Shinzo Abe(Kantei, CC BY 4.0) , Illustration by The HEADLINE

「歴史戦」とは何か? 佐渡金山をめぐりNHKら報道

公開日 2022年02月14日 17:43,

更新日 2023年09月13日 12:22,

有料記事(無料プレゼント中) / 国内

今月1日、政府は新潟県の「佐渡島の金山(佐渡金山)」について国連教育科学文化機関(ユネスコ)による世界文化遺産に推薦することを決定した。一方、同地については戦時中におこなわれた朝鮮半島出身者による労働をめぐって、韓国側の反発を招いている。

この問題をめぐって、報道機関などでは「歴史戦」という言葉が用いられている。しかし「歴史戦」とは学術用語でないばかりか、元はインターネット上の右派(いわゆるネトウヨ)言説として用いられていたため、メディアによる安易な使用を批判的に見る向きも強い。

そもそも「歴史戦」とは何であり、なぜ批判されているのだろうか?

「歴史戦」とは何か

既に述べたように「歴史戦」とは学術用語でもなければ、正確な定義があるわけではない

その語が広く知られるようになったのは、産経新聞による2014年の著書『歴史戦』だ(以下、産経『歴史戦』)。同書には「朝日新聞が世界にまいた『慰安婦』の嘘を討つ」という副題が付けられており、慰安婦問題をめぐる問題を指していることが分かる。

産経新聞による『歴史戦』

その中には「歴史戦」の定義について、同紙で2014年におこなわれた紙面企画に触れながら、以下のように説明されている。

ここまで日本が貶められる事態になったのはなぜか。慰安婦問題はそもそもなぜ起きたのかを掘り下げたのが、26年4月から始めた通年企画「歴史戦」だ。本書は慰安婦問題を特集した第1部から6部までを再構成するとともに、大幅に加筆した。「歴史戦」と名付けたのは、慰安婦問題を取り上げる勢力のなかには日米同盟関係に亀裂を生じさせようとの明確な狙いがみえるからだ。もはや慰安婦問題は単なる歴史認識をめぐる見解の違いではなく、「戦い」なのである。

同書は、「中国と韓国は、過度の愛国主義に毒された『歴史認識』を武器に、国際社会で仁義なき「反日キャンペーン」を繰り広げて」いることを前提として、「戦勝国や日本の敗戦で利益を得た国々は、既得権益を手放そうとせず」にいると批判する。

その上で「日本の国際的声名を大きく毀損してきた慰安婦問題」について、その「主戦場」は米国であり、「日本の"主敵"は中国」だと指摘して、「日本は本来の歴史を取り戻す『歴史戦』に打って出てもいいのではないか。歴史問題を持ち出されると、条件反射的に謝罪を繰り返してきたこれまでの日本のままで、本当にいいのだろうか」と問題提起をおこなう。

ちなみに同書は「事実関係に基づかない積年の慰安婦報道を通じ、日本の国際的な地位と名誉を傷つけ、国民の誇りを奪い続けてきた」として朝日新聞を繰り返し否定しているため、「歴史戦」の敵としては中韓だけでなく同紙も想定されている。

ネットでの広がり(2015年〜)

この「歴史戦」という語は、主にネット上の右派コミュニティを中心に受け入れられていく。たとえばJR東海グループの株式会社ウェッジが発行する雑誌『Wedge』には、2015年に「中国が仕掛ける「歴史戦」に決着をつけた安倍首相の米議会演説」と題された記事が掲載され、

2013年末の安倍首相の靖国神社への公式参拝以来、中国の習近平政権は全力を挙げて「対日歴史戦」を展開してきた

と述べられている。注目すべきは、産経『慰安婦』における「歴史戦」は、日米同盟に亀裂を生じさせるために展開されてきた、という論理だったものの、ここでは「既成の平和秩序を破壊して覇権主義的政策を遂行」するための隠れ蓑として歴史認識問題が利用されている、と説明されていることだ。加えて、産経『歴史戦』においては「仕掛ける」ものだった戦いが、今度は「仕掛けられた」ものとなっている。

つまり「歴史戦」を初期から主張する論者であっても、その実態や目的について共通認識があるわけではなく、自説を補強するために適宜「歴史戦」という概念が用いられていることが伺える。

同じく2015年には、新潮社が運営するサイト『Foresight(フォーサイト)』の複数の記事にも「歴史戦」という言葉が登場する。ちなみに1つは、元朝日新聞記者の野嶋剛氏による「『世界遺産』めぐり激化する中韓との『歴史戦』」であり、産経『慰安婦』において「歴史戦」の敵として名指しされた新聞社の記者が、この語を用いているという少し不思議な状況も起こっている。(*1)

もう1つは「中国の「歴史戦」を見る(上)「無知」を超えた『意図的な曲解』」だが、こちらは中国の大作映画に触れながら「これを世にいう『歴史戦』と呼ぶべきかは不明だが」と述べられているため、具体的に「歴史戦」が何を指しているか自覚的に記されているわけではない。この時期は「歴史戦」という概念があまり定着しておらず、いくつかの注釈をつけられたまま語られるものだったと言えよう。

(*1)ただし同記事では本文中に「歴史戦」という単語は一度も出ていないため、編集者がつけたタイトルを使用しただけの可能性もある。

左派からの懸念

こうした状況に対して、左派からの懸念が持ち上がったのは2016年だ。「歴史戦」について包括的な理解を提供する山口智美ら『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』が出版され、この語が「歴史修正主義者」によって用いられていると、厳しい批判が展開された。

同書は、

  • 1997年前後、慰安婦問題が中学校の歴史教科書に記述され始めたことで右派論壇の関心が高まり、「歴史認識・戦後補償問題をめぐる対日包囲網が形成されている」という認識も生まれ始めたこと
  • 2007年頃は「情報戦」というタームで語られていたこと
  • 第二次安倍内閣の誕生をうけて、右派論壇が再び歴史認識問題で大攻勢に出ようとしたこと

などを明らかにした上で、「歴史戦」という概念が持つ問題点を整理して、「政府与党と浅からぬつながりをもつシンクタンクが主催するシンポジウムでこのようなあからさまなレイシズムが無批判に垂れ流されてしまうほどに、右派論壇の論理はこの社会の中枢を侵食している」と述べ、政府・与党とレイシズム、そして歴史修正主義の関係を批判した。

政治空間への登場(2017年)

ところが左派の懸念をよそに、当初はネット言説を中心とする限られたコミュニティで用いられていた「歴史戦」は、次第に人口に膾炙していく。

国会において、はじめて「歴史戦」という語が用いられたのは2017年だ。

続きを読む

この続き: 10,561文字 / 画像0枚

この記事は、無料会員に登録すれば今すぐ読むことができるプレゼント・キャンペーンを実施中です。

すでにメンバーシップに入っている方や単体購入されている方は、こちらからログインしてください。

メンバーシップに関するご質問、決済や支払い方法などについては、「よくある質問」をご覧ください。

✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
最新情報を受け取る

ニュースレターやTwitterをチェックして、最新の記事やニュースを受け取ってください。

🎀 おすすめの記事

わたしたちについて

法人サポーターのお願い

👑 法人サポーター

🔥 いま読まれている記事

ニュースレターを受け取る