今年4月から、不妊治療への公的医療保険の適用が開始される。日本における不妊治療は今まで一部を除きほとんどが保険適用外となっており、体外受精1回あたりの平均費用は約50万円と、自由診療として高額な費用が必要とされていた。
厚生労働省の調査によれば、体外受精や顕微授精経験者の過半数は、総額100万円以上を費やしており、治療法によっては、高い経済的負担を強いられる状況となっている。今回施行される不妊治療の保険適用は、菅義偉前首相が推進してきた政策であり、少子化対策の一環として進められてきた。(*1)
日本における不妊治療はどのような状況にあり、保険適用範囲の拡大によって、どのように変化するのだろうか?
(*1)不妊治療は、女性やジェンダーの文脈において理解されることもあるが、「一定の年代の女性のみに関わることでは決してなく、男女や年齢層に関わらず治療に取り組みたいという人がいる」ものである。
日本における不妊治療の現状
1983年、初めて体外受精による妊娠・分娩が成功してから、現在日本は世界有数の生殖補助医療大国(*2)となっている。日本の不妊治療件数は、2位の米国を大きく引き離して世界トップに位置している。鳥取大学医学部の谷口文紀准教授は「わが国の不妊治療の技術のレベルは高い。(中略)日本やアメリカは保険が効かない。それにも関わらず、日本は医療施設数も多く、治療実施数も世界一」だと述べている。
ところが治療数が多い一方、不妊治療の成功率はかなり低い水準に留まっている。国際生殖補助医療監視委員会の調査によると、調査対象60カ国のうち2010年における治療数は1位であるのに対し、治療による出産数は最下位となっている。その理由として杉山産婦人科の専門医である月花瑶子氏は、体に負担が少ないものの妊娠率が相対的に低くなる自然周期での治療が選択されることが多い点、妊娠率の低い高齢での不妊治療が多い点を挙げている。(*3)
こうした背景がありつつ、近年でも日本における不妊治療の件数は増加傾向にあり、2015年の調査では夫婦全体の18.2%、約5.5組に1組の割合で不妊の検査や治療を受けている。また2019年に不妊治療によって誕生した新生児は、全国で出生数の7%を占める6万人を超えており、2007年の1.9万人(1.8%)から大きく伸長している。
以上のように不妊治療は年々普及しているが、自由診療による経済的負担の大きさなどの要因から、希望する人が誰でも安心して受けられる状況ではない。
(*2)不妊に対照するための医療を指す。人工授精・体外受精・顕微授精・胚移植・胚培養・胚凍結保存・採卵・精巣内精子採取など。
(*3)体外受精の治療法には、自然周期と排卵誘発剤を使い複数卵子を育てる刺激周期があり、日本では前者が選択されることが多い。
現行の助成制度
現在保険適用の範囲にある不妊治療は、不妊の原因を調べる検査とそれによって判明した症状の治療のみであり、原因不明の不妊や治療が奏功しなかった場合におこなう人工授精(AIH)や体外受精、顕微授精などはいずれも保険適用外となっている。
このうち人工授精以外は「特定不妊治療」とされて、条件付きで治療1回につき一定額を国からの助成金として受け取ることができるが、体外受精や顕微授精の価格は、1回の平均が約50万円ほどであり、助成を受けても経済的負担が大きい状況だ。