作家・ジャーナリストのエリク・ゼムール氏が昨年11月30日、YouTubeの動画上で、今年4月におこなわれるフランス大統領選への立候補を表明した。新聞やテレビでの活動が長く、差別主義的な発言の多い極右の論客として知名度の高い人物だ。2021年の初めから、政治家への転身および大統領選出馬が確実視されてきた。
近年のフランス政界では、エマニュエル・マクロン大統領率いる中道の与党「共和国前進」と、マリーヌ・ル・ペン氏率いる極右政党「国民連合」の二大勢力が拮抗していた。大統領選についても、現職マクロン氏に対してル・ペン氏が挑むという構図が、咋年夏までの大方の見解だった。
しかしゼムール氏が登場したことで、大統領選の勢力図に変化がもたらされた。彼はどのような人物であり、どのような主張と戦略を持っているのか?そして、極右の野党と中道の与党という2つの勢力に対して、どのような影響を与えているのだろうか?
ゼムール氏の人物像と政治活動
ゼムール氏は1958年、アルジェリア系ユダヤ人の家庭に生まれた。1996年から保守系メディアである Le Figaro(フィガロ)紙で記者や論説委員を務めたのち、テレビやラジオのコメンテーターとして活動してきた。
第二次世界大戦下のフランス・ヴィシー政権(*1)のユダヤ人政策を擁護するなど論争を呼ぶ発言が多く、番組視聴率を押し上げる存在だった。近年は執筆にも力を入れ、フランスの弱体化を論じた『フランスの自殺』(2014年)はベストセラーとなった。このように同氏は、ジャーナリスト、コメンテーター、ベストセラー作家として高い知名度を有していた。
彼が政治活動を本格化させたのは、昨年の話だ。2月に大統領選のため Twitter アカウントを開設し、立候補の計画を公にした。秋以降は近著のプロモーションと称して国内を行脚し、立候補予定者として支持を募った。12月5日には初めての政治集会も開かれ、選挙戦略の全貌が見えてきた。
まずゼムール氏の主張と戦略、及び支持者の実態を整理しておこう。
(*1)第二次世界大戦におけるドイツへの敗北を機に1940年に組織された政府で、ユダヤ人の強制収容所への移送に加担した。
政治的主張
ゼムール氏は大統領選のために組織した政党を「Reconquête(ルコンケット、再征服)(*2)」と名づけ、「経済の、安全の、アイデンティティの、主権の、この国の再征服」を宣言した。移民によって経済や文化が壊されていると考える人々の代弁者になろう、という意図がうかがえる。
公約は「移民ゼロ」である。取材に対して「最優先事項はとても単純で、夏までに移民政策に関して国民投票を行う。移民の流入を止め、移民の子供の国籍取得権を無くし、家族呼び寄せ制度を廃止するためだ」と述べている。