1998年のディズニー映画の実写リメイクで、2018年11月に全米公開予定だった『ムーラン』が、ディズニーの公式動画配信サービス「Disney+」で公開されることが決定した。制作の遅れや新型コロナウィルスの影響を受け、劇場公開の中止が相次ぎながら、本作の公開は「Disney+」アプリのダウンロード数を前週比68%、ユーザーの消費額を193%急増させる成功を収めた。コン・リー、ジェット・リー、ドニー・イェンといった有名スターも多数出演する注目度の高さもあり、大手映画批評サイトRotten Tomatoesでもさまざまな評価がなされている。
しかし、実写版『ムーラン』は大きな注目を集めるとともに、制作段階から数々の批判を受けてきた。では、一体どういった点が問題視されているのだろうか。そして、こうした批判に対して、ディズニー側はどのような態度を示しているのだろうか。
実写版『ムーラン』に「体制支持」との批判
実写版『ムーラン』も元となったアニメ版も、男装した女性が各地で戦果を挙げて帰郷する「花木蘭」という中国の伝説を題材としているが、そのジェンダー規範の解釈は時代を経て大きく変化している。1998年のアニメ版では、シャン隊長との恋(続編の『ムーラン2』では結婚している)という点で伝統的な家族への回帰がほのめかされる。しかし実写版では、折しも起こっていた#MeTooムーブメントを受けて、指揮官からの求愛といったシーンが存在しないなど、ジェンダー規範的に前進した構成となっている。
しかし一方で、本作をめぐっては「中国の国家主義哲学に賛同しているのか?」と疑問視されるほど、中国政府体制を支持する側面があることから批判を浴びている。
では、具体的にどういった点が批判されているのだろうか。
メインキャストによる中国政府の香港民主デモ弾圧への支持
まず批判されたのは、公開前におこなわれたメインキャストによる香港の民主デモ弾圧への支持表明である。
『攻殻機動隊』のアメリカ実写映画版である『ゴースト・イン・ザ・シェル』など、原作を改変して白人キャストを起用するハリウッド映画が相次いだこともあり、実写版『ムーラン』ではアジア系女優の起用を求めるキャンペーンがおこなわれた。この結果、歌手活動や武術経験のある中国系アメリカ人女優のリウ・イーフェイ(劉亦菲)が、ムーラン役としてキャスティングされることとなった。彼女は武漢出身で、10歳の時に両親の離婚を機に渡米しアメリカの市民権を取得した。15歳になってからはキャリアを追求するために、再び中国に戻って活動してきた。
しかし、ハリウッドに蔓延るホワイトウォッシュに対するアジア系俳優の勝利、と称賛されたこのキャスティングは思わぬ事態を招いた。2019年8月、リウが自身のWeiboで香港のデモに言及し、「私は香港の警察をサポートしています。非難されても構いません。これは香港にとって非常に残念なことです」と投稿したことで、世界中から厳しく批判され、#BoycottMulanに象徴されるボイコット運動へと繋がるきっかけとなったのである。後のインタビューでは「非常に複雑な状況であり、私は専門家ではありません」「この事態がすぐに解決されることを望みます」「非常にデリケートな状況だと思います」と口を濁したものの、彼女の中国政府に親和的な意見表明は作品に影を落とすこととなった。
同様に、共演者であるドニー・イェンも、香港の中国本土復帰を祝うコメントを出したことで、香港の民主派から反感を買った過去がある。
こうしたメインキャストたちの中国政府に親和的な言動は、作品の公開が始まったことで再び批判の的となっている。「Disney+」での公開決定を受け、民主派活動家のジョシュア・ウォン(黄之鋒)は、自身のTwitterで「公然と誇らしげに香港での警察の残虐行為を支持している」と批判し、『ムーラン』の観賞ボイコットを呼びかける#BoycottMulanキャンペーンへの参加を訴えた。こうした香港から発信されたボイコット運動は、#milkteaallianceと呼ばれるネットワークを通じて、台湾やタイの民主派活動家にも波及している。
国家安全法の成立以降、各国企業が言論統制に対する対応を迫られ、警察当局が民主派活動家を逮捕するなど、香港に対する中国政府の介入は苛烈さを増している。こうした香港の民主主義への危機感に対し、影響力のある俳優たちによる中国政府を支持するような発言が批判を招いたわけである。