今月2日、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に前月30日に上場したばかりのDidi Chuxing(滴滴出行)について、中国当局は「国家安全保障の保護」を目的として調査に乗り出したことを発表した。
同社の時価総額は、初日終値で684億9000万ドル(7兆5,966億円)となり、2014年のアリババ集団に次ぐ規模の中国企業による巨大上場となっていた。こうした大成功を収めた中国企業について、同国の当局が規制に乗り出すのは意外に感じるかもしれない。しかしこれは、最近になって相次いでいる中国による規制強化の一環として理解することができる。
なぜ今まで自国テック企業を保護していた中国当局は、突如として規制強化に乗り出しているのだろうか?
何があったのか?
Didi Chuxing(以下、Didi)は世界最大規模の配車サービスだ。今年3月までの12か月間で4億9,300万人のアクティブユーザーを抱えており、毎日4,100万回ものサービス利用がある。
株主には、21.5%を保有するソフトバンク・ビジョン・ファンドと並んで、同社のライバルであるUber Technologies社が名前を連ねている。同社は、Didiとの苛烈な競争によって中国市場からの撤退を余儀なくされ、それと引き換えに12.8%の株式を保有した。他にも、中国のテック大手Tencent(テンセント)も、6.8%の株式を保有している。
中国サイバースペース管理局(CAC)によれば、Didiに対して国家安全保障法およびサイバーセキュリティ法にもとづいて「サイバーセキュリティーのレビュー」が実施された。当局が、具体的に何を問題視したのかは不明だが「国家安全保障の維持と公益の保護」を理由として、同アプリの新規ユーザーの登録は停止されてしまった。
その後、DiDiによる個人情報の収集および利用について「重大な違反」があったと発表され、中国のApp Storeなど複数のアプリストアからアプリが取り下げられた。現時点でも、中国の国内法にどのように違反したのかは不明であり、追加の罰則が課されるかも分かっていない。
すでにアプリをダウンロードしている既存ユーザーは引き続きサービスを利用可能だが、同社はこの影響を重く受け止めており「中国での収益に悪影響を与える可能性」があると発表されている。
相次ぐテック企業への規制
しかしこうした動きは、突如として始まったものではない。
まず同社は、今年6月から中国・国家市場監督管理総局(SAMR)による独占禁止法違反の疑いで調査されていた。サービスの価格設定について、規模の小さい競合他社を市場から不公正に締め出す慣行があったかが、調査理由だ。
ただし、より大きな流れとしては、昨年11月のAlibaba Group(阿里巴巴集団)傘下の金融会社であるAnt Group(アント・グループ)の上場中止がある。史上最大となる350億ドル(約3兆6200億円)規模の超大型IPOは、突如として破談となり、Alibabaの創業者であるジャック・マーが行方不明となる事態も生じた。Alibabaは、この直後の2020年12月から独禁法違反の疑いでも調査を受けており、今年4月には182億2,800万元(約3,000億円)の罰金処分が下っている。
またTencentにも今年4月、独禁法違反によって100億元(約1,700億円)規模の罰金支払いが命じられた他、PinduoduoやMeituanなど5社にも不公正な価格競争を理由として合計650万元(約1.1億円)の罰金支払いが命じられた。
中国・共産党の強権的な姿勢を考えれば、こうした動きは決して不可解には見えないかもしれない。しかし、1つ大きな疑問が残されている。
これまで、中国当局はグレートファイアウォール(金盾)などを通じて、自国のインターネット市場を排他的にしてきたことだ。その政策によって、GoogleやApple、Amazonなどの外国企業は中国という巨大市場に参入できなくなり、結果的にAlibabaやTencent、そしてDidiなどの巨大企業が生まれてきた。一体、なぜ中国当局の姿勢は2020年頃から180度転換したのだろうか?
中国当局のはっきりした意図は分かっていないが、4つのポイントが指摘されている。
起業家の公的イメージの変化
1つ目は、巨大テック企業やその創業者のイメージが、中国国内において変化しつつあることだ。ジャック・マーはその代表例だ。
ジャック・マー(UNclimatechange from Bonn, Germany, CC BY 2.0)
これまでジャック・マーは、中国における成功者の代表格とみなされてきた。資本主義のように市場のメカニズムを通じて社会主義を発展させる「社会主義市場経済」というコンセプトを掲げる中国にとって、資本主義の枠組みの中で経済的成功者が生まれることは大きな問題ではない。
特に、国際的に成功を収めた起業家であるジャック・マーは中国国内から「ロックスター」のような扱いを受けて、自らも文字通りそうした振る舞いを好んできた。Alibaba CEOを退任する際、マーはロックスターやマイケル・ジャクソンのコスチュームを着て、ダンスや歌唱のパフォーマンスをおこなった。
共産党もまた、それまで党と一定の距離を置いていると見られていたマーを党員に引き入れ、「国家の発展に並外れた貢献をした100人の中国人」のリストに加えた。すなわち、「共産党公認の資本主義の成功者」だったわけだ。
移ろいやすい起業家の評価
そのマーの存在は、張謇(ちょう・けん)という歴史上の人物になぞらえられることがある。