昨年12月12日、フランスの海外領土のひとつニューカレドニア(ヌーヴェルカレドニ)で、独立を問う住民投票がおこなわれた。結果的に96.5%の反対多数で否決されたが、この圧倒的な数字は独立賛成派の投票ボイコットによってもたらされたものだ。独立を目指す政党「パリカ」は新型コロナウイルスの流行を理由に投票の延期を要請していたのだが、フランス本国の政府がそれを却下したことが、ボイコットの原因となっている。
本国政府が投票実施を急いだのは、この島嶼部の行く末がインド太平洋地域をめぐる外交政策と深い関係を持っているからだ(詳細は後述する)。しかしそもそも、パリから1万6,000km以上離れたこの地域にフランス領が存在する経緯、そして同国がアジアの海で活発に外交活動をおこなっている経緯はあまり知られていない。
なぜフランスは本国から遠く離れたインド太平洋地域を、これほどに重視しているのだろうか?
当該地域・海域は、フランスだけでなく世界中から、経済的あるいは政治的に極めて重要であることが認められている。はじめにその理由を確認しよう。次に、この地域の経済活動や安全保障に関してフランスが積極的に介入し、影響力を持つに至った背景には、どのような歴史的経緯があるのかを見ていこう。
インド太平洋地域の重要性
インド太平洋とは、インド洋と太平洋を結ぶ広大な地域の呼称だ。
世界的にみて、この地域の重要性は非常に高い。沿岸には少なくとも38の国が存在し、地球表面の44%を占め、世界人口の65%が集中している。世界のGDPの62%を算出し、貿易収支の46%が生み出されている。このようにデータを見れば経済的な力は疑いようがなく、また更に発展する余地があると指摘されている。
さらにグローバリゼーション、特に1970年以降に進行した貿易の「海運化」(*1)によって、この海域を通る原料や消費財の輸出入に、世界経済はますます依存している。そのため、安全保障の観点からもインド太平洋は注目を集めている。特に、ともに沿岸国である中国とアメリカが支配権をめぐって水面下で争いを続けている。
中国はいわゆる「一帯一路」構想を進め、アフリカやASEAN諸国に対して経済支援を武器に影響力を強めている。2016年にはアフリカ東岸のジブチに軍事基地を設置し、2017年にはスリランカのハンバントタ港を99年間租借地とすることが決定するなど、経済支援は軍事的な拡張政策と一体となっている。
「一帯一路」は主にユーラシア大陸に目を向けた政策だが、最近ではフィジーやバヌアツなど太平洋地域の島国にも影響が及んでいる。またソロモン諸島への政治的介入や中国・太平洋島国外相会合の開催による影響力強化も進んでおり、南シナ海問題は長年にわたり地域の懸案事項となっている。
一方でアメリカも、後述するAUKUSへの取り組みや、ASEANへの経済援助を表明するなど中国に対抗すべく軍事・経済両面から外交政策を展開している。
また当該地域は、気候変動や海洋汚染による影響を特に被りやすいことも知られている。ツバルなど、海水面の上昇によって国土が危機に瀕している島国が存在する。地域の自然環境の変化が、周辺諸国の関係を動揺させ、安全保障上の問題を誘発する危険もある。
(*1)maritimization。コンテナの普及や船舶の巨大化といった技術革新によってコストが減少したために、海運による貿易量が増加した現象。
インド太平洋にコミットするフランス
このように国際的な重要な位置を占めているインド太平洋だが、パリから遠く離れているにもかかわらず、フランスはこの地域に対して強いコミットメントを示している。その理由は、2つ挙げられる。
1つには、植民地政策に由来する歴史的な関係を有するからだ。もう1つは、歴史的な関係に立脚した近年の外交政策がある程度の成果を見せてきたからだ。この2点について、詳しくみていこう。