⏩ 生殖補助医療法の改正案が検討中、なかでも「出自を知る権利」に注目
⏩ 生殖補助医療で生まれた子どもが、自分の遺伝的ルーツを知る権利
⏩ しかし「匿名の原則」と、生殖補助医療そのものの複雑性により議論が進まず
今年に入って、第三者の精子・卵子を用いた不妊治療のルールを定めた、生殖補助医療法の改正案について、論点が定まらずにいる。超党派の議連は、遺伝的なつながりを持つ親を知ることができる「出自を知る権利」の保障を目指した改正案を作成したが、各党の意見集約が難しく、提出の目処が立っていない。
「出自を知る権利」については、2020年に制定された生殖補助医療法において、約2年を目途に検討し、法制化を目指すとされた。しかし、2年が経過した今も「出自を知る権利」を盛り込んだ改正案について、議論がまとまっていない。
なぜ「出自を知る権利」について議論が進展せず、法制化が進んでいないのだろうか?
「出自を知る権利」について
「出自を知る権利」とは、「自分がどのようにして生まれたのか」そして「自分の遺伝的ルーツはどこにあるのか」を知る権利を意味する。
これは、国連の「子どもの権利条約」7条、子どもは「できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」という条文を根拠に持つと考えられている。また、この「子ども」には第三者が関わる生殖補助医療によって生まれた子どもも含まれると解されている。
また「出自を知る権利」について問題となる当事者は、生殖補助医療で生まれた子どもである。「出自を知る権利」はこの子どもにとって、「自分は何者なのか」を認識する自己のアイデンティティの確立と、法律関係にある親との平和的な関係を築く上で必要とされている。厚生労働省も、「精子・卵子・胚の提供により生まれた子のアイデンティティの確立などのため重要なもの」として、「出自を知る権利」の重要性を認めている。
2つの背景
「出自を知る権利」が求められるようになった背景には、生殖補助医療の進展と普及、そしてDNA鑑定によるドナー特定の容易化が挙げられる。
近年、人工授精や体外授精、代理出産といった生殖補助医療が進展し、生殖補助医療で生まれた子どもの数は増加傾向にある。日本において、全出生児のうち生殖補助医療で生まれた子どもの割合について、2007年は1.8%であったのに対し、2019年は7.0%に当たる数を占めており、着実に生殖補助医療が普及しつつある。
そして、遺伝子検査の発達によってDNA鑑定が身近になり、精子や卵子を提供したドナーを特定しやすくなっている。現在の日本では、ドナーによる精子や卵子の提供は基本的に匿名で行われるため、子どもがドナー情報を得ることは認められていない。よって、生殖補助医療で生まれた子どもはドナーを知ることはできずにいるが、独力で自分の出自を探すケースが存在し、「出自を知る権利」を求める声が挙がっている。
海外では、生殖補助医療が普及して生まれた子どもが成人となった1980年以降、子どもたちの一部が「ドナーが誰であるかを知る権利」として「出自を知る権利」を主張するようになった。その後、イギリスやオランダ(*1)などでドナーの情報開示を認める動きがあり、ドイツでは「出自を知る権利」を人格権の一つとして認めている(*2)。
(*1)イギリスでは1990 年に「ヒト受精および胚研究法(Human Fertilisation and Embryo Act―HFE 法)」が制定され、18歳以上の第三者提供の卵子もしくは精子で生まれた子どもは「匿名のまま」ドナー情報を開示請求できるとした。2004年にはドナーについて、「名前等を含む情報」も開示請求できると改正された。また、オランダでは2002年に「人工生殖技術における提供者情報法(Wet donorgegevens kunstmatige bevruchting)」が制定され、16歳以上の子どもはドナー情報を開示できるとした。
(*2)1989年ドイツ連邦裁判所は、血縁を知る権利について一般的人格権と承認した。2017年に成立した法律では、精子提供により出生した子どもは16歳以降、ドナーに関する情報を請求することができるとした。
法律が規定するのは「親子関係」のみ
日本の生殖補助医療に関する法整備については、生まれた子どもの法的な親子関係を明確化した法律(生殖補助医療法)のみ存在している。よって、「代理出産」や「同性パートナー」の生殖補助医療の可否といった医療行為自体に対する規制や、「出自を知る権利」の保障に関する法律は存在しない。