・企業は、①現場労働者の低賃金・重労働 ②オフィス内での待遇格差 ③倫理的な責任の追求という課題を抱える
・労使関係の変化は、①シリコンバレー的価値観の減速と ②ガバナンス組織としての労組の台頭をもたらす
ニューヨークにあるAmazonの物流センターで今月1日、労働組合結成の是非を問う従業員投票が賛成多数で可決された。Amazon側は労組結成に強く反発してきたが、労働環境の改善を訴える従業員の声を抑えきれなくなった格好だ。
現在、米テック業界では労組結成の動きが目立っている。Amazonの倉庫従業員については、日本でもその労働争議が度々報じられてきたこともあり、そこに意外性を見る向きは少ないかもしれない。
しかし近年、その働き方やマネジメント術が称賛されてきたGoogleや、従業員満足度の高さを誇ってきたスターバックス、労働組合と無縁の価値観を持つはずのスタートアップ企業などでも、労組の結成が試みられている。
「労働組合」という組織には古臭いイメージが付きまとう。高給と充実した福利厚生によって、自律的かつ効率的な働き方を実現し、組織のアジリティ(経営や事業運営の機敏性)を高めることを至上命題としてきたテック企業には似つかわしくない存在だろう。むしろ、いわゆるシリコンバレーの価値観とは真っ向から対立するものと言うことすらできる。
それではなぜ、米国のテック企業やスタートアップで、労働組合に関する動きが盛り上がりを見せているのだろうか?また、テック企業における労働組合の成立は、今後、どのような変化を生み出すことになるのだろうか?
テック企業を中心に労働運動が活発化
Amazonの物流倉庫では、物流倉庫の従業員が賃金改善を目指して同社として初の組合設立を決めた。設立の是非を問う投票に参加したのは、ニューヨーク州スタテン島にある「JFK8」という物流施設の従業員だ。従業員数計8,325人のうち有効票を投じたのは約57%で、賛成2,654票、反対2,131票だった。
組合設立の運動を主導した「アマゾン労働組合(Amazon Labor Union、以下ALU)」のメンバーは、「JFK8の労働者は歴史をつくった」と勝利宣言を発し、当面の要求として、物価上昇に対応するための賃上げや、休憩時間の5分延長などを求めていく考えを示した。
Amazonの経営にも影響?
この他にもAmazonでは4月25日に、スタテン島にある別の倉庫LDJ5でも同様の従業員投票が予定されている。また、今年3月にはアラバマ州ベッセマーでも「小売・卸売・百貨店労働組合(RWDSU)」への加入をめぐる従業員投票がおこなわれており、組合誕生の可能性が残されている(投票がかなりの接戦となったことから「再集計」となり、結果がまだ確定していない)。
Amazonにおける初の労組結成のニュースは、米国の主要メディアのほとんどで取り上げられ、非常に注目を集めた。Amazonの物流施設は米国内に多数存在しているが、同様の動きが他地域に広がれば、同社の経営に大きな影響を与えかねないからだ。
新型コロナウイルスの感染拡大による需要増を受けて、Amazonは採用を強化しており、同社の従業員数は全米で100万人を超えた。民間企業ではウォルマートに次ぐ二番目の人数となっており、これだけの規模で組合活動が起きれば対処が困難になる。経営者の組合忌避が強く、労働組合への加入率が低い米国の労働市場全体の潮流すらも変える可能性がある。
スタバやアップルストア、Googleでも
Amazonに限らず、米国では近年、労働者が組織化を目指す動きが広がっている。
例えばスターバックスでは3月までに、米国内の150店舗以上で従業員による組合結成投票の実施が申請され、9店舗で労働組合「Workers United」への加入が可決された。アウトドア用品大手REIのニューヨーク市にある店舗でも組合結成投票がおこなわれ、同社の店舗としては初めてRWDSUへの加入が決定している。ワシントン・ポスト紙の報道によれば、少なくとも8店舗のアップルストアでも組合結成の動きがあるという。
オフィスワーカーの間でも、同様の動きが見られる。21年1月には、Googleで大手テック企業初となる労働組合が結成された。本社に勤務するソフトウェアの技術者200人超が参加する。また、今年3月にはニューヨーク・タイムズのIT部門従業員650人超が、労組結成について賛成8割の多数票で可決し、米国最大規模のIT系職員による組合のひとつになった。
この他にもクラウドファンディング企業のKickstarter(キックスターター)や、アプリ開発プラットフォームを提供するGlitch(グリッチ)といったスタートアップでも、従業員が労組結成を勝ち取っている。
テック企業が職場環境に抱える問題
それでは、これらの企業の従業員が労働組合を求める理由は何だろうか。
先述したように、たしかにAmazonの物流センターの労働争議については日本でも継続的に報じられている。ただし、それ以外はいずれも素晴らしい職場を提唱しているという定評さえある企業だ。特にGoogleなどの大手テック企業では、高給に加えて無料のランチなどの福利厚生も充実しており、表面的には、労働者が組合を結成する必要性はほとんどないように思われる。
しかし、ここまで見た動きは、最先端のIT企業でも職場環境に様々な問題や矛盾が存在していることを示唆している。
こうした動きの背景は、次の3つの方向性から理解することができる。
1. 現場労働者の低賃金・重労働
まず1つ目は、冒頭のAmazonの事例でも明らかなように、テック企業の従業員にも、いわゆるブルーカラーと呼ばれる立場の人が存在し、彼らが自身の待遇に不満を持っているということだ。
例えば、全米2位の従業員数を抱えるAmazonの労働者のほとんどは物流倉庫で働く。倉庫作業従事者の平均時給は約15ドル(約1600円)に留まり、週40時間働いたとしても年収は300万円に届く程度だ。一方で、Amazonのデータ分析業務に携わる社員の年収は12万ドルを超える。
テレワークが可能なホワイトカラーと違い、物流業務に携わる従業員は感染リスクに晒されながら働いている。コロナ禍でオンライン購入の需要が高まる中、彼らも社会にとって重要な役割を果たした。それにもかかわらず、社内格差は縮まらずに一部の社員だけが優遇されている状況が続く。このことに対する不満が、物流関係以外も含む現場労働者にはある。
テクノロジーによる効率化の追求が強いプレッシャーに
テクノロジーを用いた従業員への過剰な効率化の要求も、労組結成への機運が高まった原因の一つだ。
例えばAmazonの物流倉庫で働く労働者はトイレに行く時間さえも管理され、休憩も十分に取れず、厳しいノルマを達成できない場合には賃金を下げられることもあるという。Amazonのテクノロジーのほとんどは、作業を効率化するよりも、作業員の監視に使われていると表現する従業員もいるほどだ。
スターバックスで問題となっているのは、同社のモバイルアプリだ。コロナ禍でデリバリーやモバイルオーダーなどのアプリからの注文が急増し、バリスタの負担が大きく増した。また、ドリンク提供の速さをトラッキングする業務評価システムからは、バリスタが「時限爆弾を解除するための作業をする」ようなプレッシャーを受けているという。
労組結成に参加した従業員は、店舗へのテクノロジーの導入に反対するわけではないが、それがどのように展開されるかについて、バリスタにも発言権が必要だと述べる。
ラトガー大学で労使関係を研究するレベッカ・ギヴァン教授は、このように従業員への精神的な影響を顧みずに導入されるテクノロジーが、様々な業界で反発を招いていることを指摘する。
2. オフィス内での待遇格差
2つ目として、同じオフィス内で働く労働者の間でも大きな待遇格差が存在しており、このことも従業員にとって労組結成の動機となっている。
Googleの親会社Alphabetで結成された「アルファベット労働組合(AWU)」は、このケースに該当する組合だ。同組合が結成された目的の一つは、「高報酬の社員と非正規労働者の溝を埋める役割を果たす」ことにある。
Googleは、コンテンツのモデレーションやソフトウェアのテスト、オンライン検索用の書籍スキャンなどのプロジェクトで、創業当初から契約社員や派遣社員(*1)を使ってきた 。その比率は年々高まってきており、ニューヨーク・タイムズ紙によれば、2019年3月の時点で、Googleは正社員約10万2000人に対し、派遣社員や契約社員を約12万1000人ほど雇用していたという 。
(*1)米国では、企業から直接採用される契約社員と、派遣会社から派遣される派遣社員を、いずれも"contractor"(業務請負契約を結んだ個人事業主)と表現する。いずれも有期雇用であり、退職および解雇自由の原則が採用される点では近い立場にある。本記事では、それぞれを文脈に応じて使い分ける。
非正規職員への依存が問題に
Googleといえども、派遣社員や契約社員であれば、収入は少なく、福利厚生制度も異なり、有給休暇も少ない。ホリデーパーティーや全社会議などの会社行事への参加を禁じられることもある。さらには、同じオフィスで働いているにもかかわらず、正社員に送られた職場のセキュリティに関するメールが、契約社員には共有されていなかったケースもあった。
YouTubeでは、コンテンツモデレーターとして働いていた派遣会社の職員が、業務として斬首や児童虐待などの不快な内容の動画を繰り返し見たために、うつや心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、集団訴訟を提起されるという問題も起きている。
非正規職員への依存は、Googleに限らず、他の大手テック企業でも一般的な慣習だ。IT系求職サイトOnContractingの試算によれば、平均的なテック企業で働く人の40〜50%が非正規職員であるとのことだ 。
派遣社員や契約社員への依存度が高まっていることから、AWUのメンバーは、公平性に欠ける労働条件のあり方を懸念し、一部の労働者を消耗品として扱う「アルファベットの分離された二重の雇用システム」を非難している。