#MeTooムーブメントやフラワーデモのような性暴力やセクシュアルハラスメントの撲滅、アフターピルや経口中絶薬などリプロダクティブ・ヘルス・ライツ、ルッキズムなど、女性をめぐるさまざまな問題が顕在化する中、フェミニズムへの関心はかつてないほどの高まりを見せている。他方で、フェミニズムの商品化のような問題も指摘されるなど、フェミニズムとの関わり方には課題が山積している。
また、LGBTという言葉のもとに性的マイノリティ(sexual and gender minorities)、性的指向や性自認にまつわる多様な性のあり方が議論の俎上に載せられるようになってきた。ジェンダーやセクシュアリティにはさまざまな論点や異なる立場があるが、少なくともこれらの問題を明確に取り上げるようになったきっかけとして、フェミニズムが重要性を持つのは間違いないだろう。
The HEADLINEでも、さまざまな角度から女性の権利を考える記事を公開してきた。この記事では特に、フェミニズムを理解する上で入口となる書籍を紹介することとしたい。
ただし、フェミニズムに関する書籍は膨大かつ領域横断的であり、取り上げられる問題や事象も多岐にわたるため、筆者だけの判断でしかるべき書籍を決めることは困難を極める。
そこでこの記事では、研究者・批評家・学会組織等が公開しているリーディングリストをもとに、複数のリストで取り上げられた書籍をピックアップして紹介する。具体的には以下のリストを参照した。
- 「さえぼー」の名でも知られる英文学者 北村紗衣氏の運営するブログ「Commentarius Saevus」
- 日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所
- 紀伊国屋書店の企画でおこなわれた文芸評論家 斎藤美奈子氏の選書
- 明治大学図書館職員である平田さくら氏の『明治大学図書館紀要』論文「シリーズ学問小史(5) ジェンダー論文献案内」
- 東京女子大学女性学研究所の「おすすめ図書紹介」
物語から考える:『侍女たちの物語』
小説『82年生まれ、キム・ジヨン』がベストセラーとなり映画化されるなど、フェミニズム的な問題意識を反映した文芸・映像作品に注目が集まっている。
本書は、カナダ人の小説家 マーガレット・アトウッドによるSFディストピア小説で、出生率が激減した近未来を舞台としている。キリスト教原理主義勢力によってアメリカに成立した男性絶対優位の独裁国家・ギレアド共和国で、支配階級の子どもを生む道具として自由や人間性や剥奪された女性たち=「侍女」たちを描いた作品だ。
1985年に発表され、映画やドラマとして映像化もされている。2017年から始まったドラマ版『ハンドメイズ・テイル 侍女たちの物語』は、エミー賞やゴールデングローブ賞を獲得し、続編である『誓願』は、世界的に最も権威ある文学賞の1つであるブッカー賞を獲得するなど、作品としての評価も非常に高い。ドラマ版に関してはHuluで配信中だ。
フェミニズムを背景に、人種・ジェンダー・セクシュアリティ・宗教差別や監視社会といった、女性にとっての地獄を描き出した作品となっている。作者のアトウッドは、1980年代の反フェミニスト的な動向への抵抗としてこの物語を描いたと語っており、また、続編の『誓願』はトランプ政権期にドラマ版と並行して執筆・発表された。
誰の問題かを問う:『フェミニズムはみんなのもの 情熱の政治学』
本書は、『ブラック・フェミニストの主張 : 周縁から中心へ』など、ブラック・フェミニズムの旗手として知られる、フェミニズム理論家 ベル・フックスが2000年に発表したジェンダー論の入門書である。
もともとフェミニズムは、白人中流階級女性によって主導されてきた歴史があるが、米ケンタッキー州の「伝統的な南部の家父長主義的な労働者階級家庭」で生まれ育ったフックスは、人種問題と女性解放問題の関わりについて課題を提起してきた。
社会運動家であり、UCLAロースクールで教鞭をとるキンバリー・クレンショーが1989年に生み出した、さまざまな属性が交差した時に起こる差別や不利益を理解するための概念「インターセクショナリティ」が指し示すように、ジェンダー・セクシュアリティや人種・エスニシティ、階級、国籍、障害などは個別の問題ではなく、複合的な問題として考えなければならない。
ところでフックスは、この本を書いた理由として、フェミニストを「邪悪な」人間嫌いだと思っている人々と出会った経験を挙げている。
フェミニストの本や雑誌を読んでいるか、フェミニストの講演を聞いたことがあるか、フェミニストの活動家を知っているかを尋ねると、フェミニズムについて知っていることはすべてさわり程度で、実際に何が起きているのか、何が目的なのかを知るためにフェミニズム運動に近づいたことはない、という答えが返ってきました
こうしたフェミニズムに懐疑的ないし嫌悪感を抱く人々を含めた、あらゆる人々に届くよう、この本はフェミニズムの歴史や定義、理解と前進のための批判、運動の変化と展望を平易に記している。
当たり前を歴史から疑う:『母性という神話』
フランスの哲学者・歴史家 エリザベート・バダンテールによる1980年の著作である。彼女は18世紀以降のヨーロッパ、特にフランスの家族にまつわる歴史資料から、母親が子どもに愛情を注ぐ、という母性愛が本能などではなく、近代において構築された神話に過ぎないと喝破する。
バダンテールは、男性アイデンティティや同性愛の構築性を問う『XY 男とは何か』などの著作でも知られている。そんな彼女が私淑するのが、『第二の性』の「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」という言葉で知られるフランスの思想家 シモーヌ・ド・ボーヴォワールだ。バダンテールはボーヴォワールに関する講演会で、彼女の思想や人生を追いながら、自身のフェミニスム・ユニヴェルサリスト(普遍主義者)の立場を表明する。
保守主義やポリティカル・コレクトネスなど、コンフォルミズム(同調主義)を自身の思考から遠ざけ、批判に対して理性的に応答し、真実を語る努力を続けるという彼女の姿勢は、他方でミサンドリーやムスリム女性のヴェール問題など、さまざまな問題で論争を巻き起こしている。
活動家の人生から見る:『いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論』
本書は、日本で1970年代に起こったウーマン・リブ運動の先駆者の一人とされる田中美津の主著である。
男性にとって女性は、母性の優しさ=母か、性欲処理機=便所か、という2つのイメージに引き裂かれている、という問題意識から、「ぐるーぷ・闘う女」を結成し、「便所からの解放」というスローガンを掲げたビラを巻くなど、日本初のウーマン・リブのデモを主宰した。
フェミニズムはそもそも運動として始まった。だとすれば、学術的な営みやムーブメントとしてだけでなく、運動の歩みや誰が運動をしてきたのかを知ることもまた、フェミニズムを知ることにつながる。
上野千鶴子をして「フェミニズムの原点、時代をあらわす固有名詞」と言わしめる田中美津だが、決してステレオタイプ的に語られるような、強く厳しく恐ろしい人物ではない。彼女に迫ったドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』を製作した吉峯美和は、
「タダ者ではないオーラをまとってはいたけれど、小柄で、飄々として、おおらかな笑顔。」
と彼女の印象について語っている。彼女の経験やリブの歩みを知ることで、より身近にフェミニズムを感じられるだろう。
資本主義社会を問う:『家父長制と資本制』
上野千鶴子は、東京大学名誉教授やNPO法人ウィメンズ・アクション・ネットワーク理事長と学術・運動両面で活躍し、子連れ出勤をめぐる「アグネス論争」や東京大学入学式の祝辞など、数々の論争でも知られる。本書は、彼女の理論的支柱を示す主著のひとつである。
本書で上野は、主婦・家事労働に着目することで、近代資本主義社会が抱える女性への抑圧的な構造を理論的・歴史的に分析している。そして、従来女性解放の理論として提起されてきた、階級闘争(「社会主義夫人解放論」)や性解放運動(「ラディカル・フェミニズム」)を批判した上で、自身の立場としてマルクス主義フェミニズムを打ち出している。この立場の新規性は、当時上野自身が述べているように、家父長制の概念定義やマルクス主義をめぐる教条主義や批判を招き、『思想の科学』誌での連載中から大論争となった。
家族(家父長制)と市場(資本主義)が重なり合って女性を抑圧する近代社会への批判、という研究地平を開拓した記念碑的作品であり、主婦・家事労働について関心がある人にもおすすめしたい。
理論的な幅広さを捉える:『フェミニズムの名著50』
フェミニズムの歴史は18世紀ごろから始まったとされ、現在までに200年を超える歴史がある。こうした歴史の中で、読むべきとされる古典的名著は数多く、全てを読破したり自力で読むべき本をリストアップしたりすることは非常に困難だろう。また、フェミニズムは領域横断的にさまざまな学術理論をベースとするため、学問的なディシプリンに沿った統一的な体系、という形を必ずしもとっていない点も、参照すべき理論を広範にしている。
こうした名著について、日本でもっともよくまとめられたブックガイドのひとつが本書だ。すでにここまでに紹介した書籍のいくつかも、本書で紹介されている。カヴァーしている領域や議論も幅広く、文学や家族、精神分析、エコロジー、言語、歴史、セクシュアリティ、サイボーグなど、広範なトピックにまつわる名著が、さまざまな論者によって取り上げられている。
ジェンダー研究やセクシュアリティ研究などの領域で参照・引用されることも多い著作が並ぶため、学術理論の側面からフェミニズムに触れてみたい読者におすすめしたい。また、原典購読をする補助線やフェミニズムの議論の歴史を概観したい読者にも有益だ。この本を起点に、関心のある領域分野の名著にチャレンジしてみてはいかがだろうか。
自分の立場性と向き合う:『彼女の「正しい」名前とは何か―第三世界フェミニズムの思想』
本書は、現代アラブ文学やパレスチナ問題を専門とする岡真理の、第三世界フェミニズムについての著作である。
フェミニズムがその歴史において、白人主義的な側面を有していたことはベル・フックスの紹介で触れたが、西洋諸国を中心に成立した経緯から、フェミニズムは西洋中心主義的、植民地主義的側面も有している。本書は第三世界のフェミニズムを検討することで、こうした側面を鋭く批判し、異なる文化への差別意識や、他者について一方的に語ることの暴力性を凝視する。
岡真理自身が、女性であり、かつ植民地主義の加害者であるという立場性を引き受け、こうした思考を進めていく過程は、読者に対してもミソジニーや西洋中心主義、植民地主義への反省を迫る側面がある。こうした反省的な読書は、知的にも精神的にも負担のかかるプロセスだが、国際社会への関心を真摯に探究したい読者には是非おすすめしたい。
議論のきっかけを作る:『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』
本書は、ジェンダーやセクシュアリティについて学んでいる一橋大学佐藤文香ゼミ所属の大学生たちが、友人知人から投げかけられた数々の疑問をきっかけに、ゼミ内で討論した結果をまとめたQ&A集である。筆者も微力ながら編集・校正に携わった。
ジェンダーやセクシュアリティ、フェミニズム、逆差別、性暴力について、ホップ・ステップ・ジャンプと理解度に応じた3段階で解説されている。日常の素朴な疑問から自己責任論のような込み入った議論まで、社会を生きる一般人でありかつ研究にも携わり始めた「大学生の視点」から応答する、というスタンスをとっている。
ジェンダーに関心を持つ人が増えたことで、女子校や女性専用車両、イクメン、ミスコン、ハラスメントなど、身近な事柄についてさまざまな疑問が投げかけられる機会は多くなった。こうした疑問にうまく答えられなかったり、理解不足に気づかされたりすることもある。本書はそんな葛藤や歯がゆさに応える内容となっている。
ただし、ここでの回答はあくまで入門であり、その先へ進むきっかけに過ぎない。代表執筆者である前之園和喜・児玉谷レミは取材に対し、
わたしたちは「ここに書かれている回答は唯一絶対のものではない」ということを本の中で強調していますが、その理由のひとつは、本を手に取ってくださったみなさんに、書かれていることを手がかりにしてぜひ自分なりに考えてほしいからです。
と、本書を読むことが、ジェンダーやフェミニズムについて議論するきっかけになることを望んでいる。
網羅的・教科書的な入門書
ここまで、さまざまな角度からフェミニズムに対する入門編となる書籍を紹介してきた。より網羅的ないし教科書的な入門書を読みたい読者には、以下の書籍が参考になるだろう。
- 大越愛子, 1996,『フェミニズム入門』筑摩書房.
- ハンナ・マッケン他, 2020,『フェミニズム大図鑑』三省堂.
- 江原由美子・金井淑子編, 1997,『ワードマップ フェミニズム』新曜社.
- 井上輝子・上野千鶴子・江原由美子・大沢真理・加納実紀代編, 2002,『岩波 女性学辞典』岩波書店.
- 千田有紀・中西祐子・青山薫, 2013,『ジェンダー論をつかむ』有斐閣.
- 伊藤公雄・樹村みのり・國信潤子, 2019,『女性学・男性学 ジェンダー論入門第3版』有斐閣.
- 木村涼子・伊田久美子・熊安貴美江編, 2013,『よくわかるジェンダー・スタディーズ』ミネルヴァ書房.