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前回見たように、アスリートのメンタルヘルスに注目が集まる中、メディア報道が及ぼす悪影響に、人種・ジェンダーなどの観点から批判や懸念が呈されている。
メディア対応は、アスリートが仕事で直面する多くのプレッシャーの1つだ。トッププロともなれば、チームの選抜、資金の確保と維持、パフォーマンスの維持、適切なサポートネットワークの構築など、メディア以外にも様々な要求に直面する。
しかし、メディアのメンタルヘルスに対する影響は、これまで身体的な健康と比べて軽視されてきた。近年アスリートのメンタルヘルスへの関心が高まる中、大規模なスポーツイベントの放送局やスポンサーの利益を優先したメディアプロトコルへの憂慮や、デジタル時代のメディアの進化によるストレス要因の倍増が指摘されつつある。
では、スポーツ報道を取り巻く現状はどのような問題を抱えており、これに対してアスリートたちはどのように対応することで、メンタルヘルスの問題に対処しているのだろうか?
スポーツ報道が抱える諸問題
報道機会をめぐる男女格差
スポーツ報道をめぐる男女格差は依然として改善されていない。1960~80年代のテニス界を牽引したビリー・ジーン・キングが設立した女性スポーツ財団による2020年の報告書では、女子スポーツに関する報道の少なさを、指導的な立場にあるスポーツ関係者の女性のうち70%が指摘している。
アスリートとしての活躍を伝える機会や発言の場を得られるかどうかも、メディアの扱いによる格差が存在する。
スポーツメディア関係者の多様性のなさ
テニス業界やテニスジャーナリズムに限らず、スポーツメディア一般の多様性のなさも、大坂の一件からもうかがえる深刻な問題だ。
メディアのスポーツ部門の多様性が低いことも、人種やジェンダーをめぐる問題に影響しているとみなされている。セントラルフロリダ大学の「スポーツにおける多様性と倫理に関する研究所(TIDES)」が、AP通信のスポーツ編集者の要請を受け実施した2018年の調査によると、スポーツ部門の編集者やライター、レポーター、デザイナー等の8割前後を白人が占めている。
また、性別にも大きな偏りがあり、スポーツ編集者の90%と記者の88.5%を男性が占めている。こうしたスポーツメディアの偏りは、アスリートのメンタルヘルスに負担をかけるような状況を招く一因と考えられる。
例えば大坂なおみは、BLMなどに関わる言動からもわかるように、反人種差別主義のオピニオンリーダーの一人である。翻って言えば、彼女はアフリカ系・アジア系という二重の人種的脆弱性にさらされているとも言える。
BLMへの連帯から被害者名の入ったマスクを着用すれば、「毎日、マスクにどんな名前が出るかを推測しようとしている」「次のマスクが待ち遠しい」とパフォーマンスとして消費され、「大坂なおみは日本人か?」という記事のように、幾度となくアイデンティティや民族性を問われてきた。こうした質問や報道に晒され続けることを回避しようと試みるのは、メンタルヘルスを考えれば妥当と言えるだろう。
アスリートは競技に取り組むだけでなく、メディアを介した周囲の人々の反応や感情を管理するために、多くの努力と時間を費やさなければならない。こうした中でメンタルヘルスに負担がかかる状況にさらされるのだ。