いま欧州では肉税と呼ばれる税制の導入が、一部の国で議論されている。
これは読んで字の如く、牛肉などの肉類を使った食品に対する特別な課税措置だ。特にドイツでは、肉類にかかる消費税率を12%引き上げる案も議論されている。イギリスでも昨年、この肉税導入議論が大きな話題となった。
なぜ、肉類に対して特別な課税が検討されているのだろうか?そして、この課税措置にはどのような課題があるのだろうか?
肉税とは何か?
肉税導入に向けた議論は、欧州、とりわけドイツで進んでいる。ドイツでは2019年から、環境保護政党の緑の党が肉税の検討を主張している。ドイツでは消費税(VAT)が通常19%のところ、食品に対しては軽減税率で7%となっている。そこで緑の党は、肉類を軽減税率の対象外とすることで、実質的な肉税の実現を目指している。
ドイツでは昨年12月の政権交代で、緑の党で共同党首を務めた経験もあるチェム・エズデミル氏が農業政策を所管する農業大臣に就任した。また、前農相のユリア・クレックナー氏(キリスト教民主同盟)も、農相在任中に緑の党が提案する肉税の制度案について「共感している」と発言している。キリスト教民主同盟(CDU)は、メルケル前首相も所属していた中道右派政党で、これまでにCDU所属の一部の州政府閣僚も肉税の必要性を主張している。
イギリスでも昨年、肉税の議論が大きな話題となった。きっかけは、同国のユースティス農業担当大臣が「2027年以降を目処に、肉類などに新たな課税措置を設ける方向で検討している」と発言し、同時期に肉税の導入検討に言及した政府の報告書がインターネット上に公開されたことだった。政府による肉税検討の報道は英国内で大きな波紋を呼び、最終的に、最初の発言から1週間後にユースティス大臣自ら「国内での肉税導入は選択肢にない」として発言を撤回した。
肉税はなぜ議論されているのか?
このように肉税が検討される背景には、いくつかの要因がある。以下、順番にこれらの要因を整理してみよう。
温室効果ガス排出対策
肉税検討の大きな背景となっているのが、畜産業による温室効果ガス排出の問題だ。人間が排出する温室効果ガスのうち、約14.5%は畜産業とその関連産業によって発生している。特に、家畜のなかでも反芻動物である牛は、体内での消化の過程で温室効果ガスのメタンが発生する(*1)。
すなわち、環境負荷への懸念から、課税による肉類の消費抑制が目指されているのだ。これは、経済学でいうところの外部不経済への対処を目指すもので、いわゆる「炭素税」(*2)の一種とも言える。イギリスでは昨年の騒動で、ユースティス大臣が肉税を「温室効果ガス排出量の大きい食品への課税」と表現し、オランダでも環境負荷への懸念から肉税の導入検討が始まっている。
こうした肉類などへの炭素税の導入は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書でも政策候補の一つとして挙げられている。IPCCは、6年から7年おきに評価報告書と呼ばれる政策提言などをまとめたレポートを公表しており、現在は第6次評価報告書の作成が進んでいる。そのなかの気候変動緩和策として、食品への炭素税導入も検討されている。
(*1)牛の第1胃であるルーメンでは、飼料の食物繊維などを発酵・分解過程で発生する水素やギ酸塩にメタン生成菌が作用することで、メタンが生成される。
(*2)化石燃料を使用した製品などに炭素の含有量に応じて税金をかけ、価格を引き上げることで需要を抑制し、CO2排出量を削減する政策手段。
健康対策
肉税検討の背景としては、肉類の過剰摂取が疾患のリスクを高めることへの懸念もある。