Jingu Gaien Ginkgo Street in Autumn(Kakidai, CC BY-SA 4.0 DEED) , Illustration by The HEADLINE

神宮外苑は、なぜ再開発されるのか?坂本龍一氏や村上春樹氏、桑田佳祐氏らが批判

公開日 2023年10月24日 22:04,

更新日 2023年10月25日 16:56,

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この記事のまとめ
神宮外苑の再開発をめぐり、批判相次ぐ

⏩ 再開発で神宮球場とラグビー場は入れ替え、新たな高層ビル建設も予定
⏩ 計画の背景には、明治神宮の財務問題
⏩ 明治神宮の未利用容積をビル建設に充て、球場建て替え費用を確保

「現在進められている神宮外苑地区再開発計画を中断し、計画を見直すべきです」

2023年3月に71歳で死去した音楽家の坂本龍一氏は、生前、このようなメッセージを記した手紙を、小池百合子東京都知事らに送付していた

坂本氏が計画の中断・見直しを求めていた神宮外苑地区の再開発をめぐっては、小説家の村上春樹氏や、ミュージシャンの桑田佳祐氏らも反対の姿勢を表明している。また、2023年2月には周辺住民らを原告として、都知事による再開発認可の取消を求める訴訟も提起された。

東京都の新宿区と港区にまたがる神宮外苑は、明治天皇崩御の後、明治天皇を記念する場として1926年に完成した。このなかには、明治神宮野球場(神宮球場)や秩父宮ラグビー場をはじめとするスポーツ施設のほか、聖徳記念絵画館や、全長300mにおよぶ4列のイチョウ並木などがある。

多くの人に憩いの場として親しまれてきた神宮外苑だが、2015年ごろから再開発計画が浮上し、2023年3月にはついに再開発工事がスタートした。今回の再開発では、神宮球場と秩父宮ラグビー場の位置を入れ替え、新球場の背後には高さ185mの高層ビルの建設も予定されている。

神宮球場の取り壊しや高層ビルの建設といった計画は、一見すると“ラディカル”なようにも思える。しかし、計画が立案された背景には、神宮球場などを所有する明治神宮の厳しい財務事情などの存在も指摘されている。

では、一体なぜ神宮外苑は再開発されるのか。そして、なぜこの計画には多くの反対の声が上がっているのだろうか。

なぜ神宮外苑の再開発は、批判されているのか?
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神宮外苑の再開発計画とは何か

まずは今回の再開発計画について、その概要を確認しておこう。

計画の対象となるのは、新宿区から港区にまたがる神宮外苑地区だ。明治神宮の社殿などが置かれている内苑は計画の対象外であり、計画の対象範囲など大まかな計画の概要は以下の通りとなる。

再開発の従前、従後のイメージ(東京都都市整備局)
再開発の従前、従後のイメージ(東京都都市整備局

次に再開発の事業主体だが、今回の計画では都や区は事業主体として参画しておらず、以下の4法人が主体となって計画を進めている。

三井不動産株式会社:再開発計画の代表事業者
宗教法人明治神宮:神宮球場などを所有・運営
独立行政法人日本スポーツ振興センター:秩父宮ラグビー場を所有・運営
伊藤忠商事株式会社:計画対象域内に本社ビルが立地

再開発でどう変わるのか

今回の再開発計画の総工費は3,500億円にも上り、計画が完了すれば神宮外苑の景観は大きく変わる。では、具体的に神宮外苑の姿はどう変わるのか。再開発の時系列に沿って確認しよう。

今回の再開発は大きく3つのフェーズに分かれており、第1フェーズは2023年から2028年にかけての時期となる。この期間には神宮第二球場が解体され、その跡地に新たなラグビー場が建設される。なお、新ラグビー場は屋根付きとなり、全天候型スタジアムとして生まれ変わる。

次の第2フェーズは、2028年から2032年にかけての期間だ。この間には、秩父宮ラグビー場が解体され、その跡地にホテルを併設した新たな神宮球場が建設される。

新球場の建設が完了すると再開発は最終段階に入り、現在の神宮球場が解体され、跡地に中央広場が整備される。こうした神宮球場および秩父宮ラグビー場の建て替えと並行して、伊藤忠商事本社ビルの建て替えや、新たなオフィスビル棟の建設、さらに聖徳記念絵画館前の広場整備なども行われ、一連の再開発計画が完了するのは2036年となる見込みだ。

この計画を踏まえ、神宮外苑主要施設の再開発後の扱いを整理すると以下のようになる。

  • 神宮球場 → 現在のラグビー場敷地内に新設
  • 神宮第二球場 → 廃止
  • 軟式野球場 → 廃止
  • 明治神宮外苑テニスクラブ → 絵画館前に新設
  • 秩父宮ラグビー場 → 現在の神宮第二球場敷地内に新設
  • イチョウ並木 → 一部を除いて変更なし(*1)
  • 聖徳記念絵画館 → 計画対象外

また、再開発の大まかな流れ、および完了後のイメージ図は以下の通りとなる。

再開発の大まかな流れ(東京都都市整備局)
再開発の大まかな流れ(東京都都市整備局

再開発完了後のイメージ図(東京都都市整備局)
再開発完了後のイメージ図(東京都都市整備局

(*1)イチョウ並木通りを聖徳記念絵画館に向かって左手にある秩父宮ラグビー場東入場口前のイチョウ並木は移植検討の対象。

なぜ「建て替え」なのか

今回の計画は、神宮球場と秩父宮ラグビー場をそれぞれ取り壊し、場所を入れ替えた上で新築するという大胆な構想となっている。後述のように、これらの建て替えをめぐっては、建物の歴史的価値を重視する反対派による声も大きい。

だが、あえて建て替えの計画が選ばれた背景には、各施設における競技実施の継続性が重視された経緯がある。

たとえば、神宮球場はプロ野球・東京ヤクルトスワローズの本拠地であると同時に、東京六大学野球や高校野球などの会場としても利用されている。2023年の神宮球場のスケジュールを例にすると、10月初頭にプロ野球の日程が終了した後、10月末までは東京六大学の秋季リーグ戦、11月に入ると高校野球と明治神宮野球大会の開催が予定されている。秩父宮ラグビー場のスケジュールも同様で、11月から来年3月まで毎月何かしらの試合開催が予定されている。

そのため、建て替えをせずに現在の敷地内での改修となった場合、改修期間は球場・ラグビー場を利用できないため、その影響は多方面へ及ぶことになる。

一方、球場とラグビー場を、それぞれ新たな場所に新築すれば、工事の間も既存施設での競技実施が可能となる。そのため、各種スポーツ競技を継続的に実施できることを念頭に置き、神宮球場および秩父宮ラグビー場は建て替えられる計画となった。

では、そもそもなぜ既存の施設に手を加える必要があるのか。その背景を探るためにも、次に再開発が計画された経緯を確認していこう。

なぜ神宮外苑は再開発されるのか

反対論も根強い今回の再開発だが、計画が決まった背景にはやや複雑な事情がある。

都のスポーツクラスター構想

そもそも、スポーツ施設が多く集まる神宮外苑地区の再開発を構想したのは東京都だった。

オリンピック・パラリンピックの招致が決定する約2年前の2011年12月、都は「2020年の東京」と題した都市戦略を発表した。このなかで都は、「スポーツクラスターを中心に、誰もがスポーツに親しむ社会をつくる」ことを目標の1つに掲げ、都内に4大スポーツクラスターを整備する方針を打ち出した。ここでのスポーツクラスターは「大規模スポーツ施設を中心としたさまざまな施設の集積」とされ、駒沢地区、臨界地区、武蔵の森地区と並んで、神宮地区がその筆頭に挙げられた。もっとも、神宮地区のスポーツクラスターにおける中心的存在は国立競技場であったものの、神宮球場や秩父宮ラグビー場のあるエリアについても、都の構想を背景に再開発が進められることになった。

そして、2015年4月には、明治神宮などの関係権利をもつ6者と都の間で「神宮外苑地区まちづくりに係る基本覚書」が締結され「スポーツクラスターと魅力ある複合市街地」の実現を目指すことが確認された。

神宮球場の老朽化

オリパラ招致を控え、都がスポーツクラスター構想を計画するなか、神宮球場などを所有する明治神宮にも再開発を進めたい事情があった。神宮外苑の中心的施設である神宮球場の老朽化が進んでいたのだ。

神宮球場は1926年に完成し、阪神甲子園球場(1924年完成)と並んで、日本野球界の中心的な存在としてその役割を担ってきた。特に、開場当初から東京六大学野球の会場として利用されてきた経緯からアマチュア野球の聖地とも呼ばれている。

しかし、完成から約100年が経過し、近年では老朽化の懸念が高まっていた。神宮球場とほぼ同じ長さの歴史を持つ阪神甲子園球場も、2007年から2010年にかけて大規模なリニューアル工事を行っており、神宮球場も同様の改修が必要な状況となっていたのだ。

明治神宮の収益構造

神宮球場の老朽化は、所有者である明治神宮にとっても切迫した問題だった。なぜなら、神宮球場から得られる収入は、明治神宮にとって収益の基盤をなすものと考えられているためだ。

宗教法人である明治神宮の詳しい財務状況は公開されていない。しかし、収入などに関する断片的な情報は一部報道などから確認されており、ある程度の財務状況はそれらから推測できる。

そもそも、宗教法人である明治神宮には大きく2つの収入源が存在する。1つは賽銭、祈祷、お守りの販売など、公益事業による収入で、法人税法の規定によって当該収入については法人税が非課税となる。一方、神宮外苑の運営などは収益事業と呼ばれ、こちらから得た収入には法人税が課される。明治神宮の場合、収益事業には神宮外苑の運営のほか、隣接する明治記念館の運営も含まれている。

公益事業と収益事業のいずれについても収入規模は明らかにされていないが、2016年に週刊誌・週刊ダイヤモンドが報じた内容によると、公益事業による収入は全体の12%ほどに過ぎず、残りの収入のほとんどは収益事業によるものとされる。

また、同誌の報道では、収益事業の収入のうち神宮外苑と明治記念館が占める割合は、ほぼ半々とも指摘されている。このうち、明治記念館については運営組織が株式会社化されており、同誌報道時点ではブライダル事業や飲食事業を担当する(株)明治記念館調理室と、旅行代理店事業を担当する(株)セランの2社に分かれていた(*2)。2016年時点で信用調査会社を通じて明らかになった情報では、当該2社の年間売上高はそれぞれ49億円と15億円とされている。

以上の情報を総合すると、神宮外苑と明治記念館はそれぞれ約60億円の売上高をもち、これを合計した120億円が全体収入の88%を占めると仮定すると、明治神宮の年間収入は約136億円という計算になる。さらに、1996年に公表された明治神宮外苑七十年誌によると、神宮外苑の収入のうち約30%は球場事業の売上が占めるとされており、球場事業の売上は明治神宮年間収入の10%以上を占めている可能性もある。

明治神宮から公式に財務情報が公開されていない以上、これらの数字は推測の域を出ない。しかし、明治神宮にとって神宮球場は重要な収益源である可能性は高く、そのことに言及した明治神宮関係者の証言も報じられている

(*2)国税庁法人番号公表サイトによると、2021年10月に両社は(株)明治記念館C&Sに統合されている。

明治神宮の厳しい財務事情

収益源である神宮球場の老朽化への対応が必要となる一方、明治神宮の財務状況は決して良好ではないと報じられている年間100億円以上の収入があると推定されるなか、なぜ財務状況が厳しいのか。

まず、明治神宮にとって大きな経済的負担とされているのが、広大な内苑と外苑の維持管理費だ。「永遠の杜」とも呼ばれる内苑の広さは約70ha、外苑についても明治神宮が地権を持つ部分だけで約30haほどの広さ(*3)がある。

財務状況同様に、これら約100haに及ぶ広大な敷地の具体的な維持管理費は明らかにされていないが、一般社団法人日本公園緑地協会が2015年度に実施した調査によると、東京23区内における公園の平均的な年間維持管理費は1㎡あたり799円とされている。この単価を当てはめると、内苑と外苑の敷地管理だけで年間約8億円のコストが発生している計算になる。

さらに、明治神宮の収入源とも言われる収益事業の業績が不振に喘いでいる可能性も高い。明治神宮の収益事業は神宮外苑と明治記念館の2本柱で構成されており、そのうち明治記念館については2021年10月まで(株)明治記念館調理室と(株)セランの2社が運営会社として存在していた。

そして、この2社が過去に公表した決算公告によると、その業績が不調であったことがわかる。両社が2021年7月5日付で官報に掲載した2020年末決算によると、明治記念館調理室は約7億3,000万円の純損失、セランも約1億円の純損失を計上している。

(*3)Google Earthを利用して筆者が試算。

容積移転と球場建て替え

収益源である神宮球場の老朽化が進む一方、明治神宮は厳しい財務事情を抱えていた可能性が高い。したがって、仮に神宮球場の建て替え等を行うとしても、明治神宮が独力でその費用を負担することは難しかったと考えられる。今回の再開発でも、神宮球場の建て替え費用は約200億円とも報じられており、明治神宮の財務事情がこれだけの支出に耐えられるかは不透明だ。

こうした状況のなか、神宮球場の建て替えを可能としたのが、神宮外苑の敷地の未利用容積を高層ビル開発プロジェクトへ移転するスキームだった。今回の再開発プロジェクトでは、新球場裏に高さ185mの高層ビルが新たに建設され、現在の伊藤忠商事本社ビル(地上22階)も38階建てのビルに建て替えられる。これらと神宮球場の建て替えには、一体どのような関係があるのか。

通常、ビルなどを建設する際には容積率が大きな制約となる。容積率とは、延べ床面積を敷地面積で割った値で、1000㎡の敷地に延べ床面積750㎡のビルを建設した場合、このビルの容積率は75%ということになる。容積率は、原則として都市計画によって上限が設けられており、今回の再開発で建て替えられる伊藤忠商事本社ビルの場合、都市計画上の容積率上限は700%に設定されている

しかし、新たに建て替えられる伊藤忠商事本社ビルの容積率は1,150%とされており、都市計画上の上限を超えている。この容積率制限を超えた高層ビルの建設を可能とした要因こそが、明治神宮からの未利用容積移転である。

つまり、明治神宮は神宮外苑の広大な敷地を有している一方、その敷地には高層ビルが建設されておらず、再開発後も新球場などの敷地に設定されている容積率には未利用分が発生する。そこで、明治神宮が未利用容積をビル建設に移転し、その対価を神宮球場の建て替え経費などに充てる。今回の再開発ではこうした容積移転が行われており、高層ビル建設と引き換えに明治神宮は再開発費用を捻出したとされている

公園まちづくり制度の適用

こうした容積移転は神宮外苑の再開発を前進させる重要なピースであるものの、実現に向けては法制度上の壁があった。それは神宮外苑地区が都市計画公園に指定されていたことである。

国立競技場や明治記念館を含む神宮外苑地区一帯は、都市計画法にもとづいて、都から都市計画公園の区域に指定されている。この区域内に設置できる建築物は、都の基準によって野球場や陸上競技場などに限定されており、都市計画公園の区域内に高層ビルなどを建設することはできない。今回の再開発では、三井不動産が開発する高さ185mの高層ビルなどが都市計画公園の区域内にあり、ビル建設のためにはこの規制をクリアする必要があった。

そこで活用されたのが「公園まちづくり制度」と呼ばれる都独自の仕組みだ。

この制度は、都市計画公園に指定されたものの、用地買収が進まないなどの理由によって、公園として整備されていない区域(未供用区域)について、都市計画公園の指定を削除し、事業者による再開発を認めるものだ。再開発にあたっては一定規模の緑地確保などが求められ、都は事業者側のまちづくり計画を審査した上で、制度適用の可否を決定する。なお、この制度が設けられた背景などについては後述する。

では、今回の再開発をめぐり、公園まちづくり制度はどのように適用されたのか。まず、都市計画公園の未供用区域と判断されたのは、現在の秩父宮ラグビー場周辺の区域だ。この判断をめぐっては、ラグビー場の敷地が塀で囲われており自由に通り抜けできないことが未供用判断の決め手となったとも報じられている

秩父宮ラグビー場の正面入り口。ゲートには立ち入り禁止の表示がある(筆者撮影)
秩父宮ラグビー場の正面入り口。ゲートには立ち入り禁止の表示がある(筆者撮影)

そして、事業者側はこの未供用区域を含めた都市計画公園の一部区域について、都市計画公園の指定を削除する計画を都に提出。その後、審査を経て都は2021年8月に事業者側へ公園まちづくり制度の適用を認める旨を通達し、2022年3月には高層ビル建設予定区域について都市計画公園の指定を削除した

なお、神宮外苑の都市計画公園と、今回指定が削除された区域は以下の通りとなる。青枠の部分が都市計画公園の大まかな区域、赤枠の部分は今回指定が削除された区域をそれぞれ示している。

Google Earth衛星画像をもとに筆者作成
Google Earth衛星画像をもとに筆者作成

以上の経緯による公園まちづくり制度の適用は、再開発の経済的基盤である高層ビル建設を実現するために、必要不可欠な手続きだったと言える。しかし、「事実上の公園施設」とも指摘される秩父宮ラグビー場を都市計画公園から削除した決定は、再開発計画の是非をめぐる数ある論点の1つを構成している。

では、今回の再開発では、一体何が批判の的となっているのか。後編記事では、再開発をめぐる批判の論点を整理していく。

後編に続く

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✍🏻 著者
シニアリサーチャー
北海道大学大学院農学院博士後期課程。専門は農業政策の決定過程。一橋大学法学部卒。
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