ロイターは4月13日、「EUが食料外交に注力」という見出しで記事を報じた。この見出しで言及されている「食料外交(Food diplomacy)」とは、一体何を指すのだろうか。
似たような言葉として、「料理外交(Culinary Diplomacy)」という用語がある。これは、外交交渉の場で相手国の首脳などに美味しい食事を提供することで、自国に有利な交渉成果を得ようとするものだ。「美食外交」と呼ばれることもある。先日の日米首脳会談でも、岸田首相がバイデン大統領を東京都・八芳園で接待している。
だが、今回EUが注力すると報じられた食料外交とは、料理外交とは全く異なるもので、貧困に苦しむ途上国への食料支援を通じた外交活動を指す。もっとも、このような活動は政府開発援助(ODA)などを通じて、これまでも広く行われてきた。
とりわけ新しい概念ではない食料外交に、いまEUはなぜ注力しようとしているのか?
深刻化する中東・アフリカでの人道危機
EUが食料外交に乗り出した背景には、ウクライナ侵攻と並行して、中東・アフリカで深刻な人道危機が生じていることがある。
この大きな要因となっているのは、これらの地域へのウクライナ産食料の輸出が滞っていることだ。特に、重要な品目は小麦である。ウクライナは世界の小麦貿易量の約9%を輸出しているが、そのうち50%以上は中東・アフリカ諸国に輸出されている。しかし、現在、ウクライナでは、主要な貿易経路である黒海ルートがロシアによる海上封鎖などの影響で使用できない状態にある。
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各国での食料危機の現状
こうした食料輸出の停滞は、ウクライナ産小麦を輸入していた各国に深刻な食料不足をもたらしている。以下、特に大きな影響を受けている各国の状況を整理したい。
輸入小麦の約3割をウクライナから輸入していたエジプトでは、ウクライナ侵攻開始後、パンの価格が50%以上値上がりした。エジプトでは1人あたり摂取カロリーの4割近くを小麦に依存しており、パンの価格高騰は深刻な社会問題だ。エジプトと同じく北アフリカに位置するチュニジアも、パンの原料となる薄力粉の約半分をウクライナから輸入しており、国内で深刻な物価高騰が起きている。
複合的な要因も
また、一部の国や地域では、ウクライナ侵攻の影響が、他の要因と重なり合う形で複合的な食料危機をもたらしている。
地中海に面する中東のレバノンは、国内で消費する小麦の約8割をウクライナから輸入しており、今回の輸出停滞で大きな影響を受けている。さらに、レバノンでは2020年に発生した港湾施設の大爆発で、国内最大級の穀物倉庫が大破しており、食料の備蓄設備が不足している。加えて、慢性的な不況のなか外貨が不足し、代替輸入先を確保することも容易ではない。こうしたなかで、食料不足は深刻化しており、国内の小麦在庫は逼迫した状況にあるとされる。
アフリカ大陸北東部の「アフリカの角」地帯(エチオピア、ソマリア、ケニア、エリトリア)でも、複合的な食料危機の進行が懸念されている。背景にあるのは、過去40年間で最悪ともされる干ばつの影響だ。この地域では3年連続で雨季の降水量が不足する異常気象が続いており、黒海からの輸出停滞がこの危機に拍車をかけている。なかでも、ソマリアは輸入小麦の50%以上がウクライナ産で、不安定な内政状況も相まって食料危機が深刻になっている。
この他、ウクライナへの輸入依存度が高くない地域であっても、ウクライナ侵攻の影響は深刻だ。なぜなら、侵攻にともなう食料価格の高騰で、貧困に苦しむ家計では食料を十分に確保できないためである。先進国でも食料インフレは大きな問題だが、途上国におけるインフレは社会的なダメージがより大きい。
EUを食料外交に駆り立てる動機は何か
こうした中東・アフリカ地域での食料危機に対して、EUではドイツやフランスが率先して支援体制の整備を目指している。
ドイツのシュルツェ経済協力・開発相は4月20日、G7を中心とした各国および国際機関などが参加する、多国間の食料支援スキームの立ち上げを検討していると表明した。このスキームは、新型コロナウイルス感染症のワクチンを途上国に分配する際に用いられたCOVAXの枠組みを参考としたもので、すでにドイツ政府は4億3,000万ユーロの出資を約束している。
また、フランス政府も「FARMイニシアチブ」と呼ばれる独自の緊急支援計画を3月に発表した。この計画では、ウクライナ侵攻の影響を受けている途上国に対して、食料アクセスの保証や、農業技術援助などを行うことで食料危機の緩和を目指すとしている。
冒頭に紹介したロイター通信の報道では、国連などと連携して食料外交に取り組むとする、EUの外交当局担当者の発言が紹介された。そして、この食料外交は単なる人道的援助とは言えない側面を持っている。
食料外交の狙いは、一体どこにあるのだろうか。