2020年11月のアメリカ大統領選において、宗教は重要なファクターとなっている。ドナルド・トランプ大統領など共和党保守層の支持基盤として知られる福音派だけでなく、ジョー・バイデン個人のカトリックとして信仰が選挙キャンペーンにおいて強調されるなど、民主党にとってもキリスト教徒へのアピールが重要な意味を持つと見られている。アメリカにおける福音派は、歴史的・神学的・文化的に人種差別的な面があると指摘されるなど、かねてからその保守性が問題視されてきたが、こうした保守性は新型コロナウィルスの感染拡大とも無関係ではない。
アメリカでは、保守的な宗教関係者が新型コロナウィルスの危険性を否定し、教会での集会やイベントを断行するなど、非科学的で強硬な姿勢を崩しておらず、トランプ大統領のコメントによって勇気づけられた者もいたとされている。こうした非科学的かつ宗教的な理由づけで新型コロナウィルスの危険性を否定する宗教関係者はアメリカにとどまらず、イギリス、ロシア、アフリカ諸国などでも、その動向が報じられている。
日本でも知られた事例では、韓国での新天地イエス教会の集会によるクラスター感染がある。同国では新天地イエス教会だけでなく、保守的キリスト教系グループであるサランジェイル教会による政治デモが新たな、そしてより大規模なクラスター感染を引き起こすことが懸念されている。宗教的な集会によるクラスター感染はマレーシアのモスクやニューヨークのシナゴーグでも発生している。
上記のような報道では、宗教の政治的な側面や、非科学性などコロナ禍においてはネガティブな側面が目立っている。しかし、宗教にはある信念や世界観を人々に与え、礼拝や集会、結婚や葬儀などを通じて生活とともにある、という側面もある。では、宗教はこのパンデミックの渦中にある世界とどのように向き合っているのだろうか。
各宗教のコロナ対応
そもそも、宗教は現代においてどのような位置を占めているのだろうか。2019年にピューリサーチセンターがおこなった調査によると、生活において宗教が重要な役割をはたすと捉えている人は62%であるが、世界的に見てその重要度や実際のコミットメントにはかなりばらつきがある。特に新興経済圏では、先進経済圏と比べて生活における宗教の重要度が高く、また宗教を道徳的な基盤に置いていることが多い。このため、宗教やその実践を通じた公衆衛生の訴えかけは、特に新興経済圏において非常に大きな効果を発揮しうる。
例えば、東南アジア圏の寺院・教会・モスクでは封鎖や礼拝を禁止する措置が取られた他、オンラインでのライブストリーミングや教義の解釈による代替的な宗教儀礼の実施でパンデミックを乗り切る方法が模索されていた。カトリックの総本山であるバチカンの枢機卿も、科学と宗教の間での対話や協力を訴え、公衆衛生と宗教実践との対立を緩和しようと努めていた。中国では道教寺院などで、寄付金を用いて医療品を購入するといった互助がおこなわれるなど、パンデミックの中でも慈善的な活動が継続されていた。
宗教に基づくコミュニティは、連帯に基づく脆弱性に晒されたメンバーへのサポートや、ローカルレベルでの知識の共有、フランシスコ教皇やダライ・ラマ14世のような宗教的権威による内外への発信力、そしてメンタルヘルスにおける不確実性や不安への対処に大きく寄与する。このように、実践がパンデミックによって制限された中であっても、宗教は人々をサポートする力を有している。
宗教的熱意と科学的公衆衛生との対立
以上のように宗教は、現時点では世俗世界からの回答が出ていない新型コロナウィルスをめぐる問題に対する最初の慰めともなりうる。公衆衛生の観点から見れば、多くの宗教的実践の要である共同集会は、ウイルスの蔓延と闘うために制限されなければならない。にもかかわらず、宗教的な熱意が科学的に無根拠な治療や、神聖な場所や儀礼に人々を導いてしまう可能性が指摘されている。