・こうした問題を踏まえ「公正な移行」という考え方が広がっており、歴史的には1970年代からの背景がある。
・各国政府・企業は、雇用創出やキャリアカウンセリング、税負担の議論への参加など各種支援を提供。
世界的にカーボンニュートラルに向けた動きが加速する一方、ウクライナ侵攻を受けて各国がエネルギー調達の脱ロシア依存を進めている。ただし短期的には、石炭火力発電への揺り戻しは避けられず、世界の脱炭素は停滞の危機に瀕している。
関連記事:ロシアからのエネルギー供給停止に、EUはどう備えているのか?
脱炭素社会の実現に向けて、石炭火力発電の廃止など大規模な産業構造の転換が進められているが、一部の産業では雇用が失われる可能性も懸念されている。そこで注目されているのが、公正な移行(Just Transition)というキーワードだ。
世界的には、欧州議会が2024年までの長期戦略で中心的な概念に位置づけている他、日本でも2021年の衆議院選挙において、立憲民主党や共産党、れいわ新選組が公約として用いている。
しかし「公正な移行」や「Just Transition」というワードだけでは、その意味するものや議論の歴史をイメージすることは難しい。公正な移行とは一体何を意味し、どのような歴史と議論の流れの中で生まれてきたのだろうか?
その概念の成り立ちと、近年の各国の取り組みについて概観したい。
「公正な移行」が目指すもの
2015年、国際労働機関(ILO)は
ネットゼロへの移行は、炭素集約型の産業や生産に依存するセクター、都市、地域の労働力に最も深刻な影響を与える
とした上で、気候変動対策は
資源の公平な配分、経済的・政治的エンパワーメントの強化、健康と福祉の向上、事故や災害からの回復力、技能開発と雇用機会の活用によって、最も脆弱な人々に利益をもたらすものでなければならない
と指摘した。またコンサルティング企業のデロイトトーマツ(Deloitte Tohmatsu)は、カーボンニュートラルを実現していく上では
大規模な設備廃棄や減損など、脱炭素化への対応により企業が被る財務上のリスクや、化石燃料産業や関連産業に従事する労働者の雇用が失われるリスク、再生可能エネルギー産業のすそ野で広がる人権侵害リスク
などが起こり得ると懸念を示す。その上で「リスクを最小限に抑え、新たな社会課題を生むことなく、むしろ、社会全体のサステナビリティの向上に寄与する『望ましいカーボンニュートラル移行』像」が必要だと述べるが、これが公正な移行の考え方だと言える。
つまり、カーボンニュートラルを実現する上では、石炭火力発電に関わる労働者の雇用減や賃金の低下、そうしたセクターから恩恵を受ける都市の衰退などが懸念されるため、それらに配慮しながら社会構造を転換させていくことが、公正な移行の意味するところだ。
たとえばポーランドの石炭地域では、4,000人規模の労働力を要する事業が2030年までの撤退を決めており、労働者の再雇用訓練などを支援しながら産業移行の計画が進んでいる。また2045年までにネットゼロを掲げるスコットランドは、主要産業である化石燃料関連に従事する労働者の再訓練プログラムに、国をあげて注力している。
脱炭素により苦しむ人々
脱炭素社会への移行過程で雇用を失ったり、経済的な不利益を被ると言われる人々は多く存在する。代表的なものは、石炭火力産業に従事する労働者やその地域の住民、女性、人種的マイノリティだ。
石炭火力産業に従事する労働者
石炭をはじめとする化石燃料は、現在世界の電源構成の6割程度を占める。CO2排出量が多いこの産業は、脱炭素社会への移行過程において大幅な縮小が目指され、炭鉱や発電所などでは雇用が減少していく。
たとえばアメリカ・ワイオミング州の地域では、20以上あった炭鉱が次々と閉鎖を余儀なくされた。残された3つの発電所も、29年末までに全て廃止される予定だ。こうした産業の縮小は、急激な雇用減少にとどまらず地域経済の衰退、地域住民の社会保障への依存加速という問題も引き起こしている。
女性
また、現行の気候変動対策では女性が取り残されてしまう、という指摘もある。再生可能エネルギーをはじめとした「グリーン経済」において、女性の参加率が低いことが理由のひとつだ。女性は、男性よりも教育や新しいテクノロジーにアクセスすることが困難で、脱炭素に関する新たな雇用を得たり、リスキリング(学び直し)の機会が奪われている。
そのため、脱炭素移行を前提とした社会において求められるスキルの教育や、雇用機会の拡大が必要とされており、それはジェンダー平等に配慮される必要がある。
人種的マイノリティ
人種的マイノリティとされる人々も、環境問題や脱炭素社会への移行で不利益を被りやすいと言われる。なぜなら、その多くが環境汚染の激しい地域に住み、より整備された生活環境にアクセスしづらい状況にあるからだ。たとえば、アメリカ・ルイジアナ州の工場密集地域では、がんの原因となる大気汚染が問題化し、そこに関わる多くの黒人住民たちの命を脅かしていると指摘されている。
いかなる人や地域も取り残さない
こうした点を踏まえ「いかなる人や地域も取り残さない」というコピーは、しばしば公正な移行において重視されるポイントだ。た欧州連合(EU)が2019年に発表した「欧州グリーンディール」では
- 2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロに
- 資源の使用から脱却した経済成長
- いかなる人や地域も取り残さない
という3点が中心的な施策として掲げられており、公正な移行は3番目に掲げられる重要政策となっている。
公正な移行の歴史
では、公正な移行という考え方は、どのように生まれ、広まったのだろうか?