米・医薬品大手Johnson & Johnsonが、アジアや中東などで販売されていた美白製品「Neutrogena Fine Fairness」と「Clear Fairness by Clean & Clear」について、生産・販売中止を決定した。
早速この決定は日本でも報じられ、「白人を賛美しているわけではなく、美白になりたい人もいる。何でも差別とするのは間違っている」という批判などが集まっている。例えば、化粧品メーカー・ポーラの及川美紀代表取締役社長は「白人化を推奨しているわけではないと思うのに」と疑問を呈している。
販売中止への疑義も容易に予想される中、なぜ同社は販売中止にまで踏み切ったのだろうか?
ここには、Black Lives Matter(BLM)運動をめぐる企業への批判と「カラリズム(Colorism)」の問題、そして美白製品をめぐる非倫理的広告の問題がある。こうした点を理解すれば、少なくとも「美白=白人至上主義=差別」という単純な構図は誤っており、「美白は個人的な選好であり、行き過ぎたポリティカル・コレクトネスだ」という批判は的外れなことが分かるだろう。
Black Lives Matter運動と企業
米国企業にとって、差別的な表現を排除して、多様な人々に配慮した企業活動をおこなうことは、もはや必要不可欠となっている。それでも、定期的に表現やコピー、クリエイティブなどは問題視されており、6月から全米でBLM運動が拡がったことで、その問題はますますセンシティブとなった。
例えば、大手食品会社Mars社による長粒米「Uncle Ben’s(ベンおじさん)」のパッケージは、奴隷制時代の召使いを想起させるため、リニューアルが検討されている。ベンおじさんは、2007年に奴隷としてのアイコンから、企業の経営者としてのキャラクターに進化したが、それでも固定概念を覆すには十分ではなかった。
同じく食品会社B&G Foods Holdingsによる「Cream of Wheat」も、文字が読めない黒人料理人に「ラスタス」という差別的な文脈を持つ名前をつけ、長年アイコンにしてきたことから、パッケージの見直しを余儀なくされている。
NikeやadidasなどのスポーツブランドやNetflixやTwitterなどのテック企業、社会的意識が強いBen&Jerry’sのような企業が、BLM運動への支持を表明することとは裏腹に、過去の遺産の見直しを迫られる企業は少なくない。
化粧品メーカーへの批判
批判を浴びている企業には、化粧品メーカーも含まれる。美白製品「Fair&Lovely」を発売するUnilever社に対しては、Change.org上で現在1万人以上が、販売中止を求めている。
この署名には、以下のようにメッセージが記されており、同社製品とコマーシャルを批判している。
本製品は、内在化した人種差別の上に成り立ち、それを永続させながら、恩恵を受け、すべての消費者の間で反黒人感情を促進しています。製品の数百万ドルもの広告は、製品の助けを借りて自らの肌色を明るくすることによってのみ、小麦色で暗い顔色の男女が日常生活の中で自信を持って成功することが出来ると描いてきました。
同社が運動や個人に100万ドル以上を拠出したことを明らかにしつつ、美白製品の販売をやめないことに「偽善的だ」という声が上がったのだ。
他にもProcter&Gamble社が、人種差別のために500万ドルを拠出しながらも、同社のブランド「Olay」が「黄色い肌を白くする」ことを謳っていることが、BuzzFeedNewsによって指摘されている。
美白概念をめぐる問題は、BLM運動以前から定期的に沸き起こっている。2017年には、黒人女性が服を脱ぐと白人女性に変わるDoveの広告が批判を浴びて、Unilever社は謝罪に追い込まれた。
ドイツのバイヤスドルフ(Beiersdorf)社が提供するニベア(Nivea)は2017年、アフリカで美白製品を展開したことで批判を浴びたことに加え、中東で展開した「White Is Purity(白は純粋)」キャンペーンで世界的な非難を浴びた。
カラリズム(Colorism)の問題
美白に関する議論は、単純に「美白=白人至上主義=差別」という問題ではなく、カラリズム(Colorism)について理解する必要がある。
カラリズムの定義は様々だが、テンプル大学准教授のロリ・L・サープスは、「肌の色は、人がどのように評価され、判断されるかを決定付けるための最も明白な基準として機能し続けて」おり、「米国の黒人だけの問題ではなく、ラテンアメリカ、東アジア、東南アジア、カリブ海、アフリカなど、世界中の多くの場所に存在する社会的な悪弊である」とする。
カラリズムは、18-19世紀の奴隷制や植民地主義の歴史に深く根ざした問題である。
奴隷所有者は、奴隷の黒人女性に性交を強要することがあり、その結果として混血児が生まれた。その子供は正式に認知されることはなかったが、彼らは肌の色が黒人奴隷よりも薄く、黒人奴隷が享受することがなかった特権を得ることが出来た。彼らは室内での家事に従事したり、教育を受けることが許され、過酷な労働からは逃れられた。
1803年のルイジアナ買収によって米国の一部になる前のニューオーリンズでは、クレオールと呼ばれる人々の中に、白人でも黒人奴隷でもない階級が存在した。彼らは、フランスやスペイン統治下で教育を受け、識字率が高く、白人の父親や恋人の名前を取って、白人男性から財産を受け取った。中には、彼ら自身が奴隷所有者になったケースもある。これらの自由有色人種と呼ばれる人々は、白人男性と黒人奴隷、あるいはネイティブ・アメリカンの妻、あるいは愛人から生まれた混血児であった。
こうした人々の存在は、黒人・白人という人種的な区別ではなく、肌色の薄い・濃いによって、人々を分類する契機を与えた。
1900年から1950年頃までおこなわれた「茶色い紙袋テスト」は、カラリズムの象徴的な実践である。これは、アフリカ系米国アメリカ人の中でも、茶色い紙袋と同じか、それ以上に明るい肌色の人だけが、社交クラブや教会などに入場することが許されるテストで、ニューオーリンズや米国の主要都市近郊などでおこなわれていたという。
また米国外であれば、ハイチやドミニカ共和国、ジャマイカなどのカリブ海諸国では、黒人奴隷と白人の混血児を子孫とする人々の割合や、歴史的経緯によって、様々な形のカラリズムが生まれた。中には制度化された差別もあり、現在まで社会的階級などに影響を及ぼしているとも言われる。またインドではカースト制度、アジアでは旧植民地宗主国や移民との結びつきから、カラリズムが生まれているとも指摘される。
いずれの国であっても、カラリズムは白人・黒人など異人種間の問題ではなく、黒人同士、あるいは人種を問わず異なる社会階級間の問題なのである。
すなわちカラリズムは、「白人への憧れ」という個人の選好を差別とあげつらった話ではなく、実際に歴史の中で存在していた問題であり、また同時に「人の健康・富・成功の機会は、人種的背景に関係なく、肌の色に影響される」という様々な調査結果(例えばマーク.E.ヒルなど)が示す、現在にも残存する問題である。
美白製品の問題
具体的に、Change.org上で抗議を受けているUnilever社の製品「Fair&Lovely」は、どのようにカラリズムと関わっているのだろうか。
この抗議は、BLM運動の余波としてのみ理解するべきではない。同製品に対しては、古くから倫理的な問題が指摘されてきた。
1975年に発売されたFair&Lovelyは、2006年時点で2億ドルの規模があるとされるインドの美白クリーム市場のシェア50%以上を奪ってきた。同市場は年間10-15%の成長率が指摘されており、戦略的に重要な位置にある。