⏩ 内閣府調査、男性の1.0%が被害。ただし性加害の定義などで数値は変化
⏩ 被害が潜在化する背景に「男らしさ」規範や、被害者による被害の "否認" など
⏩ 男性被害者の法的保護は最近
英・公共放送 BBC によるドキュメンタリー番組や、元ジャニーズJr. の岡本カウアン氏(現在はカウアン・オカモト氏名義)の告発により、ジャニーズ事務所の創業者である故・ジャニー喜多川氏による、所属タレントであった少年らへの性加害が再び話題となっている。
本誌では、これまで2回に渡ってジャニー氏の「真実性が認められた」裁判記録の解説と、同氏に1960年代から向けられてきた疑惑および告発報道の解説記事を公開してきた。
一連の報道を受けたジャニーズ事務所は21日、
- 社員・所属タレントへの聞き取り調査
- 外部専門家の相談窓口の設置
- 個別対応を行う準備
を進めていくと発表しており、従来の沈黙を貫く姿勢から変化が見られはじめた。
問題の所在
両記事で見てきたように、この問題の所在は多方面に及ぶ。
ジャニーズ事務所の設立時である1960年代から凄惨な性加害が続いてきたこと、その告発がTVや新聞などの報道機関によって大きく報じられなかったこと、現在でもジャニーズ事務所がコンプライアンスの徹底を謳いながらも十分な調査に乗り出してこなかったこと、そして、この状況が事務所固有の問題ではなく、エンターテインメント業界や大手メディアなどが抱える構造的な問題と言えることなどだ。
世界的に広がる性加害の告発
そもそもエンターテインメント業界における性加害は、過去5年間に渡って世界的な議論の中心にあった。
2017年10月5日に The New York Times 紙が、著名映画プロデューサーのハーヴィー・ワインスタインによる性加害を報道し、17日には The New Yorker 誌も同様の報道をおこなった。これらは大きな反響を呼び、続々と映画およびドラマ関係者などエンターテインメント業界からも告発の声が挙がり、# MeToo 運動として世界に波及していった。
たとえば韓国では、2018年にアン・ヒジョン(安熙正)忠清南道知事(当時)や著名詩人のコ・ウン(高銀)氏らが告発された他、同年には小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が100万部を突破する社会現象も生じた。
同国のエンターテインメント業界では、人気グループ BIGBANG のメンバーだった V.I が、ソウルにあるナイト、クラブバーニング・サンで起こった事件に端を発する暴行や薬物、脱税、性加害など一連の疑惑に関与していることが大きく報じられ、芸能界を引退した。この事件では他にも、HIGHLIGHT や FTISLAND など K-POP 業界の著名メンバーが脱退や引退に追い込まれる事態となった。
そして、#MeToo の動きを受けた米国では2022年3月、米・バイデン大統領が #MeToo 法案に署名したことで、同法案が成立した他、業界による自主ガイドラインの制定や指導的立場に就く女性の増加などの変化に至っている。
日本のエンターテインメント業界における性加害
日本では2022年、映画監督の榊英雄氏および園子温氏、俳優の木下ほうか氏による性暴力が相次いで報道されたことで、エンターテインメント業界における性加害に注目が集まった。
今回の告発は、こうした日本のエンターテインメント業界における性加害の告発という流れに位置づけられるが、同時に、最大手事務所の創業者に向けられた疑惑であることから、同社のガバナンスやコンプライアンスに留まらず、業界全体の構造的問題が問われているとも言える。
ただし当初、岡本カウアン氏の会見を受けたジャニーズ事務所は、
経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存
という過去に発表した文言を繰り返すのみで、三者委員会などによる独立した調査や検証、再発防止に向けた取り組みなど、具体的対応には踏み切っていなかった。
これに対して専門家からは「説明責任を果たす気はなさそうです」という批判や「ガバナンス、ジェンダー、セクシュアリティ、児童虐待、パワハラと言った日本の闇が複雑に絡んでおり社会的重大な問題」との指摘が相次ぐなど、厳しい目が向けられていた。
冒頭で述べた発表により、同事務所の方針に変化が見られはじめたことは事実だが、今後具体的で実効的な取り組みが進んでいくかは、不透明なままだ。
男性の被害者、という特徴
ジャニーズ事務所における問題には、多くの #MeToo の告発と一線を画しているポイントがある。それは、加害者が権力を有する年長男性であると同時に、その被害者もまた男性である点だ。
加害者のセクシュアリティーに注目することは、性的マイノリティーに対する社会的偏見(スティグマ)を強化する可能性があり、慎重を期す必要がある。ただ同時に、2017年に110年ぶりに性犯罪に関する刑法が改正されるまで、強制性交等罪は被害者を女性のみに限定する「強姦罪」であったことからも分かるように、性加害における「被害者としての男性」像が、軽視されやすかったことも事実だ。
2003年には、カトリック教会の聖職者による長年に渡る1万件以上(*1)の子どもに対する性加害が、The Boston Globe 紙の報道などによって注目を集め、事件をもとに映画化された作品『スポットライト 世紀のスクープ』は、米・アカデミー賞作品賞を獲得した。またフランスのカトリック教会でも1950年から2020年にかけて、21万人以上の未成年者が被害に遭い、そのうち8割以上が男性だったと報道され、大きな話題となった。
しかしながら、こうした事件は「カトリック教会の性加害」として問題化されることが多く、「男性の性被害」という文脈からの注目は、それほど多くなかった。
その意味で、男性に対する性加害、すなわち「男性の性被害」はどのような状況にあり、なぜそれが注目されづらいのかを確認しておくことには、一定の意義があると言える。以下では、男性の性被害について、断りがない限り加害者の性別やジェンダーを問わずに見ていく。
(*1)最終的な被害件数は、ジョン・ジェイ報告書などで明らかになった。
男性の性被害(データ)
そもそも男性の性被害については、その存在が忘れられやすい状況を反映して、十分な調査研究が進んでいない。
たとえば内閣府男女共同参画局による調査では、「無理やり(暴力や脅迫を用いられたものに限らない)に性交等(性交、肛門性交又は口腔性交)をされたことがあるか」という設問に対して、女性の6.9%、男性の1.0%が被害経験を明らかにしている。しかしこの数字について、立命館大学の宮﨑浩一氏は
性暴力被害は暗数が多く認知件数が実際の数とは考えられませんし、長らく「男性の性被害」は「無いもの」とされてきたため、見えない被害が多くありそう
だと指摘する。加えて同調査では、対象が性交および肛門性交、そして口腔性交(オーラルセックス)に限定されているため、それ以外の被害が見えない限界もある。
実際、NHK が2021年におこなったアンケートでは設問が多く設けられ、
- 「衣服の上から体を触られた」(195人)
- 「直接 体を触られた」(142人)
- 「性器・胸などを露出させられた」(98人)
- 「無理やり指や性器・器具などを挿入された」(53人)
- 「自慰行為をするよう強要された」(40人)
- 「無理やり指や性器・器具などを挿入させられた」(35人)
- 「裸の写真が送られてきた」(28人)
- 「自慰行為を見るよう強要された」(19人)
など、性交に限らない数多くの被害が報告されている。
同様に、1999年に大学生などを対象とした岩崎直子氏の調査も性交以外の被害を含めて対象としており、そこでは男性の25.0%が被害を訴えている。同調査で最も多かった被害は「無理やりお尻、胸、背中など身体をさわられた(9%)」で、次に「言葉で性的な嫌がらせを受けた(7%)」、「無理やり性器をさわられた(7%)」、「無理やり抱きつかれた(4%)」が続く。
また2022年、内閣府が2022年に16歳から24歳を対象としておこなった性暴力被害の実態に関するオンラインアンケートでも、男性はそれぞれ以下の割合で性暴力被害に直面している。(括弧内は女性が被害に直面する割合)
- 言葉による性暴力被害 11.2%(19.9%)
- 視覚による性暴力被害 3.7%(8.7%)
- 身体接触を伴う性暴力被害 5.1%(15.0%)
- 性交を伴う性暴力被害 2.1%(4.7%)
- 情報ツールを用いた性暴力被害 4.6%(11.6%)
このように男性の性被害は、統計や各種調査などで存在が確認されていながらも、実態把握が進んでいないことや社会的な認知度が低く、事実が表面化しづらい側面があった。そのため厚生労働省は、2022年から初めて大規模な実態調査に乗り出している。
各国における男性の性被害
こうした状況は、国外でも同様となっている。
たとえば2011年に米・CDC(疾病予防管理センター)が公表した「National Intimate Partner and Sexual Violence Survey」によれば、レイプ(強姦、日本では強制性交等)を受けた経験のある男性は1.4%であったものの、性的強要を受けた経験がある男性は6%、望まない性的接触を経験したことがある男性は11.7%にのぼった。2012年の論文では、様々な研究を参照しながら、アメリカやイギリスの男性のうち約3-8%が、成人期に性的暴力を受けた経験があるとされている。
またフランスの研究では、2018年から2021年までの4年間で、パリの法医学部門で確認された性的暴力の全被害者のうち12.5%が男性だったとしているが、「レイプ被害者の過小評価は、特に男性の間で顕著」だと述べられている。
英国における最新の統計によれば、16 歳以上の成人男性の1.2%が性的暴行の被害者になったと報告されているが、バーミンガム市立大学のローラ・ハモンドは複数の研究を参照しながら、男性の性的被害は調査結果に現れるよりも多い可能性が高いと指摘する。
男性の性被害が注目されづらい理由
では、なぜ男性の性被害が注目されにくいのだろうか。その背景には様々な理由が指摘されており、たとえばクレイトン・M・ブロックとメイス・ベックソン両医師は、
- 刑務所などの施設に収容されていない男性は、ほとんど性的暴行を受けない
- 男性の被害者は、暴行に責任がある
- 男性の性的暴行の被害者は女性の被害者よりも経験によるトラウマが少ない
- 射精は前向きな性的経験の指標である
という誤った認識が背景にあると指摘する。またカリフォルニア大学ロサンゼルス校のララ・ステンプル氏とウィリアムズ研究所のイラン・H・マイヤー特別上級研究員は、
- 男性加害者と(無力な犠牲者としての)女性被害者、として概念化されたパラダイム
- 「レイプ」や「性的暴行」など、用語の定義・用法が曖昧であることによる被害の過小評価
- 統計データから(男性の性被害者が多いと推計される)少年院や拘置所、刑務所、入国管理センターなどの被害件数が漏れていることによるサンプリングバイアス
を指摘する。また社会的に流通している「男らしさ」から外れた振る舞いをしてしまったという「男性性の混乱」に注目する分析や、専門家をはじめとする社会の理解不足や偏見によって調査が十分に進まない現状を指摘する研究もある。
このように絡み合った原因を整理すると、大きく
(1)社会全体における認識の問題
(2)被害者個人における認識の問題
(3)それらを前提として構築された法や制度の問題
として分けることが出来る。
(1)社会全体の認識の問題
性暴力の加害者が常に「男性」であり、被害者が常に「無力な犠牲者としての女性」であるというパラダイム、いわば誤った固定概念は、社会全体に広く蔓延している。その結果として、男性自身も被害にあったことに気付かない他、周囲や警察などが被害を深刻に受け止めなかったり、国や専門家らによる調査が十分におこなわれてこなかった経緯がある。
また2022年の NHK によるアンケートでは、「男性の被害を“信じてもらえない”“ばかにされるのではないか”と不安に思うがゆえに打ち明けられないという声が、数多く寄せられて」いる状況が明らかになった。
社会全体の認識が不十分であることで男性の性被害が "ないもの" とされたり、過小評価されることは、男性の性被害の不可視化や周縁化と呼ばれる。「男性の性被害の存在は疑えないが、その位置づけに困難があるため、男性の性被害は問題として取り上げられることが少なく、また矮小化されていることが多くある」状況だ。
「男らしさ」の問題
性のあり方が多様であるように、性被害を受けた男性の経験や社会における認識も一枚岩ではない。しかし男性の性被害が社会において不可視化されていることを考える上で、鍵の1つとなるのが男性性、いわゆる「男らしさ」の問題だ。(*2)
部活における性被害を取材するジャーナリストの島沢優子氏は、男子アスリートが被害を言い出しづらい理由の1つに、「『男らしさ』の刷り込み」を挙げる。
性被害を受けた男子を、男らしくない、弱々しい存在ととらえる社会の偏見はなくならない。被害男子は「こんなことをされたダメなオレ」と人格を崩壊させられるため、女子以上に周囲に訴えるハードルが高くなる。性被害に遭った女子には「隙があったのでは」「同意のうえだろう」といったスティグマ(偏見)がつきまとうが、男子は先に記したように「弱いヤツ」というスティグマに苦しむ。
こうした被害者本人の意識は、後述する(2)被害者個人における認識の問題と表裏一体だが、まずは社会全体の認識に注目して問題を見ていこう。
(*2)厳密には「男らしさ」と「男性性」は同一ではない。男性学において理論的パラダイムの転換とともに「男性役割」(male sex role)から「男性性」(masculinity)という語が用いられることになった経緯について、日本語文献としては多賀太「男性学・男性性研究の視点と方法 : ジェンダーポリティクスと理論的射程の拡張」(国際ジェンダー学会誌、2019年)を参照。本記事では、わかりやすさのために「男らしさ」を基本として用いつつ、研究の文脈で適宜「男性性」を用いている。
「男らしさ」の複数性と階層性
「男性の「生きづらさ」とは何か?」という記事で紹介したように、「男らしさ」には複数性と階層性(序列)がある。
寡黙であることが「男らしい」と称されることもあれば、コミュニケーション能力の高さが、その証左とされることもある(複数性)。また、支配的な地位にある男性性のあり方は「ヘゲモニックな男性性」と呼ばれ、男性の間でも序列が決まっていく構造(階層性)が存在している。
たとえば西洋社会においては、白人・異性愛者・中流階級の男性が階層の上位(支配的)になりやすく、黒人などの有色人種や同性愛者、労働者階級などの男性は階層の下位(従属的)になりやすい。従属的な男性も「ヘゲモニックな男性性」を称賛するばかりか、女性もまた「ヘゲモニックな男性性」を理想的なものとして語ることで、その「男らしさ」はますます優位な地位に押し上げられる、という構造だ。(*3)
(*3)桜美林大学の石原アンナユリアーネ兼任講師は、これまでの性暴力に関する研究において、被害者・加害者のジェンダーによる被害のヒエラルキーが生じており、そのことが異性愛規範イデオロギーの再生産、たとえば女性によって被害に遭った女性被害者の「周辺化」が生じていると指摘する。ここにも、ジェンダーと絡んだ階層性が表出していると言えるだろう。
男性のレイプ神話
複数性と階層性という前提がありながらも、一般的に「男らしさ」とは、経済的成功や身体的な強靭さ、自立心や精神的な強さ、大胆さや豪胆さなどと結びつけて語られることが多い。こうした「男らしさ」概念と、男性の性被害が結びついて生まれたのが、男性のレイプ神話だ。
単純化して言うならば、男性は「強い」ので性被害に遭うはずはなく、もし被害に遭うならば(男らしさの階層性の序列が低い)ゲイ男性であるか、男らしさが欠如した男性、あるいは性行為を望んでいた男性などだ、という認識を表している。
宮﨑氏と京都大学大学院の西岡真由美氏は、男性のレイプ神話を以下のようにまとめる。
- 男性が性被害に遭うはずがない。
- 性的な被害に遭う男性はゲイ(同性愛者)である。
- 女性が性的な加害行為をするはずがない
- 性的な被害を受けることでその男性はその後ゲイになる
- 性的虐待を受けた男児はその後、自らも性的虐待を行う男性に成長する
- 性的な被害を受ける男性は、男らしさに問題がある
- もし暴力行為が伴わなければ、男性は性的被害に遭いそうになっても抵抗できるはずである
- 性的被害に遭いそうになっても抵抗しない男性は、その行為を望んでいる
- 被害を受けた時に勃起・射精などの性的反応が起こったら、彼もその性的行為に同意していたといえる
注意すべきは、こうした男性のレイプ神話が、男性優位社会と密接に関係していることだ。
男性の性被害に注目する場合、性別二元論(人間が、男女いずれかのジェンダーに属すると考える社会規範)を前提として、男女を二項対立的に捉えることで、男性の被害や「生きづらさ」が強調され、「男性もつらい」や「女性の問題ばかりが注目される」と述べられることもある。しかし男性優位社会において、男性間においても女性に対しても、「男らしさ」が優位なツールとして機能していることを念頭に置くと、そのツールこそが、男性自身を苦しめている自縛性に注目する必要がある。つまり、男性優位社会の存在が、女性ばかりでなく男性の様々な被害を過小評価している側面があるのだ。
社会全体が「男らしさ」を自明のもととして受け入れ、それによって男性のレイプ神話のような見方を一定程度受け入れているからこそ、男性の性被害が不可視化されていると言える。そうした認識は、(3)で扱うように現実社会の法制度にも影響を与えており、逆にそうした制度が人々の認識を形成する側面もあり、両者は双方向に影響しあっている。