ロシアによるウクライナ侵攻をめぐって、隣国・モルドバに関する懸念が浮上している。
契機となったのは、ウクライナ侵攻開始から2ヶ月の節目となる4月22日、ロシア中央軍管区の副司令官ルスタム・ミネカエフ少将による発言だ。少将は軍事作戦の一環としてウクライナ南部の支配を確立するため、モルドバ東部トランスニストリアへの勢力拡大を示唆した。
この発言はロシア政府の公式見解かは不明なものの、少将が「トランスニストリアにおいてロシア語を話す人々が虐げられている証拠がある」というレトリックを用いてモルドバへの勢力拡大を正当化したことから、国際社会に動揺が走った。
さらに発言直後、同地域において正体不明の攻撃が相次ぎ、この一帯における緊張が一挙に高まる情勢となった。目下、ロシアによる侵攻の手が次に及ぶことが懸念されるモルドバとは、一体どのような国なのだろうか?
基本情報
モルドバは、ウクライナとルーマニアに挟まれた小国だ。九州よりやや小さい国土に、およそ300万の人口を抱えている。
モルドバの位置(Google Map)
国名の「モルドバ」はルーマニア語であり、ロシア語では「モルダビア」と表記される。同国を流れるモルドバ川に因んだ名称だ(*1)。
ウクライナとルーマニアの間に位置しており、首都は「キシナウ」だ。日本ではこれまで、ロシア語表記の「キシニョフ」が用いられていたが、モルドバ政府から日本政府に対してルーマニア語に沿った「キシナウ」に改める要請があったことから、13日に変更が発表されている。
(*1)ちなみにモルドバの国名は、チェコの作曲家スメタナの代表曲である『わが祖国』の第2曲「モルダウ」と直接的な関係はない。ただし、同曲の旋律の元となったイタリア歌曲『ラ・マントヴァーナ』はモルドバにも民謡として伝わっており、同国出身のユダヤ人作曲家サミュエル・コーエンはこの旋律を基にイスラエル国歌『ハティクヴァ』を作曲している。
宗教・民族
信仰面では、大半が正教徒(ギリシャ正教、東方正教会)であり、ルーマニア正教会に属している。
また民族構成は、モルドバ人75.1%、ルーマニア人7.0%、ウクライナ人6.6%、ロシア人4.1%などとなっている。このうちロシア人の大半は、同国東部のトランスニストリア地域に集中的に居住している。4月22日のミネカエフ少将による発言が示す通り、このことがロシアによるモルドバ干渉が懸念される遠因となっている。
後述する歴史的経緯もあり、モルドバで話されている言語はルーマニア語とほぼ同一だ。英語は浸透しておらず、第二言語はフランス語であり、ロシア語も通じる。ちなみに「飲ま飲まイェイ」などの空耳で一世を風靡し、「恋のマイアヒ」のタイトルで発売された曲はモルドバ出身のグループO-Zoneによるもの。原題を「Dragostea Din Tei」(菩提樹の下の恋)といい、ルーマニア語で歌われている。
欧州での立ち位置
後述するが、近年のモルドバはロシアとの緊張関係がありつつ、軍事的中立を保ったまま欧州連合(EU)加盟を目指してきた。しかし国内で、親ロシア派と親EU派の政治的主導権をめぐる争いが続く中、その動きは実現までこぎ着けていなかった。
ところが今回のウクライナ侵攻を契機として、同国のサンドゥ大統領は今年3月、EU加盟の正式申請をおこなった。隣国ジョージアに続く動きであり、欧州の国際関係および安全保障をめぐる地殻変動として注目を集めている。
地理・歴史
ロシアとルーマニアに挟まれた小国であるモルドバは、歴史的にこれら二国の間で翻弄されてきた経緯をもつ。