⏩ マイノリティに焦点をあて、多様性重視の映画トレンドに合致
⏩ 普遍的・社会的テーマに多数派も共感
⏩ 独立系スタジオによる工夫に富んだ制作手法
⏩ 科学的根拠を超え、リアリティのあるマルチバースの描き方
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)は、2022年3月にアメリカで公開され、世界興行収入1億ドルを突破した。設立11年目の新興の独立系映画会社A24としては、過去最高のヒット作だ。日本でも、3月3日から公開されている。
同作は、第95回アカデミー賞で作品賞ほか最多7部門での受賞を果たした。
この快挙は、主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーをはじめ、俳優たちの名演に支えられた部分もあるが、それだけではない。『エブエブ』は、いま評価されるべくして評価された映画だ。
なぜ『エブエブ』は、これほど高く評価されているのだろうか?
『エブエブ』とは
“Everything Everywhere All At Once”(何もかもが、いたるところで、いっぺんに)というタイトルどおり、本作にはあらゆる要素が詰め込まれている。
あらすじは、家族や仕事のトラブルを抱える中年女性エヴリンが、マルチバース(*1)を飛び回りながら巨悪の根源に挑むというものだ。ただし、ストーリーは多くの事柄が絡み合って進行するため、ひとことでは表せない複雑で濃密な内容となっている。
カンフーアクションが繰り広げられる本作は、公式には「アクション・エンターテインメント」と銘打たれているが、マルチバースを行き来する設定のSF映画でもある。さらに家族ドラマやコメディの要素も含まれ、映画評論家のA.O.スコット氏に言わせれば「ジャンルが入り乱れた激しい渦」のような映画だ。
(*1)我々が知覚している世界以外に、無数の宇宙(世界)が並行して存在するという仮定に基づく科学用語。「ユニバース」のユニ(単一)をマルチ(複数)に置き換えた造語で、「多元宇宙」などと訳される。
映画賞
本作は興行的に成功を収めただけでなく、作品として高く評価され、数々の映画賞を受賞した。賞レースでの総受賞数は、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』の記録を20年ぶりに破り、歴代1位となった。
第95回アカデミー賞では、今回最多の7部門(作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞)を受賞した。
特筆すべき点は、アジア人が主演女優賞を獲得したのは、今回のミシェル・ヨーが初めてだということだ(*2)。非白人系女優の受賞は、2002年(第74回)のハル・ベリー以来となる。なお、主演男優賞ではアジア系アメリカ人のスティーヴン・ユァンが2020年(第93回)にノミネートされているが、アジア人を自認する俳優は候補にすら挙がったことがない。
助演男優賞のキー・ホイ・クァンはベトナム出身のアメリカ人で、アジア系俳優としては史上2人目、38年ぶりの受賞だ。昨年は監督賞と助演女優賞にアジア人女性が選出されており、アカデミー賞におけるアジア勢の存在感が増していることがうかがえる。
(*2)ミシェル・ヨーは中国系マレーシア人。結婚を機に香港映画界を引退し、復帰後はハリウッドでも活躍している。
評価されたポイント
『エブエブ』が高評価を得た理由として、マイノリティに焦点をあてつつ、誰にでもあてはまる普遍的・社会的なテーマを扱っていることが挙げられる。また、制作面やマルチバースの描き方に工夫が見られ、カオスながらリアリティのある世界観が展開されている。
(*)以下の記述では、一部ネタバレが含まれます。
多様性重視のトレンド
『エブエブ』は主演にアジア人俳優を起用するなど、マイノリティにスポットライトを当てており、多様性を重視する映画界のトレンドに合致している。
マイノリティに焦点
物語の中で重要な役割を果たすマイノリティは、「主人公一家が中国系移民である」という人種・民族的マイノリティと、「主人公の娘がレズビアンである」という性的マイノリティだ。加えて、「主人公がADHD(注意欠如・多動症)である」という発達障害の裏設定もある。