5月10日、韓国で尹錫悦(ユン・ソンヨル)氏が大統領に就任した。同氏は3月の韓国大統領選で保守系政党「国民の力」の候補として当選を果たしており、5年ぶりに保守政権が発足したことになる。
関連記事:韓国大統領選の候補者や争点、その動向は?
尹氏は、革新系の文在寅(ムン・ジェイン)政権が推し進めてきたこれまでの政策方針を転換することを強調しており、経済や外交の面でも大きな変化が起きることが予想される。前検事総長で政治経験がほとんどないという独特のキャリアの持ち主であり、実際、すでに大きく賛否を呼ぶいくつかの政策も打ち出した。
一方で、新たな政権の先行きを不透明と評する声もある。検察出身の尹氏は、裏を返せば政治経験に乏しいからだ。さらに、一院制の韓国国会では現在、革新系の野党「共に民主党」が多数派を占めているという事情がある。大統領選の結果も、対立候補との大接戦の末に得票率わずか1%未満の差で辛くも勝利したものであり、保守・革新に大きく二分された国論をまとめ上げねばならないという課題を抱えている。(*1)
尹氏の大統領就任により、韓国の政策は具体的にどのように変わるのだろうか?
(*1)実際に、世論調査機関の韓国ギャラップによれば、就任直後の国政運営期待値では「うまくやる」という回答が60%で、同時期の歴代大統領と比べるとおよそ20~30%ほど低い。
目玉政策の行方
まずは、尹氏のキャラクターの理解も兼ねて、同氏が選挙中に掲げて話題となった目玉政策の現状について見ていこう。
青瓦台(大統領府)移転問題
尹氏の公約の中でも、一際大きな話題となったのが青瓦台(せいがだい)の移転問題だ。青瓦台とは、韓国大統領の官邸と執務室がある建物だ。元は李氏朝鮮の王宮で、日本統治時代には朝鮮総督府が置かれた。韓国大統領の権威を象徴する場所である。尹氏は大統領選の公約として、「国民との距離を縮める」という名目で大統領府を移転することを掲げていた。
結果的に、大統領府の移転は尹氏の就任までに実現し、韓国国防部の庁舎がある龍山に移されて、青瓦台は国民へ一般開放されることとなった。しかし、尹氏の当選以降、この話題は韓国の政界や社会全体で激しい賛否を呼んでいた。なぜなら、大統領府を移転させることには実務的なメリットはなく、むしろ約50億円とも言われる移転費用や、政治に空白期間が生まれることによる安全保障上の観点から反対の声も強かったにもかかわらず、尹氏がそれを強行突破で実行しようとしたからだ。
尹氏がそのような行動に出た背景には、同氏が自身の実行力を示したかったのではないかとの指摘がある。実は、5年前の大統領選挙時には文在寅前大統領も青瓦台の移転を公約に掲げていたが、警備上の問題から反対にあって諦めたという経緯があり、尹氏はこれに対抗して自身のアピールに繋げようとしたという見方だ。
先述したように、一院制の韓国国会では野党が過半数を占め、厳しい政権運営が予想されるという状況がある。また、6月1日からは統一地方選挙も控える中で、尹氏が国民のポイントを稼ぎに出たものとされる。
女性家族部の廃止問題
もう一つ、尹氏の公約で大きな議論を生んだものが、女性家族部の廃止だ。
女性家族部とは、女性の活躍促進・性平等や、家族・保育に関連する業務を担当する行政機関である。尹氏は大統領選挙中、韓国内に男女差別は存在しないと主張し、「女性家族部は歴史的使命を尽くした」として、女性家族部を廃止することを明言した。
尹氏の発言は、統計的には正しくない。なぜなら、韓国の男女平等指数は、多くの場合に先進国の中で最下位近くに低迷しているからだ。
例えば、経済協力開発機構(OECD)によると、韓国の女性の平均賃金は男性より31.5%低く、OECD加盟国38カ国中で賃金格差が最も大きい。また、女性の国会議員の割合はOECDの平均32%に対して19%に過ぎず、世界経済フォーラムが発表した「2021年世界男女格差報告書」によれば、「女性の経済参加と機会」で韓国は156ヶ国中123位にとどまっている。(*2)
ただ尹氏の発言の背景には、女性の社会進出を奨励する文政権の政策に不満を持つ若い男性へのアピールという意図がある。就職難などの社会背景もあり、彼らはこういった女性支援政策をポストフェミニズム社会における「逆差別」とみなしているからだ。実際に選挙結果を見てみると、キャスティング・ボートを握るとされた若い無党派層のうち、男性の票を多く集めることにつながっていることが分かる。(*3)