業界からのロビー活動もあり安倍政権時に誕生
小林製薬が製造した、紅麹(べにこうじ)原料の機能性表示食品に関する健康被害問題が深刻さを増している。3月29日時点で、摂取との関連が疑われる死亡者数は5人に達した。30日と31日には、大阪と和歌山の子会社工場に厚労省の立ち入り検査が入った。
今回の件では、小林製薬の安全管理が問題視されると同時に、機能性表示食品それ自体のあり方にも疑問が呈されている。それはアベノミクスの「負の遺産」と評され、当時から問題点が指摘されていたとも報じられている。
ただ、当時の規制改革がどのような文脈でおこなわれたかについて、業界からの提言を含めた詳細はほとんど報じられていない。そもそも、トクホを含め食品に機能性を表示するという制度自体、どのような経緯で生まれてきたかはあまり知られていないだろう。
機能性表示食品は、どのようにして生まれてきたのだろうか。
規制誕生は戦後の “にせ薬” から
そもそも、日本では食品の機能性表示に関する規制は存在していなかった。
初めて規制が登場したのは1971年だ(当時の首相は佐藤栄作)。同年、厚生省薬務局長から「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」という通達が出されると、食品に機能性を表示することは事実上不可能となった。
規制が登場した背景には、戦後の日本で横行したいわゆる “にせ薬” の存在がある。1950年、当時の法務府検務局の高橋勝好検事は、次のように指摘している(太字は引用者による、以下同様)。
今度の戦争中及び戦後の期間を通じて、いやという程いまわしい事例を見せつけられた。(略)戦争直後からその弊害が漸次顕著になり、一昨年春頃からその毒牙をむき出している、ニセ薬の横行氾濫ほど憎むべき犯罪はないと考える(『日本医事新報』昭和25年8月19日、13頁)。
にせ薬とは、具体的にどのようなものなのだろうか。1969年の『週刊読売』には「ニセ薬屋どもの悪辣ぶり」と題する記事が掲載され、その年に検挙された「イカサマ薬品」が紹介されている(原文ママ)。たとえば、以下は「万病の薬」と称してマムシを売り、検挙された男性に関する記述だ。
自宅に漢方薬商の看板を掲げ、四十三年秋からことしにかけ万病の薬と称してマムシ三十一匹分の粉末を九万六千円で売った。ことし一月、マムシの黒焼きを堂々と宮城県庁地下に陳列、薬事法違反で検挙された。調べてみると、名刺には防衛庁、郵政省、電通など指定とあり、仙台市内の官公庁、北海道、福島、山形の自衛隊にも出入りしてかせいでいた(『週刊読売』1969年8月22日、30頁)。
こうしたにせ薬の横行が問題視された結果、前述の通達が1971年に出され、食品に機能性を表示することはできなくなった。
トクホと栄養機能食品の誕生
しかし、1980年代半ば頃、当時の文部省による「食品機能の系統的解析と展開」(*1)と題する研究が画期となった(当時の首相は中曽根康弘)。一連の研究により、食品にはそれまで知られていなかった新しい機能として、第3次機能が存在すると提唱されたのだ。
- 第1次機能:生命維持のための栄養面における働き
- 第2次機能:味覚などの嗜好面における働き
- 第3次機能:免疫やホルモンの調節、老化抑止などの体調調節機能面における働き
この第3次機能を有する食品が “機能性食品” と呼ばれるようになる。そして、こうした研究成果の実用化を目指した結果、1991年に特定保健用食品(トクホ)(当時の首相は海部俊樹)、2001年に栄養機能食品が誕生(当時の首相は小泉純一郎)し、食品にも機能性が表示できるようになった。
(*1)研究の代表者は、お茶の水女子大学の藤巻正生名誉教授(当時)
トクホの限界と医療費の増大
これらは、それまでの健康食品のうち、優良なものを制度で保護し、いかがわしい製品を市場から排除する目的もあったが、制約やハードルがあったとも指摘されている。
具体的には、トクホは許可取得までに多額のコストがかかること、栄養機能食品は対象となるカテゴリがビタミンやミネラルに限定されていた。結果的に、トクホや栄養機能食品と、それ以外の “いわゆる健康食品” では市場規模に倍近い差があったという。
いわゆる健康食品の場合、機能性を表示できないため、暗示的表現を使わざるを得ず、消費者が過剰に期待したり、一部事業者が悪用したりする問題が生じた。たとえば、2003年には沖縄県でアマメシバという植物を使った食品を摂取した人々が、次々と呼吸困難で入院する事態が発生している。
加えて、1990年代以降、高齢化の進展、医療技術の高度化などに伴う医療費の増大が問題視されていた。
国民医療費の推移(厚生労働省、CC BY 4.0)
こうした諸問題を受け、2012年に政権に返り咲いた自民党は、自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てするというセルフメディケーションを推進し始める。
安倍政権の規制改革
自民党は、2012年の衆議院選挙の政権公約(マニフェスト)において「健康寿命世界一」を掲げた。自民党が同選挙で勝利すると、2012年12月に第2次安倍政権が発足し、規制改革が本格始動する。
まず、2013年1月に開催された第1回産業競争力会議において、病気の早期発見や食事を含めた予防医学の進展など、健康寿命伸長産業が戦略分野の1つにかかげられた。同会議において、コンビニ大手・ローソンのCEO(当時)を務めていた新浪剛史氏は、「将来の社会保障費削減」を見込んで、「美味しくて低糖質等の高機能性食品産業の拡大による雇用増」を訴えている。
同じ頃、総理大臣の諮問機関として規制改革会議が発足、2月に開催された同会議で「一般健康食品の機能性表示の容認」が課題の1つにあげられている。委員の1人であった大阪大学の森下竜一氏は次のように述べた(*2)。
海外では機能性表示は一般的で、(略)日本だけがこのような表示ができない。(略)こういう形で表示ができれば、消費者の方も分かりやすくなり、そういう商品を開発しようという産業界の方もいるため、雇用の促進等にも繋がるのではないか。
実際にこうした形でちゃんと機能性表示ができれば、医療費の削減にも繋がるのではないかという例が日本でもあり、(略)埼玉県坂戸市の例を出している。これは葉酸を使って医療費が実際に減少したというケースであり、こうしたサプリメント、ヘルスケア用品の規制改革も是非行っていただきたい。
こうして、食品の機能性表示は優先的な課題になっていく。同年4月、規制改革会議の下に設置された健康・医療ワーキング・グループにおいて、前述したようなトクホと栄養機能食品の限界に加え、健康食品を利用する消費者の多くが商品の機能情報を求めていることが指摘された。
(*2)森下氏は、2003年から第1次小泉純一郎改造内閣において、知的財産戦略本部の委員も務めていた人物。同氏は、コロナ禍において、いわゆる “大阪ワクチン” の開発に取り組んだ大阪大学発の製薬ベンチャー・アンジェスの創業者でもある(その後開発を断念)。さらに、森下氏は、大阪・関西万博に出展する大阪ヘルスケアパビリオンの総合プロデューサーにも名を連ねている。
解禁宣言
そして2013年6月5日、安倍晋三首相(当時)は、「成長戦略第3弾スピーチ」において「規制改革こそ成長戦略の一丁目一番地」として、次のように表明した。
健康食品の機能性表示を解禁いたします。国民が自らの健康を自ら守る。そのためには、適確な情報が提供されなければならない。当然のことです。
現在は、国からトクホの認定を受けなければ、強い骨をつくるといった効果を商品に記載できません。お金も時間もかかります。とりわけ中小企業・小規模事業者には、チャンスが事実上閉ざされていると言ってもよいでしょう。
アメリカでは、国の認定を受けていないことをしっかりと明記すれば、商品に機能性表示を行うことができます。国へは事後に届出をするだけでよいのです。
今回の解禁は、単に、世界と制度をそろえるだけにとどまりません。農産物の海外展開も視野に、諸外国よりも消費者にわかりやすい機能表示を促すような仕組みも検討したいと思います。
目指すのは、世界並みではありません。むしろ、世界最先端です。世界で一番企業が活躍しやすい国の実現。それが安倍内閣の基本方針です。
政府は同年6月14日、「日本再興戦略 -JAPAN is BACK-」を閣議決定し、以下の方針を明記した。
いわゆる健康食品等の加工食品及び農林水産物に関し、企業等の責任において科学的根拠をもとに機能性を表示できる新たな方策について、今年度中に検討を開始し、来年度中に結論を得た上で実施する
機能性表示食品の誕生
この閣議決定を受けて、同年12月から消費者庁において検討会が開始され、翌2014年7月には報告書が取りまとめられた。その後、関係省庁や委員会との協議を経て、2015年3月末に食品表示基準が公布、4月1日に施行され機能性表示食品が誕生した。導入の目的について、消費者庁は「機能性を分かりやすく表示した商品の選択肢」を増やす目的で導入されたと説明した。
このように、戦後のにせ薬の横行から始まった食品の機能性表示に関する議論は、1980年代の文部省の研究が画期となり、トクホなどの実用化という形で一定の成果を見た。その後、トクホや栄養機能食品の限界点が指摘されると同時に、高齢化に伴う医療費高騰が問題視されたことを受け、セルフメディケーションの推進による将来の医療費削減と、新しい食品による経済成長を期待して生まれたのが機能性表示食品だったのだ。
誕生後も続いた見直し
機能性表示食品が正式に誕生した後も、その対象となる製品をめぐって見直しが続いていた。ビタミン・ミネラルや、成分特定が難しいとされる青汁、プロポリス、黒酢などについては、制度の対象外となっていたのだ。
そこで、2016年1月から始まった検討会では、そうした成分を含む食品を制度内に取り込むべきかが議論された。化粧品やトイレタリー、医薬品の専門誌『国際商業』(2016年12月号)には、この検討会について、次のように記されている。
実はこの検討会は、安倍総理の指示から発したものだ。機能性表示食品の施行直前に、業界側と消費者庁は、計5回、50時間にわたるガイドラインの内容調整を日本通信販売協会で行っていた。
一方で、この動きに加わっていなかった、日本チェーンドラッグストア協会の宗像守事務総長など一部の業界関係者が、伝手を頼って安倍総理に面会。その際、ビタミン・ミネラルなどが制度に入っていないことを、問題点として訴えていた。安倍総理はこれを受け、改善を指示。制度は施行直前で修正が利かなかったため、施行後すぐに検討することとなった。これを受けて行われたのが、今回の検討会という位置づけだ(『国際商業』2016年12月号、72-73頁)。
ここで言及されている宗像事務総長(当時)は、ドラッグストア業界の成長鈍化を懸念し、再成長のための需要創造の切り札として、機能性表示食品に期待を寄せていた人物だ。
ちなみに、2016年の検討会では、ビタミンなどは過剰摂取の懸念から、制度の対象とすることが見送られたが、その後のガイドライン改正時に機能性表示の対象に盛り込まれている。
今後も見直しの可能性
2024年3月29日、自見はなこ消費者相は記者会見において、機能性表示制度の見直しについて、「何らかの方向性を排除するものではありません」と述べている。そのうえで、「一義的には食品衛生法上の大きな問題だとも思っておりまして、食品の安全の根本の部分でございますので、機能性表示食品の手前の話も重要ではなかろうか」と続けた。
同月31日、立憲民主党の山井和則議員は、「もし機能性表示食品に由来する健康被害だったら、行きすぎた規制緩和と安全性の確保をどうするのか、見直していく必要がある」と述べた。
また、日本共産党の機関紙・しんぶん赤旗は同日、同党の穀田恵二衆院議員が、10年前に国会で機能性表示制度の懸念を指摘していたことを掲載するなど、制度の抜本的な見直しを求めている。
したがって、今後国会の場で、機能性表示食品制度や食品衛生法の見直しに関する議論が交わされるとしても不思議ではない。戦後から始まった食品の機能性表示に関する議論は、これからも盛り上がりを見せるだろう。