8月9日は、6日の広島市につづく長崎市への原爆投下の日である。毎年この時期になると話題になるのが、日本の核兵器に関する立場だ。6日に広島市で開かれた平和記念式典であいさつした安部首相は、「唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向けた国際社会の取り組みを主導していく決意を示した」。
一方で、日本政府は核兵器禁止条約(TPNW)の批准はもとより、署名すらしておらず、その姿勢を批判する声も多い。
例えば評論家・内田樹は、日本がTPNWに署名しない理由は「いろいろ法制的・外交的な言い訳が語られていますが、一番にべもない理由は『機会が来たら核武装したい』と内心思っている人たちが政権の座にいるから」だと主張する。
しかし内田の発言に対して、核軍縮や安全保障の専門家である秋山信将・一橋大学教授は以下のように批判をおこなっている。
これは酷い。多分何の根拠もないと思うが、こういう頓珍漢な発言は本当にやめて欲しい。そもそも、日本の非核政策を縛るのはNPTであって核禁条約ではなく、NPTには76年に批准済み。
核禁条約について批判するなら正しい批判をしなければ、社会にとって建設的な議論にもならない。
果たして、核兵器禁止条約(とNPT)とは何であり、そしてなぜ日本は参加していないのだろうか?また、内田発言は何が問題なのだろうか。
核兵器禁止条約(TPNW)とは何か
核兵器禁止条約(TPNW)は、核兵器の開発・生産・保有・貯蔵などを禁止して、核兵器のない世界を目指すための国際条約だ。2017年、賛成122カ国の圧倒的多数によって採択された。
日本に限らず各国が目指す「核兵器なき世界」の理想を体現するものであり、核保有国・非核保有国を問わず、核兵器そのものを違法化するための動きである。しかしTPNWには、唯一の戦争被爆国である日本に加え、米国、ロシア、英国、フランスおよび中国という主要な核保有国が反対している。
核拡散防止条約(NPT)
一方で秋山が述べるNPTとは、1963年に国際連合で採択され、日本も1976年に批准している核拡散防止条約である。これは、いずれの国であっても核兵器の全廃を目指すTPNWに対して、米国、ロシア、英国、フランスおよび中国の5か国(核保有国)は保有が認められ、それ以外の国々(非核保有国)は禁止される条約だ。
NPTは核保有国による核軍縮、非保有国への不拡散、原子力の平和利用という3つの柱から成立しており、日本は「保有国による核軍縮と非保有国への不拡散を目指すNPT体制を前提として」、「核兵器なき世界」の実現を目指してきた。
すなわち、冷戦期から現在まで「核兵器の拡散を防止する必要性がある(核不拡散)という政策目標(価値)が国際社会における普遍的な規範として存在し,それがNPTと国際原子力機関(IAEA)を中核とする『核不拡散レジーム』を通じて体現」(秋山、2018)され、日本や核保有国などはその国際秩序を守っていた。しかし、新たにTPNWが提起されたことにより、その価値規範に疑義が突きつけられている状況だ。
NHKが2019年に行った世論調査によれば、TPNWに「参加すべきだ」と答えた人は65.9%にのぼり、日本世論調査会による今年の世論調査でも72%が「参加すべきだ」と答えている。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)や被爆者団体なども、TPNWに参加しない日本政府の姿勢を強く批判しており、世論の後押しとなっている。
なぜTPNWに参加しないのか
日本が、なぜTPNWに参加しないのかという問いへの解釈はいくつか存在する。念のために確認しておくと、前述した内田の「安倍政権が核武装を望んでいる」という俗説は、まったく根拠のない主張だ。
TPNWの不参加について東京新聞は、日本政府の「米国の核抑止に依存する立場」が原因だと説明している。朝日新聞もおなじく「日米安保条約で米国の核による拡大抑止、いわゆる『核の傘』の下にいること」が理由だとする政府の立場を踏まえた上で、「狭い安全保障観にとらわれ、真の国際潮流から目を背ける態度」が背景にあると分析する。
核抑止の重要性
米国の核抑止に依存するため、核兵器禁止条約に参加しないとはどういうことだろうか?
外務省は、以下のように説明している。
日本が米国の核抑止に依存しつつ核軍縮を追求することについて疑問に思う人もいるかもしれない。しかし、核の惨禍を二度と繰り返さないための最も確かな保証が核兵器のない世界を実現することである一方で、そこに至る道のりの途中においても、核兵器の使用はあってはならない。
つまり、核軍縮を進めるにあたって、諸国間の関係を不安定なものにして、逆に核兵器の使用の危険性が高まるようなことになってはならず、核軍縮は諸国間の安定的な関係の下で進められる必要がある。
すなわち、現実として中国や北朝鮮などが核兵器を保有している状況で、日本が核兵器禁止条約に参加してしまえば、米国の「核の傘」からも抜ける必要があり、日本が北朝鮮などによる核の脅威に晒されることを意味する。そればかりか、現在の国際社会が保っている安全保障上のバランスを崩すことになり、逆に不安定な状況をつくり出してしまうだろうという見通しだ。
その上で、
日本の観点からすれば、核兵器のない世界の実現に至る道のりにおいて、換言すれば、現実に核兵器が存在する間、国家安全保障戦略でも明確に述べられているとおり、核抑止力を含む米国の拡大抑止が不可欠であることを意味する。したがって、日本が核軍縮を追求することと、当面米国の核抑止に依存しつつ国の安全保障の確保という最重要の責務を果たしていくことはなんら矛盾するものではない。
と説明されている。朝日新聞の「狭い安全保障観」が何を意味するかは不明だが、両新聞による説明はおおむね政府見解のとおりだと言える。
核兵器のない世界を目指しつつも、現実世界の状況を考えて核抑止の重要性は見逃せない立場は、核兵器の一律禁止を求めるTPNWは相容れないのである。
国際社会の対立
核抑止の重要性という視点以外にも、日本政府がTPNW参加しない理由は指摘されている。それが、条約をめぐる国際社会の対立だ。