今月14日、第20代韓国大統領選(3月9日開票)の候補者14人が決定した。翌15日から本格的な選挙戦が始まっており、来月9日に投開票がおこなわれる。
有力視されているのは、進歩(革新)系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)氏、保守系の最大野党「国民の力」のユン・ソクヨル(尹錫悦)氏だ。争点は、国内で広がる経済格差やエネルギー政策、対北朝鮮政策や歴史認識問題を含む日韓関係など多岐にわたる一方、今回の選挙戦はどちらの候補者が「ふさわしくないか」を決める選挙だと揶揄する声もある。
有力視されている2人について、どのような経歴や公約なのだろうか?また、選挙戦はなぜ「ふさわしくない」候補者選びの様相を呈しているのだろうか?
韓国の政治構造
1987年6月に民主化してから、韓国では大統領直接選挙制がとられてきた。大統領には宣戦布告権を含む軍の統帥権や議会への予算提出、また韓国の最高裁判所・大法院の長官任命権など他国の大統領と比べて、行政や司法の領域で強大な権力が付与されている(*1)のが特徴だ。ただし、大統領の任期は5年で、再選は認められていない。
この選挙制度下で大統領の座を争ってきたのが、保守系政党と革新系政党であり、立場の違いが最も顕著に表れるのが対北朝鮮政策だ。朝鮮戦争はいまだに休戦中であり、同国とどのように関係を築いていくかに違いが見られる。同国の吸収統一を目指し、より強硬な政策を展開するのが保守派、一方で経済支援や対話を進め、ソフトな面から融和を展開するのが革新派という対立軸となっている。
民主化以降、保守系政党と革新系政党が10年周期で政権交代する保革逆転が続いており、1997年から2007年には革新派のキム・テジュン(金泰均)氏、ノ・ムヒョン(盧武鉉)氏が、2007年から2017年までは保守派のイ・ミョンバク(李明博)氏、パク・クネ(朴槿恵)氏が大統領を務めた。現職大統領のムン・ジェイン(文在寅)氏は革新派の「共に民主党」に所属し、北朝鮮との対話での融和政策を推し進めてきた。
この保守派と革新派はそれぞれ特定の地域に強い傾向(地域主義)があり、保守派はプサン(釜山)やウルサン(蔚山)が位置する南東部の慶尚道に強く、革新派はクァンジュ(光州)が位置する南西部の全羅道に強い。地域主義は弱まっていると言う指摘もあるが、2020年に行われた総選挙では、保守派と革新派が、慶尚道と全羅道の議席を9割以上占める地域主義の傾向が見られたのも事実だ。
(*1) 議会に対して大統領が強い権力をもつこの構造から、韓国の大統領制は「帝王的」と呼ばれることがある。
イ・ジェミョン氏の経歴と公約
今回の選挙戦で有力視されている候補者の一人が、進歩(革新)系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)氏だ。
貧困家庭の出身で、小学校卒業後に少年工として働いた経験がある。その後は認定試験を経て大学進学を果たし、弁護士資格を取得。人権派の弁護士として勤務したのちに、ソンナム(城南)市長となり、首都圏にあたる京畿(キョンギ)道の知事を10月まで務めていた。
イ・ジェミン(경기도 뉴스포털, Korea Open Government License Type I: Attribution)
イ・ジェミョン氏は、政府の財政支出を拡大して、大きな政府のもとで経済成長を目指すが、その公約は、ベーシックシリーズ・555公約・脱原発とカーボンニュートラル・増税に分けることができる。
ベーシックシリーズ
同氏の経済政策の目玉は、ベーシックインカム制度の導入による再分配だ。この制度では「19歳から29歳の国民」と「それ以外の国民」という2つの区分が設けられ、2023年まで前者には年間125万ウォン(約12万円)、後者には25万ウォン(約2.5万円)が支給される。2024年以降は支給額が増え、それぞれ年間200万ウォン(約20万円)、100万ウォン(約10万円)となる。
この制度導入を目指す理由は、国内で拡大する貧富の差や若者の貧困を解消するためだ。世界不平等レポート2022によると、韓国国内では上位10%層が全体所得(2021年)の46.5%を稼ぐ一方、下位50%層の所得は全体の16%にとどまったとされる。この数字からは、1990年と比べて(上位10%層は35%、下位50%は21%)、所得格差が拡大していることがわかる。
また、同国における15〜29歳の失業率や非正規化も増加している。潜在的な失業者や不完全就業者(週18時間未満働いている者)を含めて算出した同人口グループの失業率は、2021年に27.2%と過去最悪の記録となった。非正規労働者も増加傾向にあり、2022年1月には昨年同月比で9%増加している。
こうした問題にベーシックインカム制度で対応するイ・ジェミョン氏の背景には、彼がソンナム市や京畿道の首長時代に実施したベーシックインカム制度が広く認知され、かつ成功を収めた経緯がある。
そして、同氏はベーシックインカムにとどまらず、ムン政権で高騰している不動産価格に対応するため、低賃料で最大30年以上居住できるベーシック住宅や、低金利で最大1,000万ウォン(約100万円)を借りられるベーシック融資、500〜1,000万ウォンまでの預金金利を一般預金よりも高くするベーシック貯蓄も公約に掲げており、格差解消と所得再分配を目指している。
555公約
イ・ジェミョン氏が次に重視するのが555公約だ。555公約とは、5年の大統領任期のうちに、一人当たりの国民所得を世界5位となる5万ドル(約574万円)にするというものだ。