なぜ発信するのか? - イシケンの部屋

公開日 2024年10月25日 19:38,

更新日 2024年10月25日 20:14,

有料記事 / オピニオン

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のっけから出落ちで恐縮なのだが、個人的には「発信する」という行為に全く興味がない。TV に出て、ラジオをやり、たまに YouTube をやる身で何を言っているんだという話だが、本当に興味がない。

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有り難いことに自分を呼んでいただくお仕事が存在して、自分の会社にとって合理性があり、一定の意義を感じている(後述する)ことから各種メディアには出演させていただいているが、基本的には受動的な理由だ。

そもそも、自分には発信したい内容がない。アリストテレスやカントくらいならば、彼らが考えていることを発信することそのものに価値があるだろうが、なぜ世の中の人はあんなに何かを発信したいのか不思議にすら思う。

もう少し言うと、世の中には「影響力を持ちたい」と考えている人もいるようだが、影響力を持って何がしたいのだろうか。やはりカントくらいになれば、影響力をもって義務論を拡げることに義務を感じるだろうが、少なくとも現状、そういったものは持ち合わせていない。

自分がマスメディアや本誌でやっているのは、主に解説だと理解している。これは自分自身が何か強固なオピニオンや思想信条を持っており、それらに基づいて社会に影響を与えたいとか対象を説得したいというよりも、単純に専門的な知識を噛み砕いて届けたいとかイイ感じに翻訳して伝えたいという動機だ。「それもまた発信だ」と言ってしまえばそれまでなのだが、とにかく自分の中では線引きがある。

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なぜ興味がないかを深堀りすると、現代において「発信する」とは主に SNS によるそれを指すのだろうが、これは言説に耐久性がないからではなかろうか。書くことや話すことは自分にとってセラピーでもあり、単純な趣味でもあるが、それが耐久性ある言説になるかは別問題だ。これは完全なる推測だが、同じ書くことや話すことであっても、繰り返し推敲して、手間隙かけてリファレンスを厚くして生まれた言説と、そうではないものでは、長い年月を経てからも参照されるか否かに大きな差が出てくる気がする。

その意味で、耐久性がある言説をつくりたいと考えると、逆説的に「発信する」ことに関心がなくなる。 より個人的所感ではあるが、耐久性がある言説は対話や熟議の中に存在する。発信することが目的で生まれた言説は耐久性がないため、その場で消費され、誰が何のために生み出した話題だったかすらも早々に忘却される。

一方、耐久性のある言説は10年後や20年後にも参照されるし、より短い時間軸であったとしても、賛否を含めて深い討論の中に置かれることになる。なぜ対話や熟議の中に置かれた言説が良いかは、人間が社会的な生き物であるから、という他にないのだが、少なくとも現代社会において、対話や熟議が生まれる瞬間は貴重なものだと思う。それは必ずしも、対面のリアルタイムのやり取りである必要はなく、冒頭で脈絡なく引用したように、アリストテレスやカントは何百年経っても引用され続け、討議のアリーナの中心に存在し続けている。

X や YouTube のコメント欄を思い起こしていただければ分かるように、対話や熟議がなく、ただ膨大な文字列に埋め尽くされたコミュニケーションというのは淋しいものだ。何かを語っていても、インプレゾンビが文字列のようなものを返してきたり、全く噛み合わないコメントの応酬を眺めていると、いくら意見や立場が違っても、対話や熟議がいかに温かく人間的なものかを感じる。

その意味で、メディア出演においても専門家の方とご一緒したり、彼らの議論を紹介する時間は楽しい。それが短時間であっても、その向こう側には膨大な研究の蓄積があり、それらを踏まえてコミュニケーションされている意味で、対話や熟議の中に置かれる感覚があるからだ。

そうした議論を紹介出来ることは、自分がメディア出演する唯一と言っても良い意義であり、積極的な理由だ。

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さて、なぜいきなりこの話をしたかと言うと、

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✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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