米国で、TikTokなど中国製アプリの締め出しに関する議論が盛り上がる中、日本でも一部自民党議員から同様の声が上がり始めた。28日、自民党の「ルール形成戦略議員連盟」の会合において甘利明会長は「水面下に隠れていた世の中を揺るがすような課題が顕在化」しており、対応を検討すると述べた。
果たして日米政府は、なぜTikTokを禁止しようとしているのか?また、その根拠である「ユーザーの個人情報が中国共産党の手に渡る可能性がある」という主張は、どこまで妥当性があるのだろうか?
TikTok脅威論のはじまり
TikTokは、1年前より米国政府関係者から批判的な目を向けられていた。
米上院民主党のチャック・シューマー院内総務と共和党のトム・コットン上院議員は、2019年10月にTikTokなど中国を拠点とするサービスによってもたらされる国家安全保障リスクの評価を米・国家情報長官に求めた。ここで念頭に置かれていた問題は、「中国・共産党にとって政治的に敏感だと見なされたコンテンツが検閲されること」であり、その前提には英Guardian紙による報道がある。
同紙による2019年9月の報道によれば、TikTokの親会社である中国ByteDance社は、天安門事件やチベット独立、宗教団体・法輪功に関する動画を検閲するガイドラインを設けていたという。ByteDance社は、グローバル市場向けの製品であるTikTokと中国内向けの製品である抖音(douyin)を分けているが、この報道はTikTokの背後に共産党の影があることを印象づけた。
報道に対して、同社は「問題となっているガイドラインは過去のものであり、現在扱われているものとは異なる」と反論したが、この頃から欧米でTikTok脅威論が強まりはじめた。
2019年11月、ByteDance社によるMusical.ly買収をCFIUS(対米外国投資委員会)が調査しはじめた。10億ドルの買収は2年前に完了していたが、この時期に当局の動きが顕在化したことは、前述した脅威論の高まりのほかに、貿易や技術移転をめぐる米中対立がある。本誌でも中国による「千人計画」に触れているが、2018年から2019年にかけて米中対立は泥沼化していた。事実上の禁輸措置が可能となるエンティティ・リストに中国の通信大手Huawei(ファーウェイ)が追加されるなど、世界中で存在感を増している中国テクノロジー企業が攻撃対象となった。
注目すべきは、CFIUSに調査を求めたマルコ・ルビオ共和党議員は、当初中国による安全保障上の懸念よりも、香港デモの動画がTikTok上に極端に少ないことなどから、検閲など言論の自由を憂慮していたことだ。この時期はルビオ議員に限らず、米国民がアップ・閲覧するコンテンツが国外政府によって検閲されている可能性や、TikTokを通じて外国政府・団体などが米国の選挙キャンペーンや世論に対して影響力をもつ懸念が指摘されていた。
すなわち、2019年秋の時点ではTikTok脅威論が高まっていたものの、「脅威」の根拠は、中国・共産党による検閲に対する懸念なのか、米国世論への悪影響なのか、安全保障に関する幅広い懸念なのか、あるいは米中貿易対立による余波に過ぎないのかは曖昧であった。
TikTokの成長、増加するリアクション
米・政府が具体的な動きを見せはじめたのは、2020年に入ってからだ。
2020年1月、国防総省が「TikTokアプリの使用に潜在的なリスク」があることから、軍関係者に注意喚起を促した。これに伴って、海軍や陸軍、海兵隊が軍用スマートフォンでの利用禁止を発表、沿岸警備隊と空軍も後に続いた。また個人用スマートフォンについても、ダウンロードの停止が呼びかけられた。
国防総省は、2016年にもARゲーム「PokémonGo」を軍用スマートフォンからの利用を禁じており、当局内でも特にセキュリティ規則が厳しいセクターであることから、いち早く禁止措置に踏み切ったことがわかる。
ところが、TikTokの禁止は軍事関連セクターにとどまらなかった。2月に運輸保安庁がアプリの利用を禁じた他、3月にはジョシュ・ホーリー上院議員とリック・スコット上院議員が、すべての連邦政府職員にTikTokを禁止するよう求める法案を提出した。
また、民間団体からの圧力も強まりはじめた。TikTokは、2016年ころに前進アプリであるMusical.lyに投稿されたコンテンツに関連して、保護者の同意なしに13歳未満のユーザーから名前・メールアドレス・動画など個人情報を収集していたという申し立てを受け、サービスの仕様変更を約束していた。しかし20の消費者団体は今年5月、TikTokがその法律や政府当局との合意を破ったとして、連邦取引委員会に苦情を申し立てた。
2020年3月頃から、あらためてTikTokに対して批判が強まった背景には、パンデミック下にアプリが爆発的なダウンロードを見せたことがある。2020年第1四半期において、TikTokは世界で3億1500万回ダウンロードされた。過去累計で20億回ダウンロードされていると見られており、そのうち最も多いインド(6億1100万回)と中国(1億9660万件)に続いて、米国(1億6500万)は第3位の市場となっている。
この急成長は、政府当局からの批判に加えて、TikTokの競合各社から批判を呼び起こした。2016年にMusical.lyの買収に失敗し、2018年にTikTokの類似サービスであるLassoを公開したFacebookは、いまやその急先鋒だ。
Facebookの元従業員によれば、「Facebookは、TikTokを打ち負かせないことに非常に腹を立てており、ワシントンの地政学的議論と連邦政府の議員に頼りはじめた」。ザッカーバーグCEOは、TikTokが検閲によって言論の自由を妨げ、米国の価値観を脅かしていると声を上げ、Facebook自身が受けてきた政治家の差別的な広告やコンテンツの掲載に関する批判を回避すべく、ライバルを攻撃している。
今月29日にも、ザッカーバーグCEOは独占禁止法に関連して下院反トラスト小委員会の公聴会に出席するが、その際にもFacebookなど米国のテック企業に過度な規制をかけることが、テクノロジーの弱体化を生み、中国の利益になると主張した。
ザッカーバーグCEOのレトリックに対してTikTokは批判的だが、米国のテック企業にとっては、自らが政府の規制によって中国市場に進出できないにもかかわらず、足元の市場が中国企業によって取り崩されているもどかしさを訴える格好の機会となっている。
国家安全法からポンペオ・トランプ発言へ
7月に入ると、事態は加速する。まず本誌でもお伝えしたように、1日に成立した香港・国家安全法によってテクノロジー各社は対応を迫れた。同法を通じて、中国・共産党からユーザーデータの開示が求められるリスクを懸念しての動きで、TikTokはいち早く香港市場からの撤退という大胆な判断をおこなった。TikTokと中国のイメージを切り離すべく、他社が判断を保留する中で、もっとも早い決断をしたと見られる。
7月7日には、マイク・ポンペオ国務長官が「個人情報を中国・共産党に渡したい場合にだけ、アプリをダウンロードすべきだ」と述べて、その禁止を示唆する発言をおこなった。この背景には、国家安全法や新型コロナウイルスをめぐる米中の応酬、2018年から続く貿易戦争などがあるが、あわせて国務長官は、インドでのTikTok禁止を念頭に置いた発言をおこなっている。
インドは、中国との国境係争地での衝突に対する報復としてTikTokや微信、百度など59ものアプリを利用禁止とした。TikTokの累計ダウンロード数のうち30%をインドが占めていることを思い起こせば、この措置は非常に強力だ。インドは「国家安全保障と防衛が脅かされている」として、「アプリのセキュリティ上の懸念」という建前を主張しているが、政治的緊張関係に対して、自国の膨大なユーザー数を武器としたことは明白だ。
ポンペオ国務長官に限らず、この動きは世界中の中国に対する疑念を勢いづけた。中国との対立が続くオーストラリアでは、ジム・モラン自由党上院議員がTikTokを「ソーシャルメディアに偽装したデータ収集サービスの可能性がある」と指摘しており、欧州などでもTikTokの禁止措置を求める声が出はじめた。バングラデシュやインドネシアなど既にTikTokを禁止している国は多くないが、インドでは自国産の類似サービスが成長していることから、自国の産業にとっても有益だという指摘もある。
ポンペオ発言の翌日、トランプ大統領もTikTokの禁止措置について可能性を明言した。この発言によれば、TikTokの禁止は、検閲や個人情報に関する懸念から来るものではなく、「中国が、米国と世界全体にどれほど恥ずべきことをしたのか」と述べて、新型コロナウイルスの蔓延をもたらした中国への「反撃」の1つだと示された。
7月を通じてトランプ大統領は、TikTokを禁止させる可能性が高いことを主張し続けた。29日には再び、テクノロジー・プラットフォームのうち「TikTokを注視している」と明言しており、具体的な手続きが近いことも示唆している。
加えて11月の米・大統領選挙が近づくなかで、あらためてTikTokの巨大な影響力が米国にとって有害なリスクを持っているという懸念も強まっている。共和党のテッド・クルーズ議員やルビオ議員は28日、「TikTokが米国の若年層の間で、政治的対話に参加するための人気あるフォーラムになっている」と述べた上で、「中国・共産党が、TikTokを通じてこうした会話を歪めたり操作することで、米国人の間で不和が生まれ、望ましい政治的結果を達成できることを非常に懸念している」とする書簡をFBIや国土安全保障省、国家情報局に送った。
2016年の大統領選挙について、ロシアによる介入がトランプ当選を助けたという疑念が根強い中、共和党議員からこうした指摘が出てくることは皮肉だが、TikTokがもたらす政治的影響は、党を超えた共通見解となりつつある。
同日には、民主党の候補者であるジョー・バイデン氏がセキュリティ上の懸念から、仕事用・個人用問わずデバイスからTikTokを削除するようスタッフに指示したことが報じられている。
TikTokの対応
こうした一連の動きに対して、当然TikTok側も大きく4つの対策を打っている。
1つは、初期からおこなわれていたようにブランドイメージのコントロールだ。ByteDanceは、TikTokを中国国内市場向けのDouyinブランドとは切り分けており、米国にはTikTokのための子会社を置いている。長年、TikTokの責任者は中国を拠点としていたが、英語サイトには中国オフィスの情報が記されていなかった。
2つ目は、当局への説得だ。ByteDance社は繰り返し、「これまでユーザーデータを中国政府に提供したことはなく、今後要請された場合も提供しない」と説明している。インドでTikTokが禁止された際にも、ユーザーデータはシンガポールのサーバーにあると主張され、共産党からのいかなるデータ提供の要請も受けていないと強調された。
しかし1つ目と2つ目の対応は、現時点で成功していない。そこで出てきたのが、3つ目と4つ目の対応だ。
3つ目は、米国法人の独立性だ。2020年5月、ByteDance社はディズニー(Disney)社で長年にわたり幹部を務めてきたケビン・メイヤー氏を新COOおよびTikTokのCEOに起用した。メイヤー新CEOは、Disneyでピクサー(Pixar)やマーベル・エンターテインメント(Marvel Entertainment)、20世紀フォックス(20th Century Fox)など大型買収を手掛けた他、ストリーミング・サービスのDisney+について開発を率いてきた。
ディズニーの大物を起用することで、政府当局との円滑なチャンネルをつくりながら、TikTok自体のブランドイメージを改善する狙いがあり、メイヤーCEOはそのための打ち手を次々と放っている。
最近公開したブログでは、中国発のアプリであるからこそ疑念の目を向けられやすいが「高い透明性と説明責任を通じて安心を提供していく」ことを約束して、「ユーザー、広告主、クリエイター、規制当局に対し、われわれが米連邦政府の法律を順守する米国コミュニティの一員であると示す」決意を明らかにした。
しかしながら、それでも当局からの巨大なリスクに直面しているTikTokに対して、ついに株主がByteDanceからの切り離しを要求する事態が生じており、これが4つ目の対応となる可能性がある。
7月21日、ByteDanceの株主であるSequoia CapitalやGeneral Atlantic,、日本のSoftBank、New Enterprise Associatesなどが、共同で株式の過半数以上を取得することで、TikTokを中国資本から切り離す狙いがあることが報じられた。まだアイデア段階ではあるものの、ByteDanceは少数株主に留まり、IPOを目指していくというシナリオだ。
ByteDance社の張一鳴CEOがこのアイデアに同意しているかは不明だが、500億ドルという具体的な買収金額も報じられはじめており、現実性も帯びてきている。
なぜ西側諸国はTikTokを禁止しようとしているのか
以上のように問題の経緯を追っていくと、米国政府は一貫してユーザーの個人情報への懸念を主張していたわけではなく、当初は天安門事件などの歴史問題や台湾・香港・ウイグルなどの政治的議論に対する検閲、ソーシャルメディアを通じた米大統領選挙を念頭においた影響力の行使などを懸念していたことがわかる。