『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、なぜ評価されたのか?= アカデミー賞で最多7冠

公開日 2023年03月29日 15:56,

更新日 2023年09月12日 17:34,

有料記事 / 文化

この記事のまとめ
💡 『エブエブ』が賞レースを席巻した理由を解説

⏩ マイノリティに焦点をあて、多様性重視の映画トレンドに合致
⏩ 普遍的・社会的テーマに多数派も共感
⏩ 独立系スタジオによる工夫に富んだ制作手法
⏩ 科学的根拠を超え、リアリティのあるマルチバースの描き方

映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)は、2022年3月にアメリカで公開され、世界興行収入1億ドルを突破した。設立11年目の新興の独立系映画会社A24としては、過去最高のヒット作だ。日本でも、3月3日から公開されている。

同作は、第95回アカデミー賞で作品賞ほか最多7部門での受賞を果たした。

この快挙は、主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーをはじめ、俳優たちの名演に支えられた部分もあるが、それだけではない。『エブエブ』は、いま評価されるべくして評価された映画だ。

なぜ『エブエブ』は、これほど高く評価されているのだろうか? 

『エブエブ』とは

“Everything Everywhere All At Once”(何もかもが、いたるところで、いっぺんに)というタイトルどおり、本作にはあらゆる要素が詰め込まれている。

あらすじは、家族や仕事のトラブルを抱える中年女性エヴリンが、マルチバース(*1)を飛び回りながら巨悪の根源に挑むというものだ。ただし、ストーリーは多くの事柄が絡み合って進行するため、ひとことでは表せない複雑で濃密な内容となっている。

カンフーアクションが繰り広げられる本作は、公式には「アクション・エンターテインメント」と銘打たれているが、マルチバースを行き来する設定のSF映画でもある。さらに家族ドラマやコメディの要素も含まれ、映画評論家のA.O.スコット氏に言わせればジャンルが入り乱れた激しい渦のような映画だ。

(*1)我々が知覚している世界以外に、無数の宇宙(世界)が並行して存在するという仮定に基づく科学用語。「ユニバース」のユニ(単一)をマルチ(複数)に置き換えた造語で、「多元宇宙」などと訳される。

映画賞

本作は興行的に成功を収めただけでなく、作品として高く評価され、数々の映画賞を受賞した。賞レースでの総受賞数は、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』の記録を20年ぶりに破り、歴代1位となった。

第95回アカデミー賞では、今回最多の7部門(作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞)を受賞した。

特筆すべき点は、アジア人が主演女優賞を獲得したのは、今回のミシェル・ヨーが初めてだということだ(*2)。非白人系女優の受賞は、2002年(第74回)のハル・ベリー以来となる。なお、主演男優賞ではアジア系アメリカ人のスティーヴン・ユァンが2020年(第93回)にノミネートされているが、アジア人を自認する俳優は候補にすら挙がったことがない。

助演男優賞のキー・ホイ・クァンはベトナム出身のアメリカ人で、アジア系俳優としては史上2人目、38年ぶりの受賞だ。昨年は監督賞と助演女優賞にアジア人女性が選出されており、アカデミー賞におけるアジア勢の存在感が増していることがうかがえる。

(*2)ミシェル・ヨーは中国系マレーシア人。結婚を機に香港映画界を引退し、復帰後はハリウッドでも活躍している。

評価されたポイント

『エブエブ』が高評価を得た理由として、マイノリティに焦点をあてつつ、誰にでもあてはまる普遍的・社会的なテーマを扱っていることが挙げられる。また、制作面やマルチバースの描き方に工夫が見られ、カオスながらリアリティのある世界観が展開されている。

(*)以下の記述では、一部ネタバレが含まれます。

多様性重視のトレンド

『エブエブ』は主演にアジア人俳優を起用するなど、マイノリティにスポットライトを当てており、多様性を重視する映画界のトレンドに合致している。

マイノリティに焦点

物語の中で重要な役割を果たすマイノリティは、「主人公一家が中国系移民である」という人種・民族的マイノリティと、「主人公の娘がレズビアンである」という性的マイノリティだ。加えて、「主人公がADHD(注意欠如・多動症)である」という発達障害の裏設定もある。

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✍🏻 著者
リサーチャー
東京大学大学院総合文化研究科(表象文化論)にて修士号取得。専門はイタリア近代絵画。アートの領域を中心にライターとして活動中。
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