テニスの四大国際大会として知られる全仏オープンで、大坂なおみ選手が試合後の記者会見を拒否し、その後大会を棄権した。彼女は大会前から会見には応じない意向を示していたが、フランステニス連盟をはじめとする大会運営側がメディアに対する契約義務違反を理由に罰金を課したため、辞退を決めた形だ。
大坂は会見拒否や大会棄権の理由として、同じく四大国際大会のひとつである全米オープンでの2018年の優勝後、長らくうつ状態に苦しんできたことを自身のTwitterで明らかにした。
大坂のメディアに対する姿勢と大会側の対応には賛否両論あるが、本記事では彼女の会見拒否や大会棄権につながったメンタルヘルスの問題に注目したい。
メンタルヘルスの問題は深刻さを増している。大坂が拠点とするアメリカでは、毎年成人の5人に1人が精神疾患を経験し、成人全体の20人に1人は深刻な症状に悩まされている。加えてコロナ禍を受けて、不安やうつを感じる人はパンデミック以前と比べて4倍近く増加した。
アスリートとメンタルヘルスの問題はどのように関わっているのか?また、大坂なおみ選手が投げかけた問題は、どのような意味で重要なのだろうか?
アスリートのメンタルヘルス
アスリートは、負のライフイベントや社会的支援の少なさ、睡眠障害といった一般的なリスクの他に、怪我や競技での失敗、オーバーワーク、競技タイプ(個人競技か集団競技か)といったスポーツ特有のリスク要因にさらされている。また、親やコーチとの関係、大会や遠征などによる長時間の移動や不慣れな環境、非自発的または計画外の引退、および非運動的アイデンティティの欠如といった、キャリア段階ごとのリスク要因も存在する。
しかし現在に至るまで、アスリートのメンタルヘルスケアをサポートするための仕組みやモデルがない状況が続いている。
メンタルヘルスを理由にシーズン中の離脱やキャリアの中断、あるいはリタイアを余儀なくされたアスリートも数多い。例えば、うつ病や希死念慮に苦しんだ水泳の五輪メダリストであるイアン・ソープやマイケル・フェルプスは、IOCの声明以前から自身の苦しみや戦いについて語ってきた。
また、NBAのケヴィン・ラブやデマー・デローザン、NFLのタイタス・ヤングやニッキー・ウィリアムズといった集団競技の選手たちも声をあげている。加えて、選手だけにとどまらず、レフェリーたちもメンタルヘルスに関して同様の問題を抱えている。
コロナ禍前後での急速な注目
アスリートのメンタルヘルスに特に注目が集まったのは、比較的最近のことだ。2018年11月、IOCはアスリートのメンタルヘルスに関する専門家会議をスイスのローザンヌで開き、スポーツに関わる文脈でのメンタルヘルス問題の分析と推奨事項についての声明を発表した。IOCの声明以降、アスリートのメンタルヘルスに関する調査はスポーツ界全体の課題として共有され、さまざまな調査が進められてきた。コロナ禍以降、メンタルヘルスの問題に苦しむアスリートは倍増している。
スタンフォード大学とアスリート向け健康管理アプリを運営するStrava社による2020年の調査では、プロアスリートの22.5%が気分の落ち込みを、27.9%が神経質になったり不安を感じたりしていると回答した。これらの数字はコロナ禍以前と比べて6倍近い増加となっている。プロ・アマを問わず、多くのアスリートは競技者としてのアイデンティティや生計などにコロナ禍の影響を受け、パンデミックに伴う社会的孤立によってメンタルヘルスに課題を抱えることとなった。
このように、かねてからアスリートのメンタルヘルスをめぐる問題は顕在的・潜在的を問わず存在してきたが、IOCの声明やコロナ禍をきっかけに大きな注目を集めるようになった。