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こうした格差社会の問題は日本に限ったことではない。海外でもさまざまな格差が広がっており、各国の状況を反映した「上級国民」「一般国民」あるいは「下級国民」のような言葉が生まれ、広く使われている。
各国での「上級国民」
台湾
例えば台湾では、週刊少年ジャンプの人気漫画『ONE PIECE』内の特権階級層に由来する「天龍人」というネットスラングが広まっている。天龍人とは台北に住む人々を指し、台北のことは「天龍国」と呼ばれている。
もともとは、中国大陸との再統一を訴える小規模政党所属で当時行政院新聞局の海外駐在員だった郭冠英の筆禍事件を契機に風刺語として広まった。
背景には「重北軽南」と言われる、台湾南部・中南部・東部・離島部に対する富の再分配や公共事業政策の格差がある。こうした状況も相まって、天龍国や天龍人といった言葉は単なるスラングの域を超え、政治ニュースなどでも用いられている。
韓国
韓国では2010年代に生まれた「ヘル朝鮮」や、日本のさとり世代との類似性も語られている「N放世代」、そして2015年「スプーン階級論」が人口に膾炙している。ヘル朝鮮とスプーン階級論は、経済格差とその固定化や労働条件の悪さ、既得権益層や政府への不満から生まれた。そして、N放世代はこうした状況下で恋愛、結婚、出産、キャリア、趣味、マイホーム、人間関係など、N個のことを放棄せざるをえない若者たちの状況を表している。
スプーン階級論は、もともと造語として存在した「금수저(金匙、クムスジョ)」という言葉が、2010年のドラマ『シークレット・ガーデン』で使われて広がりを見せ、以降は貧富の差の広がりを受けてリバイバルしたとも言われている。ショービジネスが発展した韓国ならではの伝播だが、そのショービズ界もまた、世界的な成功の裏にこうした格差社会に連なる問題をはらんでいる。
企業の労働者に対する横暴や労働条件の悪さ、そして格差の固定化は、「ナッツリターン」事件などにも表れている。そして、こうした格差社会の状況は、韓国の統計調査でも裏付けられている。加えて、韓国では親や親戚から株式などの財産を相続するタイプの富裕層が多く、また相続税・贈与税の控除制度ゆえに、実効税率が低いことが指摘されている。
欧州
こうした格差社会にまつわる造語の発生は東アジアだけでなく、EU諸国でも見られている。ギリシャの「700ユーロ世代」や、スペイン・イタリアの「ミレリスタ」(1000ユーロ世代)のように、特に若者の失業率が高い国々では、高学歴者が低賃金労働や失業に甘んじる現状が問題視されている。
ギリシャでは、頭脳流出による損失が2008年から2016年の間で150億ユーロにのぼり、流出した若者たちはイギリスやドイツといったホスト国に年間120億ユーロ以上も貢献しているとの試算もある。スペインでは高い失業率、家賃の高騰、少子高齢化による社会福祉の負担増、低賃金に苦しめられている。
以上のように、海外でもまた格差社会はそれぞれの国の文脈を持ちながらも問題視されており、それに合わせて格差社会にまつわる造語が生み出されては広まっている。
世界的に広がる格差社会
格差社会の世界的な広がりとその批判は、例えば映画の世界にも表れている。
2018年、年金不正受給の事件に着想を得て、万引きにより生計を立てる疑似家族を描いた『万引き家族』が、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを獲得し注目を集めた。2019年には、韓国の格差社会を描いた『パラサイト 半地下の家族』が、カンヌ国際映画祭パルム・ドールやアカデミー賞4部門受賞などで話題を呼んだ。同年には『ジョーカー』が、アメリカの社会格差を風刺した作品として、賛否両論を呼びつつ大ヒット作となった。
さまざまな国で格差社会を批判、風刺、揶揄するような言葉が生まれ、格差社会を描いた映画作品が国際的に高い評価や興行収入を獲得する状況は、さまざまな格差問題の広がりと固定化が世界的に進んでいることを示している。
上級国民という言葉が単なる現状への揶揄で終わるのか、さまざまな格差が絡まり合い固定化した状況への批判を生み出すのか、注視する必要があるだろう。