・戦後、GDP増加や物価上昇などにより防衛費は上昇トレンドにあったが、特に過去10年間は、毎年連続で増加
・増額に際して、使途や防衛・安全保障政策の大転換に関する議論の不在、財源などの論点は残されたまま
今月5日、岸田首相は2023-27年度の防衛費について、総額約43兆円とする方針を固めた。現在の中期防衛力整備計画(19-23年度)の27兆4,700億円程度から大幅増となり、過去最高となった。
また岸田首相は、増額に伴って不足する年間1兆円の財源について、新たな増税でまかなう方針も示しており、具体的には法人税やたばこ税、東日本大震災の復興特別所得税を充てる案が浮上している。
ロシアによるウクライナ侵攻や中国の膨張主義による東アジアの安全保障環境の変容など、防衛費の増額には様々な背景があるが、日本においては、憲法9条の改正に関する議論や学術分野における軍事研究のあり方など、防衛や安全保障に関する議論に慎重な見方も根強い。
また今回の防衛費増額をめぐっては、立憲民主党の泉代表が「火事場泥棒」と批判したり、与党内からも増税を念頭においた議論を「唐突」とするなど、批判的な見解が生じている。また以下の東京新聞のように、防衛費増額がそのまま戦争へと結実する、という主張もある。
戦争はいつも自衛を名目に始まります。そして、突然起こるものではなく、歴史の分岐点が必ずどこかにあるはずです。将来振り返ったとき、「軍拡増税」へと舵(かじ)を切ろうとする今年がその分岐点かもしれません。
果たして、なぜ政府はここへきて防衛費増額を決定したのだろうか?また、日本の防衛費は戦後どのような理由で、どのように変化してきたのだろうか?そして、今回の増額がもたらす論点は何だろうか。
防衛費とは何か?
防衛費増額を考える前に、まず防衛費とは何か?という問題に簡単に触れる必要がある。
なぜなら一口に防衛費と言っても、その定義は曖昧だからだ。たとえば防衛省によれば、2022年の防衛関係予算は全体で5兆4,005億円となっている。しかし、防衛省の情報システム関係経費のうち318億円はデジタル庁に計上されている他、この予算には SACO関係経費や米軍再編関係経費なども含まれている。
SACO関係経費とは、沖縄に関する特別行動委員会(Special Action Committee on Okinawa)最終報告に盛り込まれた措置を実施するための経費であり、沖縄の基地移設問題に関連した費用だ。米軍再編関係経費を含め、これらを防衛費の一環として捉えるかは見解が分かれる他、費用の内訳や関連省庁の予算を含めるかなど論点は多岐にわたる。
また2017年には、日本学術会議が「軍事的安全保障研究に関する声明」を公開して、「軍事目的のための科学研究を行わない」と明言したが、今年10月には軍事転用できる技術(デュアルユース)の研究を事実上容認する姿勢に転換した。背景には、ロケット(ミサイル)だけでなく AI やロボット、ドローンなど、成長産業にある技術が軍事領域でも存在感を増し、デュアルユースか否かの線引きが曖昧になっていることが挙げられる。こうした領域に関する予算を防衛費として扱うか、という点でも防衛費の定義は容易ではない。
防衛費増額に関する議論は、単に予算額の増減・多寡のみならず、その内訳なども踏まえる必要があるのだ。
日本の防衛費
こうした前提はあるものの、今回の防衛費増額より以前から、日本の防衛費は上昇トレンドにある。
たとえば、1967年の防衛費は3,809億円(対GNP比0.930%)であったが、1971年には6,709 億円(同0.796%)、1974年には1兆930億円(同0.831%)と1兆円を超えて、1979年には2兆945億円(同 0.903%)、1986年には3兆3,435億円(同0.993%)となっている。
日本の防衛費(The World Bank, CC BY 4.0)
ただし、この上昇は物価上昇や冷戦など、国内外の諸要因と合わせて考える必要がある。この点は、今回の防衛費増額を理解する上でも重要なポイントとなるため、後述する。
防衛費増額の5つの背景
以上を踏まえつつ、改めて現在、防衛費増額が進められる背景には、大きく5つのポイントがある。具体的には(1)安全保障環境の変化(2)防衛技術の進化(3)「防衛費のGDP比2%」という目安(4)継戦能力の観点(5)国民意識の変化だ。
以下では、この5点を見た上で、改めて長期トレンドで防衛費の変化を見ていこう。
(1)安全保障環境の変化
5つのポイントのうち、現在の議論に最も大きな影響を及ぼしているのが、1つ目の安全保障環境の変化だ。