⏩ 事業活動における人権リスクに注目
⏩ 国際的には1970年代から紆余曲折を経て、2005年から取り組みが本格化
⏩ Nikeや任天堂などへの批判とともに、世界へ浸透
⏩ 気候変動など新しいテーマの登場も論点に
旧ジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏による性加害問題を受けて、企業が人権問題に関与するあり方が注目されている。取引先が人権侵害などに加担している可能性を調査し、必要に応じた取引停止をはじめ、調達先から排除する仕組みなどの問題だ。
ジャニーズ問題で言えば、同事務所が長期間かつ広範な人権侵害をおこない、その可能性を把握していたにもかかわらず、取引を継続してきたメディア企業や広告代理店、スポンサーの責任が問われることになる。国際人権 NGO ヒューマンライツ・ナウ副事理長の伊藤和子氏は、こうした企業について「人権デューディリジェンスを長期にわたり怠ってきたことへの反省と検証、これを社会に示すこと、再発防止策を自社として策定し、公表することが重要」だと指摘する。
こうした人権問題に関するあり方は、人権デューディリジェンスという概念とともに理解されている。日本でも2022年、経済産業省が同分野をめぐるガイドラインを定め、2023年4月には実務的な手引書を公開するなど、急速に理解・検討が進んでいる。
また今年5月には、与野党議員による人権外交を超党派で考える議員連盟が、年内の人権デューディリジェンスを義務付ける関連法の制定を求めた。
人権デューディリジェンスとは何であり、いつから、なぜ生まれたのだろうか?
人権デューディリジェンスとは何か?
デューディリジェンスとは、
自らの事業、サプライチェーンおよびその他のビジネス上の関係における、実際のおよび潜在的な負の影響を企業が特定し、防止し軽減するとともに、これら負の影響へどのように対処するかについて説明責任を果たすために企業が実施すべきプロセス
のことを指す。こうした負の影響は、コーポレート・ガバナンスや労働者、人権、環境、贈賄および消費者など様々な分野にまたがるが、このうち人権デューディリジェンスは、自社や請負業者などを含む事業活動における人権リスクに注目したものだと言える。
ビジネスと人権に関する国連指導原則
人権デューディリジェンス、あるいはビジネスと人権の関係を考える上で、まず最初に参照されるのが、2011年に国連・人権理事会(UNHRC)で承認された「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(日本語訳)だ。
この指導原則は冒頭、1990年代におけるグローバルな経済活動の進展とともに、ビジネスと人権の問題が課題として生まれてきたことを指摘し、次の3つの柱を示している。(太字は筆者)
- 政策や規制、司法的裁定などを通じて「人権を保護する国家の義務」
- 法令遵守やデューディリジェンスの実施などによって「人権を尊重する企業の責任」
- 司法的・非司法的を問わず、犠牲者にとって実効的な「救済へのアクセス」
それぞれの柱について合計31の個別原則が提示されており、企業が責任を果たしていく上で重要な原則となっている。ただ、それは必ずしも「棚から取り出しすぐに使えるツール・キット」ではなく、各国や地域の実情を踏まえた「実施のための手段」が取られる必要があるとも指摘される。
このように、ビジネスと人権の基本的な考え方や人権デューディリジェンスの重要性は、今から10年ほど前に国際社会の場で示され、現在まで引き継がれていると言える。
では一体なぜ、この時期にビジネスと人権の関係性に注目が集まったのだろうか?
背景
一般的に人権デューディリジェンスの歩みは、2005年に始まったとされる。この年、ハーバード大学のジョン・ラギー教授が、「人権と多国籍企業及びその他の企業の問題」に関する事務総長特別代表に任命された。
しかし、この役職は、それ以前に生まれた数多くの試行錯誤から生まれたものだった。
John Ruggie(United States Mission Geneva, Public domain)