米国でトランプ大統領を礼賛する極右系陰謀論QAnonが勢力を増している。 QAnonは匿名掲示板を発祥とする根拠のない主張で、インターネット上の異端な陰謀論として始まった。
しかし、今年8月には、ジョージア州でおこなわれた下院選の共和党予備選でQAnon支持者の候補が初めて勝利するなど、政治の主流派にも影響を及ぼし始めている。 QAnonとは具体的にどのような概念であり、なぜ注目されているのだろうか。
QAnonとはどのような概念か
QAnonとは、親トランプ派の陰謀論およびその支持者による運動を指す。その思想は保守主義かつ反エスタブリッシュメントで、リベラルや既得権益層を敵視するトランプ大統領の思想と近い。 QAnonは、2017年10月に米国の匿名掲示板4chanに投稿され始めたトランプ支持の陰謀論に端を発する。
投稿者はQと名乗る人物で、「Qクリアランス」と呼ばれる米国の安全保障上の機密情報に接することができる権限を持っていると主張した。この一連の投稿がソーシャルメディアを通じて拡散され、徐々に支持者を増やしてきた。QAnonの「Q」はこの匿名の投稿者の名前を指し、「Anon」は匿名を意味する「anonymous」に由来する。
信奉者に広く共有されている言説は、トランプ大統領は世界的な陰謀からアメリカを救うために選ばれた勇敢な愛国者であるというものだ。この言説の中では、民主党系のエリート層やハリウッドのセレブらで構成されるディープステートという結社があり、ディープステートは世界の政治・社会を牛耳る、悪魔崇拝と小児性愛者の陰謀集団とされる。
そして、この集団の陰謀を断ち切り、政治とメディアの支配を終わらせるために、トランプ氏は2016年の大統領選にアメリカの軍事指導者によってスカウトされたという。その他にも、「リベラル派セレブは子供の人身売買に加担していて子供の血液から延命化学物質を採取している(だから彼らは見た目が若い)」、「ロシア疑惑を調査しているムラー特別検察官は、実は民主党とロシアの関係を暴くため、トランプ大統領によって任命された」などの内容が有名だ。
中には、「トランプ大統領のツイートにおける文法的な誤りや奇妙な言い回しは、秘密のメッセージへの手がかりである」と仮定して、トランプ大統領のツイートを読み解いている人もいるとされる。
QAnon拡大の要因は?
当初は単なるインターネット上の珍しくない陰謀論の一つでしかなかったQAnonだが、今年に入ってから人気が高まり、主流の政治的言説の一部になるまでに拡大してきたとの指摘もある。
なぜQAnonは注目されるようになったのだろうか。
トランプ大統領からの言及
QAnonの影響力拡大に貢献している要因の一つは、トランプ大統領の言動だ。トランプ氏がQAnonの詳細な理論を知っているかどうかは定かではない。しかし、トランプ氏は8月19日にホワイトハウスの記者会見でQAnonについて問われた時には、「私がとても好かれているということしか知らない」と前置きしつつ、トランプ氏自身が小児性愛者や悪魔崇拝者から世界を救っているというQAnonの言説については次のように答えた。
「それは悪いことなのか?もし私が世界を問題から救うのを助けることができるならば、私は喜んでそれを行い、尽力してもいいと思っている。そして、実際にこの国を破壊するような過激な左翼思想から人々を救っている 。」
さらに、「この国を愛している人たちだと聞いている」と述べ、この運動の支持者を受け入れる姿勢を示している。また、実際にトランプ氏は(意図的かどうかは不明だが)QAnon支持者によるツイートを何度もリツイートしており、先月には息子のエリック・トランプ氏がインスタグラムにQAnonミームを投稿している(現在は削除済み)。
ソーシャルメディアとコロナ
元々QAnonの言説はFacebook、Twitter、Reddit、YouTubeのようなソーシャルメディア上で主に拡散されていたが、新型コロナウイルスの流行はこの傾向にさらなる拍車をかけている。調査によると、ソーシャルメディアのレコメンドアルゴリズムは、陰謀論に興味を示す人々をより多くの陰謀論に向かわせられることがわかっている。
3月のロックダウンに伴う外出規制により、多くの人々が家で過ごす時間が増えたため、ソーシャルメディア上でのQAnonに関するやり取りが急増。戦略対話研究所(ISD)の報告書によると、FacebookのQAnonグループの会員数は3月に120%増加したという。
また、「QAnon News & Updates-Intel drops, breadcrumbs, & the war against the Cabal」というFacebookグループでは、今年の1月1日から8月1日までの間に会員数を10倍以上に増やした。
これを受けて、8月に入ってからTwitterやFacebookは、QAnon関連アカウントを削除したり、表示されにくくしたりする対策に乗り出している。Facebookは、790以上のFacebookのQAnon関連グループ、100のFacebookページ、1,500のQAnon広告を削除。FacebookとInstagramの300以上のハッシュタグをブロックし、Facebook上の1,950以上のグループと440以上のページ、およびQAnonに関連するInstagram上の10,000以上のアカウントを制限していると述べている。Facebookが削除したグループの中には、20万人近いメンバーを抱えていたものもあったとう。
Twitterは、QAnonの陰謀論者のフォロワーに対する取締りを強化すると述べている。Twitterによると、ソーシャル・メディア・プラットフォームはここ数週間で7,000以上のQAnon関連のアカウントを禁止しており、最大15万アカウントの制限を見込んでいる。
ただし、規制にも限界があることはたしかだ。ソーシャルメディア各社の処置には、表現の自由を毀損するという懸念の他、メディアエリートやディープステートとの情報戦争に従事しているというQAnon信奉者の信念を強化する悪影響もあるという指摘もある。
また、こうした規制への対策をQAnon信奉者が試みた事例も見られている。QAnonの信者が「#SaveTheChildren」というハッシュタグを乗っ取って、自説を主張し始めたのだ。このハッシュタグはもともと反児童売買運動を展開するNGOのキャンペーンに使用されていたものだが、小児性愛にかこつけた陰謀論の拡散に利用され、同団体が関係を否定する声明を出した。
このような手の込んだハックは規制されるまでに時間がかかり、対策がいたちごっことなることは避けられない。
ロシア系メディアも便乗
ロシアの支援を受けた組織がQAnonの陰謀論を増幅させているとの指摘もある。2019年には、ロシアの企業IRAによって管理されている複数のTwitterアカウントが、QAnonに関連するハッシュタグを付けたツイートを大量に送信したことが確認された。
また、ロシア政府系メディアのRT.comやスプートニクがQAnonの陰謀論を助長するような報道を強化している。運動の初期にはロシアが手を出した形跡はなかったとされているが、ロシアは米国の政治への介入を継続的に試みており、QAnonの動きに便乗しているものと見られる。
具体的な懸念は?
QAnonの具体的な懸念点としては、デマや陰謀論のさらなる蔓延、現実政治への影響力を持つおそれ、過激な支持者による暴力行為の三点を挙げることができる。
デマや陰謀論のさらなる蔓延
QAnonの勢いは増しており、デマや陰謀論のさらなる蔓延が懸念される。デマや陰謀論が広まることは、民主主義への脅威だ。民主主義は、多様な立場の人々が、共通の事実に基づいた議論を通じて、意思決定をおこなっていくシステムだ。しかし、事実かどうかが二の次とされてしまうと、このシステムの前提が崩れる。
嘘の情報をもとに政治行動がおこなわれれば、議論が成り立たず、民意が正しく政治に反映されなくなってしまう。フェイクニュースにまつわるこのような問題の指摘は、特に2010年代後半以降に繰り返されているが、改めて確認しておくべき事柄だ。
現実政治への影響力を持つおそれ
上記のような懸念があるにもかかわらず、インターネットやメディア上だけではなく、QAnonは実際の政界でも影響力を持つ存在となってきている。 8月には、ジョージア州出身のQAnon支持者であるマジョリー・テイラー・グリーン氏が小選挙区で勝利した。彼女の選挙区は共和党支持者が大半を占めているため、11月の下院議員選挙での当選がほぼ確実なものとなっている。
彼女の勝利に対してトランプ氏は、「おめでとう。将来の共和党のスターだ」とTwitterでメッセージを送り、グリーン氏はトランプ氏に「あなたが私を立候補に奮い立たせてくれた」と引用リツートで返信した。このような事実もQAnonが徐々に政界の一部に入り込み始めたことを印象づけている。
アメリカのメディアで8月以降にQAnonに関する報道が増えた理由も彼女の当選がきっかけであり、グーグルトレンドを見てみても、このタイミングをきっかけにQAnonに対する関心が高まったことが伺える。
さらに、Axiosとワシントン・ポストの7月の集計によると、11月の下院選挙に立候補した人物のうち、少なくとも11人の候補者は、QAnonへの信仰や支持を表明している。それらの候補者は全員共和党員である。
過激な支持者による暴力行為
QAnon支持者による暴力行為も問題となっている。 2019年5月、FBIはQAnonを潜在的な国内テロの脅威として認定した。FBIのレポートではQAnonは「陰謀論に基づく国内の過激派」と表現されており、ニューヨークにあるテロ対策センターも「将来的にはより影響力のある国内テロの脅威となる可能性を持つ」とのレポートを発表して、警戒をあらわにしている。
メリーランド大学上級研究員のマイケル・ジェンセン氏はこれを受けて、「デモ活動」と称してネット上で議論するだけでなくその信念を行動に移す人々が急増しており、彼らが暴力的な行動に出るケースがあると指摘する。さらに、11月にアメリカ大統領選挙が迫っていることを踏まえて、「選挙が近づくにつれ、過激化と暴力のサイクルが激化することを恐れている」と述べた。