前回の記事では、技術移転による国際貢献を目標に掲げる技能実習制度が、なぜ労働力需給システムになってしまったのか、その理由を説明してきた。
そして、この制度趣旨に関する”曖昧さ”は、技能実習制度が人権侵害や強制労働の温床として批判される背景にもなっている。本記事では、技能実習制度が抱える問題と今後のシナリオについて見ていく。
技能実習制度が抱える問題
技能実習制度は広く人権に関する問題として捉えられるが、その問題点はいくつかに分けられる。
私生活の自由の制限
まず、技能実習生について「結婚や恋愛の禁止にとどまらず、携帯電話やパスポートを取り上げる、外部との交流さえも禁じるなど実習生の私生活さえも縛っている事例」などが指摘されており、私生活の制限が問題視されるケースがある。
技能実習生の保護などを目的として2017年に施行された技能実習適正化法は、こうした私生活の制限などを禁じているものの、弱い立場に置かれた技能実習生は問題を訴えづらい事情がある。2020年には、ベトナム人実習生のスマートフォンの没収や自由な外出時間の制限、外部のベトナム人との接触禁止などを強要したことで、監理団体の代表理事らが逮捕されている。
また妊娠したことで強制帰国などを恐れた技能実習生が、出産した子どもの遺体を埋めた事件や部屋の箱に入れた事件なども報じられている。妊娠による解雇や強制帰国などは認められていないが、技能実習生の産休・育休制度などは整備されておらず、実質的にそれらを禁止する企業や団体も見られる。
職業選択の自由
技能実習制度において外国人実習生を苦しめる最大の問題の1つが、実習先を変更する自由がないことだ。技能実習制度は、ある特定の実習先において技能等を習得することが”建前”だとしても目的である以上、実習生側から実習先の変更をすることは認められていない(*1)。
しかし、ここまで確認したように、技能実習制度は事実上、労働力需給システムとして機能しており、技能実習生は一般の労働者と同等の役割を担っている。それなのにも関わらず、一般の労働者には保障されている職業選択の自由(転職の自由)が、技能実習生には保障されていない。
実際に、ジャーナリストの澤田晃宏氏は著書のなかで、日本人が入社後すぐに辞めていく業種の会社で働き続けなければならないベトナム人技能実習生の声を紹介している。従業員が定着しない業種や会社からすると、数年間は必ず働き続ける技能実習生は魅力的な労働力として見られているのかもしれない。
(*1)実習先が倒産したり、不正行為を認定されたりした場合には実習先が変更される。
技能実習の債務労働化
技能実習生を苦しめるもう1つの問題が、多くの実習生が来日にあたり負う多額の借金だ。
技能実習生は来日前に、母国の送り出し機関と呼ばれる施設で日本語教育などを受ける。日本の受け入れ団体とのやりとりも、この送り出し機関が担当しており、事前教育にかかる費用や仲介手数料は実習生本人が負担する。現在、日本への最大の送り出し国となっているベトナムは、政府が事前教育費や手数料の上限を定めており、その金額は合計で約54万円とされている。
しかし、実際には送り出し機関と実習生とを結ぶ違法な仲介業者なども存在しており、ベトナム人技能実習生が平均で約110万円もの大金を支払っているとのアンケート結果もある。
2022年7月現在のベトナムの平均月収は約3万8,000円だ。そのため、100万円を超える手数料などを支払うために、多くの技能実習生は借金を背負い来日する。このような借金を抱える技能実習生は、債務返済のために働く「債務労働」を余儀なくされる。国際労働機関は債務労働を強制労働に陥る危険性の高いものと指摘しており、米国務省などによる強制労働批判の背景にはこうした現状がある。
極めて低い賃金
技能実習生の賃金は、日本人労働者に比べて、極めて低い。厚生労働省の令和3年賃金構造基本統計調査によると、一般労働者の平均賃金が月間で約31万円である一方、技能実習生の平均賃金は約16万円とされ、ほぼ2倍の差がついている。
技能実習生にも最低賃金などの労働関係法令の規定は適用されるが、実習先の企業は監理団体に監理費を支払わなくてはならないため、企業も実習生自身の賃金を上げにくいという事情もある。こうした低賃金問題も技能実習制度への人権侵害批判を強める要因となっている。
年間9,000人の失踪者
こうした厳しい状況に置かれた技能実習生が、失踪を決断するケースも多い。2015年には5,803人もの技能実習生が失踪し、この事態を受けて政府は2016年に技能実習法を成立させ、技能実習生の保護を強化。実習先でのトラブルに対応するために、団体監理型で技能実習生を受け入れる監理団体を監督する外国人技能実習機構の新設などが行われた。
しかし、2017年に技能実習法が施行された後も失踪事案は増え続け、2018年には失踪人数が9,000人を超えた。実習先の変更ができないことや借金の問題といった、根本的課題が解決されていない状況が浮き彫りになっているとも言えるだろう。
失踪事案の増加を受けて、失踪対策として実習先の企業が実習生のパスポートを取り上げる事案も多く発生しており、失踪の増加によってさらに人権侵害が強化されるという悪循環にもなっている。
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