コロナ禍に見舞われた2020年から2021年、あるゲームが物議を醸している。
『サイバーパンク2077』は、キアヌ・リーヴスが登場キャラとして参加するなど、600億ドルを超えるゲーム市場に向けた期待の新作としてリリースされた。しかし、開発の遅れなどをはじめ、ゲームとしての前評判とプレイ後の失望感の落差からさまざまな批判がなされている。
だが、本コンテンツの最大の問題のひとつは、ゲーム内におけるアジア文化の扱いにある。ゲームの主題となっているサイバーパンクという世界観は、テクノオリエンタリズムと呼ばれる、ディストピア的な未来像にアジア的な美学を援用したものである。このゲームはキャラクター設定の人種的ステレオタイプが指摘されているが、こうした世界観は、グローバリゼーションに伴う東洋の脅威に欧米圏が抱いた不安に根ざしているとされる。
音楽や映画など、アジア発のコンテンツが世界的にも注目を集めている。一方で、Disney+の過去作品について、人種差別に関する警告が表示されるなど、コンテンツ産業が人種差別に敏感になる中で、『サイバーパンク2077』におけるアジア文化の扱いに批判が集まっているのだ。
コロナ禍とアジア文化
しかし、アジア文化の扱いが問題となった背景には、コロナ禍という現状もある。2019年12月に中国・武漢市で症例が確認されて以降、感染拡大とともにアフターコロナの世界が始まったとされているが、起源とされるのは中国、つまりアジアである。
この点で、2020年以降のアジアへのまなざしはコロナ禍を抜きに語ることはできない。
では、コロナに端を発した2020年以降のアジアへの人種的なまなざしは、どのような現状にあり、その背景には何があるのだろうか?
コロナ禍と「中国ウイルス」
2020年、世界ではコロナ禍の拡大とともに、アジア人差別と外国人嫌悪(ゼノフォビア)が蔓延していった。米中関係の緊張が高まる中、ドナルド・トランプ大統領は「中国ウイルス」という呼称を使い続け、アジア系への人種差別や外国人排斥につながった。実際、アメリカ人の約10人に3人がコロナ禍の原因を中国や中国人だと見なしているという世論調査もある。
アメリカに限らず、イギリスやフランス、カナダなど、欧米のさまざまな地域で反アジア人種差別の台頭が報じられた。またメキシコのように欧米以外の国でも、「中国とパンデミックに関連性がある」との見方が強く、その背後には、優生学的な人種差別主義や、これを根拠とした人種政策が影響しているという。
そして、コロナ禍に関連づけられた人種差別は、中国人や中華系に限らず、アジア系一般へと向けられている。
感染症とアジア系
感染症にまつわるアジアへの差別的なまなざしは、コロナ禍での新しい見方ではない。20世紀初頭、アメリカ人は「汚れた、文明化されていない体」というメタファーを掲げて、植民地化していたフィリピンの「熱帯病」や反乱軍について、医療的・政治的な無秩序の原因とみなすことで植民地支配を正当化した。
また、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行時も、カナダなど北米圏でアジア系への人種差別が横行した。
感染症は、特定のグループを孤立させることで差別を呼び起こす構造が指摘されている。
例えば、1968年のインフルエンザの流行が「毛沢東インフルエンザ」と呼ばれたり、2012年のMERSが「中東呼吸器症候群」と呼ばれたり、2014年のエボラ出血熱発生時にアフリカ系がターゲットにされた。このように、パンデミック時は特定のグループの中でも、特にエスニックマイノリティの孤立・排斥を生み出す。
特に、2009年のH1N1(豚インフルエンザ)の流行がアメリカから発生したにもかかわらず、「アメリカ」がつく呼称で呼ばれていないことからも分かるように、非西洋社会におけるエスニックマイノリティとの関係が深い。
すなわち、感染症の呼称ひとつでも、現代社会には、西洋的なオリエンタリズムや差別的な認識が強く残っているのだ。
他方、中国へのまなざしにはコロナの影響だけでなく、政治経済的な台頭も関連づけられている。ピュー研究所のレビューでは、コロナ禍以降、欧米諸国を中心として中国への否定的な見方が強まった。また同時にヨーロッパでは、アメリカではなく中国を世界一の経済大国とする見方も強まっている。
新疆ウイグル自治区問題や千人計画、新エネルギー市場への意欲、そしてワクチンの開発や製造など、政治経済にとどまらず、科学技術や人権問題においても、中国への注目は良くも悪くも高まっている。
こうしたアジア系への人種差別や(いささか非難を含んだ)注目が語られる際、黄禍論(Yellow Peril)というキーワードが散見される。
黄禍論とは、何を意味しているのだろうか?