今月17日、韓国で衝撃を呼んでいる「n番の部屋」事件の首謀者として1人の男性が逮捕された。
すでに筆者は、本事件について下記YouTube動画を公開しているが、動画では扱えなかった事件の全貌について、現時点で明らかになっている情報を記していく。
注意:本記事は韓国での複数の報道などを元にした事件の経緯を扱っており、暴力的・性的・猟奇的な記述・表現が含まれています。
「n番の部屋」事件とは
「n番の部屋」は、2018年12月から2020年3月にかけて起きた、少なくとも74名が性的搾取や暴行にさらされた事件だ。首謀者らは、匿名性の強いメッセージアプリTelegram(テレグラム)の極秘チャットルームで、若い女性を脅迫して撮影させた猥褻画像を共有、重複含めて26万ユーザーが有料で画像を閲覧していた。
このチャットルームは複数存在しており、それぞれ「1番の部屋」や「7番の部屋」と呼ばれていたことから、「n番の部屋」事件という名称がついた。2019年1月、ソウル新聞の調査によってTelegram上での児童ポルノ共有が明らかになり、同年11月にハンギョレ紙が調査報道をおこなったことで大きな注目を集めた。
首謀者「博士」の検挙、創設者「ガッガッ」の行方
国内世論が事件の解決を求める中、2020年2月に韓国警察庁は「n番の部屋」の参加者66人を検挙した。
その後、ふたたび事件が動いたのは3月16-17日である。首謀者の1人で「博士」と呼ばれるチョ容疑者が、共犯者13人とともに検挙された。当初、チャットルームへの関与は認めながらも「博士」であることは否定していたが、後に容疑を認めた。20代半ばの男性であることが明らかにされているが、警察はチョ容疑者の身元を明らかにすることは慎重に検討しているという。
また共犯者の中には、区役所や役場に勤務する社会服務要員(軍ではなく自治体などで勤務することで兵役義務を履行する人々)も含まれていた。彼らが自らの権限によって、個人情報を入手していたのではないかと指摘されている。
「博士」は「n番の部屋」創設者ではなく、自身の運営するチャットルーム「博士の部屋」で知られていた存在だ。彼は、追跡が難しい決済システムによってチャットルームをビジネス化したことで知られており、検挙された後には自宅から1億3000万ウォン(約1,100万円)が発見されている。
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一方で未だ行方が分かっていないのが、「n番の部屋」創設者の「ガッガッ」と呼ばれる人物である。国民日報によれば、「ガッガッ」は2019年2月に突然自らのチャットルームを「ウォッチマン」という人物に譲って姿を消した。
警察庁などのサイバー性犯罪捜査チームは、Telegramのみでの追跡が難しいため、Twitterなど他SNSの情報もあわせて、彼の行方を追っている。
被害者の勧誘
各メディアの調査報道によって、事件の全貌は少しずつ明らかになっている。「博士」ことチョ容疑者は、「スポンサー(性上納)アルバイト募集」という一文を掲載して、被害者を集めていた。
この「性上納」とは、いわゆる枕営業だ。チャン・ジャヨン事件で知られており、新人女優だったジャヨン氏がスポンサーなどへの「性上納」を強要された結果、2009年に自殺したことで大きな社会問題となった。2018年に人気グループBIG BANGの元メンバーV.Iに性接待斡旋疑惑が持ち上がったことでも注目を集めるなど、韓国芸能の根深い闇である。
アルバイトに応募してきた被害者たちが、自らの顔と裸の写真を送付してしまった後、チョ容疑者は脅迫をはじめた。友人や家族への流出をほのめかし、自慰行為などの映像を撮影することを強制させた。
また創設者の「ガッガッ」は、警察を詐称することで被害者を脅迫していたという。Twitterのアカウントには、自らの裸や自慰行為をアップする匿名ユーザーがいるが、「ガッガッ」らは不正URLを使ってこうしたユーザーの個人情報を入手、後に警察官に偽装して、被害者が罪に問われることをほのめかしながら、裸の写真を要求する手口を取っていた。
収益化
チャットルームの収益化をおこなったのが、「博士」ことチョ容疑者だった。2019年9月から現れたチョ容疑者は、被害者の映像を共有するTelegramのチャットルームを有料化することで荒稼ぎをはじめる。
支払いには仮想通貨が使用され、自身の身元が明らかにならないように注意を払っていた。チャットルームは、第1段階20万〜25万ウォン、2段階70万ウォン、3段階150万ウォンと3段階に別れており、支払額によってより過激な映像が見ることができたという。
チョ容疑者は、チャットルームの管理を他のユーザーに任せていたが、彼らは互いの顔も知らず、マルチ商法のように各々の個人情報が伏せられたまま、オンラインのやり取りのみで繋がっていた。
朝鮮日報によれば、「博士の部屋」の有料会員は数百から1万人に達すると見られている。
「奴隷」と刻まれた被害者
現在確認されている被害者は少なくとも74人で、このうち16人は未成年である。中には、自身の体に「奴隷」という言葉を刻んでいた者もおり、猟奇的な犯罪が繰り広げられていたことがわかっている。
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メンバーシップについて知る
news1によれば、被害者たちは裸の写真を撮影させられた他にも、トイレの排水口を舐めさせられたり、裸で逆立ちをしたり、白目を剥いて体を揺らしたりする映像を撮影させられたこともあった。また国民日報によれば、犬の真似をさせられる子供や、男性用の公衆トイレで裸で床に寝転がる子供の映像が共有されることもあった。また中学生ほどの少女が、宿泊施設と思われる部屋で男性から強姦される映像が共有されることもあった。
被害者たちは、恐ろしい指示を受けて躊躇することもあったが、そのたびに映像を被害者の友人に公開したり、自宅の住所に向かって殺害するなどと「博士」から脅迫された。最終的にTelegramを削除するなどして被害から逃れようとした被害者もいたが、自身の個人情報を握られているため恐怖に怯えながら生活していたという。
26万人の加害者?
この事件では、「ガッガッ」や「博士」らが主催した部屋以外にも、60もの部屋が確認されており、閲覧者の累計は26万にも及ぶと言われている。しかし複数の部屋に参加していた者もいるため、MBCの報道によれば、重複を考慮すると3万人ほどが閲覧していたという。
閲覧者の数があまりにも多いことから韓国社会に衝撃を与えており、閲覧者を含めて厳罰を与えるべきだという声が広がっている。大統領官邸である青瓦台の「国民請願掲示板」には、閲覧者の身元公開を求める嘆願に過去最多となる200万人近くが署名している状況だ。
今後の行方
「博士」の検挙によって事件は大きな転換点を迎えたものの、チャットルームの閲覧者が膨大なことや、「ガッガッ」ら創設者の行方がわかっていないことなどから、未だ事件は現在進行系となっている。嘆願を受けた韓国政府の決断に注目が集まっているとともに、デジタル性暴力などの新しい犯罪に法整備が追いついていない状況を懸念する声も上がっている。
一方で、被害者らは「博士」らからの報復や引き続き画像が流出することを恐れており、関係者の逮捕によって問題が解決するわけではないことも懸念事項となっている。
本事件は氷山の一角にすぎないと考えられており、韓国のみならず世界中でデジタル性犯罪の実態解明に向けて、捜査体制や法整備が整う必要があると言える。
追記(3月28日)
本記事は3月23日に公開されたが、問題関心の大きさを鑑みて、以下新情報がある度に加筆・追記をおこなっていく。
3月20日、「博士」が資金を得ていた仮想通貨の押収捜索中に「博士の部屋」会員のものと推定されるリストを入手。文在寅大統領も、「博士の部屋」会員全員の調査が必要だという見解を示している。
3月24日、ソウル地方警察庁個人情報公開審議委員会の決定に基づいて、「博士」ことチョ・ジュビン容疑者の身元が公開された。ジュビン容疑者は、1995年生まれの25歳。仁川工業専門大学で情報通信を専攻し、学内新聞の編集長としても活動しており、学校では成績優秀として評価を受けていた。殺人犯ではない性犯罪者が身元公開を受けたのは韓国で初めての事例であり、事件の衝撃がいかほどであったかを物語っている。
翌25日、ジュビン容疑者はマスクや帽子などをかぶらないまま警察署でマスコミの前に姿を表して、「被害を受けたすべての方々にお詫び申し上げます。止めることができなかった悪魔の生活を止めるくれて、本当にありがとうございます」と述べた。
27日には、40代男性が漢江に「博士部屋に金を入れた」という遺書を残して身投げをおこなった。