先月18日、東京大学が2027年度までの6年間に教授約140名、准教授約160名、合計約300名の女性教員の新規採用を目指すとの計画を発表した。
本計画については、大きく4つの論点が考えられる。まず、なぜ東大はこのような計画を導入することにしたのか。次に、300人の女性枠の設定は男性やトランスジェンダーの人が採用される可能性を奪い、雇用機会の平等を掘り崩すのではないか。にもかかわらず、計画が進められるのは、このような措置を正当化できる理由、さらにメリットがあるはずだ。
3つ目が一体それは何か、である。最後に、女性には何のデメリットもないのか、この計画が女性に与える不利益を考える。
アファーマティブ・アクション、ポジティブ・アクション
以上に挙げた4つの論点を検討する上で、鍵となるのが、アファーマティブ・アクション(affirmative action、積極的差別是正措置)あるいはポジティブ・アクション(positive action)と呼ばれる概念である。
この概念は、男女間、人種/民族間に生じた政治や社会、経済的な格差を是正するために、不利な立場にあるグループを優遇する措置を意味し、世界各国で用いられている。
アファーマティブ・アクション
アファーマティブ・アクションは、主にアメリカ合衆国で用いられる呼称である。1960年代、人種間の著しい格差是正を目的に黒人の雇用促進のため導入され、対象も女性、障がい者、ヒスパニックに広がっていった。
高等教育の場にも波及し、ハーバードやイェールといった名門校を含む多くの大学が入学許可基準の一つに採用した(Consideration of race in private college admissions)。
ポジティブ・アクション
しかしながら、入学における黒人枠の設定は合衆国憲法修正第14条(法の平等保護)と公民権法(人種差別の禁止)に違反するとの憲法訴訟が起こされ、アメリカでは論争の種になってきた。連邦最高裁判所は、合否判定において人種を考慮に入れることは合憲と判断した一方、黒人枠を設定することは認めなかった(Oyez, Regents of the University of California v. Bakke)。
そのためか、西欧諸国ではこの用語の使用は避けられ、ポジティブ・アクションが用いられる。日本でも2000年12月に策定された男女共同参画基本計画の中にポジティブ・アクションが登場し、以来広く使われている。
東大はなぜこのような取組みを計画したのか
まず、ポジティブ・アクションが求められることになった背景を理解するために、東大における女性教授・准教授の割合をみておこう。
下表は東大女性教員比率の現状、女性大学教員全国平均、そして東大300人増完成年度の2017年の見通しを示したもの(*1)である。
東大(2021年) | 全国平均(2021年) | 東大見通し(2027年) | |
女性教授比率 | 9.2% (124/1355) | 18.2% | 11.8% |
女性准教授比率 | 15.5% (150/967) | 26.1% | 24.7% |
東大の女性教授/准教授の比率は、全国平均と比べてかなり低く、計画完成年度でも准教授は全国平均に近づくが、教授は依然平均を大きく下回る。
国際比較ではどうか。東大の女性教員比率は、ハーバード、オックスフォード、ケンブリッジの英米トップ大学と比較しても見劣りがする。
ハーバード(2020)(*2) | 女性教員比率:専任27% 専任コース42% |
オックスフォード(2019)(*3) | 女性教授 19% |
ケンブリッジ大学(March 2020)(*4) | 女性教授 22.8% |
(*1)東京大学『東京大学の概要・資料編2022』、内閣府『男女共同参画白書令和4年度版資料編』より筆者作成
(*2)ハーバード大学では、職階ではなく、専任雇用(tenured faculty)と専任雇用コース(tenure track)という分類であった。(Harvard University, Faculty Development & Diversity, Annual Report 2020)
(*3)オックス・ブリッジは教授職のみのデータであった。(University of Oxford, Women Making History、University of Cambridge, 2019-20 Equality and Diversity Information Report)
日本政府の取組み
日本政府は、この問題にどのように取り組んできたのか。
1975年にメキシコで開催された世界女性会議以来、女性差別の撤廃と女性の権利向上は国連の重要課題として取り組まれてきた。日本政府も国連の発議に従い、「男女共同参画」を進めてきたが、国連に言われたから取り組む程度の消極的な姿勢であった。
ところが、2012年12月末第2次安倍政権が発足したことにより、日本の女性政策の景色が大きく変わることになった。安倍氏は労働市場における女性の活躍を経済成長戦略の1つに位置づけ、2015年には女性活躍推進法を制定した。
こうした動きの中で、政治、経済、社会において指導的地位に就く女性の数を増やすことが急務とされ、政府は達成目標を設定した。第5次男女共同参画基本計画では、2025年までに大学教授23%、准教授30%に引き上げる目標が掲げられた。
文科省は、女性活躍推進法に呼応して「ダイバーシティ研究環境実現イニシィアティブ・女性研究者研究支援事業」を立ち上げ、女性教員の活躍を推進する大学に補助金を提供している。東大は今度の事業のうち「女性リーダー育成型」に採択された。
つまり、東大の本計画は政府の方針と補助金獲得に後押しされている。
東大の取組みは「法の下の平等」に抵触するのか
女性を優先するポジティブ・アクションには、男性やトランスジェンダーの人に対する逆差別、不公平な措置といった批判が必ず出される。しかし、これは男性の不平不満と片付けられない、「平等」の概念を問い直す問題提起である。