⏩ 創業者の不透明な資金をめぐって内紛
⏩ ネット大手 Kakao と BTS や LE SSERAFIM などが所属する HYBE、同社の買収を目指す
⏩ 最終的に HYBE が買収断念も、K-POP と韓国のコンテンツ産業に地殻変動
12日、K-POP を代表する大手事務所である SMエンターテイメント(SM)をめぐる混乱に、終止符が打たれた。
今年2月から、BTS や LE SSERAFIM、NewJeans などの人気アーティストを抱える大手事務所 HYBE が SM の買収を目指してきたが、この動きに異を唱える SM 経営陣が Kakao エンターテイメント(Kakao)と手を組み、内紛状態に陥っていた。1ヶ月に渡って続いていた騒動だが、HYBE 側が買収を断念し、最終的に Kakao が SM の経営権を握る見込みだ。
SM は、東方神起や少女時代など K-POP 業界を黎明期から牽引してきたが、近年は勢いに陰りが見られていた。こうした中、BTS の成功によって拡大路線を邁進する HYBE が、新たに SM を傘下に収めることで「HYBE帝国」の一角に組み込もうとしたものの、 帝国拡大に不満を示すファンや SM の一部社員からの反発に直面していた。一方の Kakao は、韓国を代表するインターネット企業として K-POP のコンテンツ力、すなわち IP(知的財産)を取り込むことで、グローバル戦略を強化する狙いだった。
背景には、単なる事務所経営やアーティストのマネジメント方針に限らず、踊り場に立っている K-POP 業界やコンテンツ・ビジネスの慎重という根本的な地殻変動がある。世界を席巻した K-POP の中心で、いま何が起こっているのだろうか?今回の騒動は、アーティストや業界の未来に、どのような変化を示唆しているのだろうか?
関係者
今回の騒動を説明する前に、関係者を整理していこう。
関係者の相関図(筆者作成)
SM とイ・スマン氏
まず SM は、前述したように K-POP 業界を牽引してきた代表的な事務所だ。2000年にデビューした BoA や2003年の東方神起、2007年の少女時代など、日本市場の開拓も含めて約30年もの歴史をつくってきた。
同社の創業者であり、統括プロデューサーを努めていたのがイ・スマン氏だ。同氏は業界の先駆者として、文化大統領とも呼ばれるほど強い影響力を保持しており、キャスティングから育成、マネジメント、楽曲や MV などの制作・流通に至るまで、全てを手掛ける現在の K-POP のビジネスモデルを確立した人物だ。
しかし近年、イ・スマン氏率いる SM は HYBE や JYPエンターテインメント(JYP)などの勢いに押されている。2012年にデビューした男性グループ EXO は、業界を牽引する人気を誇っていたが、その後は BTS や TWICE などの人気が拡大し、2018年には事務所の時価総額でも JYP に抜かれている。
HYBE
SM、JYP、そして BIGBANG や BLACKPINK などを擁する YGエンターテイメント(YG)は、長らく三大事務所と呼ばれて業界に君臨してきたが、そこに風穴を開けたのが新興の HYBE(当時はBig Hit エンターテイメント)だった。
2013年にデビューした BTS の成功によって、同社は一躍トップ企業に躍り出て、その後は SOURCE MUSIC や PLEDISエンターテインメント、KOZエンターテインメントなどを次々買収することで、拡大路線を邁進してきた。
こうした HYBE の買収路線はマルチレーベル戦略と呼ばれており、その戦略が功を奏して、2022年には過去最高となる1兆7,780億ウォンの売上を達成した。しかし後述するが、この方針には反発も大きく、今回の騒動の背景にもなっている。
KaKao
最後の登場人物である、Kakao エンターテイメントは多少異なる色を持っている。
そもそも親会社である Kakao は、インターネットポータルサイト Daum(ダウム)やメッセンジャーアプリ KakaoTalk(カカオトーク)などを展開するインターネット企業であり、Kakao エンターテイメントも音楽事務所としてだけでなく、ウェブトゥーン(ウェブ漫画)やストリーミング配信サービス(MelOn)なども手掛けている。
Kakao エンターテイメントの傘下には、人気ガールズグループ IVE などが所属する Starship エンターテインメントや人気歌手 IU の所属する EDAMエンターテインメントなどがある他、ドラマや映画、ウェブトゥーンの制作会社なども含まれる。K-POP の事務所というよりは、インターネット企業傘下の一大エンターテインメント企業だと言える。(*1)
(*1)以下では、親会社である Kakao と Kakao エンターテインメントについて、断りがない限り、便宜上 Kakao として表記する。実際の買収においては、親会社である Kakao が資金を提供しており、両社は一体となって今回の買収合戦に加わったからだ。
今回の経緯
以上の登場人物を踏まえて、本騒動は大きく2つのフェーズに分けられる。最初のフェーズは、2021年に創業者イ・スマン氏の株式買収をめぐって、CJ ENM と Kakao の名前が挙がったことだ。
創業者の売却意向
イ・スマン氏は、以前から SM を世襲制ではなく、適当な企業に株式を売却することで協力関係を築き、その力を借りて同社を拡大させる意向を持っていたと言われる。
K-POP 関連の企業は、特にプロデューサーの能力が重要になるため、後継者がプロデュース能力を持たないリスクをはらむ世襲制ではなく、売却こそが望ましいという考え方がある。また世襲の場合、巨額の贈与税を課されるため、世襲の強い意志がなければ売却が望ましい選択肢だという指摘もある。
加えて、いまや K-POP はグローバルに拡大しているため、プラットフォーム企業などと協力関係を強化することで、アーティストの影響力拡大も見込まれる。単純に事務所同士が合併・買収することで規模の拡大を狙うのではなく、アーティストの IP を活用できる企業と手を組むことが求められているのだ。
こうした背景の中、SM の売却先としては、韓国最大のインターネット企業で、日本の LINE とも関係が深い NAVER、Kakao、そして CJ ENM という3社の名前が挙がっていた。中でも2021年夏頃に有力視されていたのが、CJ ENM と Kakao だ。
CJ ENM は、財閥・サムソングループに起源を持ち、砂糖の製造などで知られる食品メーカー CJ第一製糖を中核に持つ、CJグループの子会社だ。K-POP の代表的な音楽専門チャンネル Mnet などを保有する他、是枝裕和監督による『ベイビー・ブローカー』の映画配給も手掛ける、一大エンターテイメント企業だ。また、日本でも大ヒットとなったドラマ『愛の不時着』や『スタートアップ:夢の扉』の制作などをおこなうドラマ・映画製作企業のスタジオドラゴンも傘下におさめており、韓国文化を牽引する存在でもある。
CJ ENM や Kakao による買収は、SM にとって合理的な選択だ。HYBE や JYP などの競合は、近年オーディション番組やオンライン・プラットフォームの活用などによって収益源を多角化してきた。しかし SM は、こうした分野で遅れを取っているため、オンライン・メディアや番組制作能力に強みを持つ Kakao や CJ ENM と手を組むならば、「SM 所属のアーティストたちに、多くの収益化の機会をもたらすだろう」と指摘される。
事態の混迷
しかしながら、2021年を通じて売却計画は具体的に進むことがないまま、2022年に入ると事態は混迷化していく。これが、2つ目のフェーズだ。事態が混迷化した理由は、イ・スマン氏の個人企業であるライク企画の存在だ。
イ・スマン氏は現在、SM 内で主要な役職に就いておらず、大株主に過ぎない。にもかかわらず、SM に所属するアーティストの大半はイ・スマン氏によるプロデュースを受けており、その際は、同氏の個人会社であるライク企画に業務を委託するシステムが取られている。その対価として、たとえば2021年には240億686万ウォン(約25億円)が支払われており、これは同社売上の3%以上を占める巨額費用だ。加えて、このシステムを承認している理事会は、全てイ・スマン氏によって任命されたメンバーで構成されており、ガバナンス上の懸念も強い。
前述したように、K-POP 業界では長らくプロデューサーの能力こそが競争優位の源泉だとみなされてきた。そのため、ライク企画による巨額支出すら正当化されていた側面もあるが、2010年代後半から成長に疑念が持たれ、業界トップの座を明け渡したことで、SM に対する視線は一気に厳しくなったのだ。
こうしたシステムに不満を持つ株主は、これまでも繰り返し問題提起をおこなっており、中でも投資ファンドのアラインパートナーズ(アライン)は2022年に入ってから活発に動きはじめた。アクティビストファンド(物言う株主)であるアラインは、世界的なファンド KKR 出身者が2021年に設立した企業で、韓国の大手企業について未だに創業者・創業一家の影響力が強いことで、株価が低迷している状況を問題視する。SM もそうした企業の代表格として、彼らのターゲットとなったのだ。
アラインは、ライク企画が SM の年間の営業利益のうち最大46%を手にしたこと(*2)を踏まえ、SM の企業価値が株価に正しく反映されていないと主張する。すなわち、ライク企画への不必要な支出を止めることで、SM の営業利益はより拡大し、それによって企業価値(株価)が正しく評価される、という指摘だ。
(*2)2019年、韓国のKB資産運用は「SM の株主の立場から言えば、稼いだ収益の半分を奪われる状況だ」と不満を述べている。またKB資産運用は、SMの米国子会社が、ホテルリゾートやワイナリー、レストラン、旅行関連事業などエンターテイメントと関連性の低い事業を展開していることも問題視する。
イ・スマン氏と共同代表の対立
注目すべきは、SM の現経営者もまた、アラインら株主の意向を受け止めていることだ。たとえば2022年3月、SM のイ・ソンス代表は「イ・スマン総括プロデューサーとの契約について積極的に見直す」と発言し、ライク企画との決別を宣言しはじめた。
この結果、事態は創業者であるイ・スマン氏と、現経営陣との内紛に発展した。
現経営陣である2人の共同代表は、2020年に選任されたイ・ソンス氏とタク・ヨンジュン氏だ。両氏はいずれも40代で、アーティストのマネージメント以外にも、音楽制作やプロデュースなどを手掛けてきた実績を持つ。
2人のうちイ・ソンス氏は、創業者イ・スマン氏の義理の甥にあたる人物だ。SM のアイドル f(x) のマネージャーを努めた後、少女時代の楽曲「Gee」や Super Junior の「Sorry、Sorry」などのヒットに関与したことで社内の評価を高め、イ・スマン氏の側近としても活躍した。
この経歴を考えると、親族であるイ・スマン氏と対立することは意外に思われる。実際、当初は SM とライク企画の関係性について、イ・ソンス氏らは創業者であるイ・スマン氏の「特別なプロデュース能力」を強調することで、擁護していた。
ところが2022年の後半にかけて、現経営陣はイ・スマン氏と距離を取ることで、次第に立場を変えはじめた。両社が決定的な内紛に至った詳細には不明点もあるが、少なくとも、アラインの攻勢に対処しきれなかったことが主因だと言われる。SM のガバナンスは誰が見ても明らかに問題であり、それを擁護しきることは困難だったと見られる。
アライン側は、ライク企画への支払いという現在の不透明なシステムではなく、イ・スマン氏が正式に役員に加わり、株主総会の承認を経て、決定された報酬を受け取ることを求める。正当なガバナンス体制を構築して、株主利益を最大化することは、経営陣に課された義務であり、その点から現在のシステムと創業者を擁護することは難しかったと言える。
Kakao とのパートナーシップ
こうした経緯の中で、現経営陣はアラインらの意向に沿って、ライク企画およびイ・スマン氏との決別を正式に表明した。
最初に効果が現れたのは、1月に行われた理事会だった。そこでは、アライン側が推薦するイ・ナムウ延世大学大学院客員教授が、SM の理事会に加わることが承認された。アラインは、2021年にも自らが推薦する人物を監査役として送り込んでいるため、経営への影響力は拡大することとなった。
2月3日には、現経営陣であるイ・ソンス氏とタク・ヨンジュン氏が「SM 3.0」と呼ばれる成長・投資戦略を発表した。ここではイ・スマン氏のプロデュースに依存しない経営方針が示され、HYBE や JYP など近年の大手事務所が進めているマルチレーベル戦略を踏襲する方向性も示された。
そして最後に起こったのが、Kakao による SM 株の買収だった。
同月7日、Kakao は SM 株式の9.05%を確保することを発表した。これによって同社は、イ・スマン氏に次ぐ第2位の株主に躍り出るとともに、創業者であるイ・スマン氏の株式保有割合も18.46%から16.78%に低下する見込みとなった。経営におけるアラインの影響力を増やすだけでなく、イ・スマン氏の株式保有割合を低下させることで、明確な実力行使に踏み切った形だ。
2022年には実現しなかった Kakao による買収が、ここへきて急転直下、動きはじめた。Kakao はその前月、サウジアラビアやシンガポールなどの国家ファンドから、1兆2,000億ウォンもの巨額資金を確保していた。この資金は、世界的な大ヒットとなった『イカゲーム』などの韓国ドラマや K-POP をはじめとする韓国コンテンツに注目が集まる中、コンテンツ拡充に向けられたものだった。
BoA や東方神起、少女時代、そして aespa や NCT など豊富な IP を保有する SM を買収することは、Kakao がグローバルなコンテンツ戦略を描く上で重要な投資とみなされ、大きな期待が集まった。インターネット企業としての Kakao は、競合である Naver と激しい競争を続けているが、すでに大手事務所である YG や HYBE と手を結んでいる Naver から遅れを取っているとみなされていたからだ。
そのため両社のパートナーシップは市場から好感され、発表の翌日に SM 株は9%もの上昇となった。
イ・スマン氏の反発、HYBE の登場
当然ながら、創業者であるイ・スマン氏はこの動きに反発する。Kakao が株式を取得するための転換社債の発行を停止する仮処分を申し立て、SM の決定を「不法行為」だと批判した。
そして同月10日、今度は驚きの展開が広がった。冒頭で述べたように HYBE がイ・スマン氏の株式14.8%を4,228億ウォン(約437億円)で買収することを発表し、筆頭株主に躍り出たのだ。加えて HYBE は、1株12万ウォンでの TOB(株式公開買付け)を実施し、SM 株を追加で25%取得することを目指すと発表した。
これによって HYBE は、創業者にとって Kakao からの買収に対抗する協力者である「ホワイトナイト(白馬の騎士)」となった。
Kakao とのパートナーシップを進めていた現経営陣のイ・ソンス氏は、HYBE と創業者イ・スマン氏を批判。この試みは「敵対的買収」だと述べた。17日には SM の社員208人が共同声明を発表して、現経営陣を支持した。
一方で HYBE 側も反論を繰り広げる。 具体的には、Kakao が
- SM の韓国国内外でのアルバム・音源流通に対する独占的権利を持つこと
- 事実上、北米における SM アーティストのマネジメントを管理すること
- 公演やファンミーティングのチケット流通を統括すること
などを問題視した上で、Kakao と SM の契約が対等なものではなく、SM 所属アーティストの交渉力を制限するものだとして「驚きと心配」を感じるとの立場を示した。
これによって騒動は、創業者 + HYBE vs. 現経営陣 + Kakao という構図が鮮明化した。
TOBの失敗
今や業界トップに君臨する HYBE が乗り出したことで、騒動は収束するかに見えた。ところが、話はここで終わらなかった。
今月6日、当局に提出された書類から、当初 HYBE が計画していた595万株の SM 株購入に失敗し、わずか23万3,817株の購入に留まったことが明らかになったのだ。Kakao と HYBE の騒動が長期化することを予想した株主は、HYBE が提示した1株12万ウォンよりも株価が釣り上がることを見越して、HYBE の求めに従って株式を売却しなかったためだ。
最終的に約30%の株式取得を目指す HYBE に対して、Kakao はすぐさま対抗策に出た。
7日、HYBE よりも高い1株15万ウォンでの TOB を発表。株主の目論見通り、SM の株価は釣り上がり続け、2月1日時点では8万6,700ウォンだった同社株価は、2月15日には12万2,000ウォンを超えて、3月8日には15万8,000ウォンに達した。
Kakao が SM 株の最大49%の保有を目指して、再び動き始めたことで、決着は持ち越されることになった。Kakao は、HYBE による TOB によって「SM との戦略的パートナーシップの樹立が脅かされ」ると共に、「中長期での成長戦略が、根本的に侵害されている」と指摘。自社と SM のパートナーシップを確立させるために、対抗的な TOB を実施すると明らかにした。
不透明な行く末
この時点では、Kakao の TOB に対して、HYBE がカウンターオファーを出す、すなわち、より高い金額で TOB をオファーする可能性は低いとも見られていた。HYBE が業界トップの事務所であることは疑いないが、インターネット業界の大物である Kakao ほどの資金力は有しておらず、買収合戦を続けていく体力があるかは不透明だったからだ。
ただし状況は、必ずしも Kakao に有利なわけではなかった。なぜなら今月3日、裁判所によって同社による SM 株9.05%の確保が差し止められたからだ。それによれば、SM にとっては Kakao から資金調達するために新株を発行する緊急の必要性はなく、この行為が創業者イ・スマン氏の保有株式の価値を毀損するリスクが有ると判断された。
TOB で躓いた HYBE に対して、Kakao は最初のSM株の確保で足踏みしており、双方ともに思惑が外れた状況だ。
少数株主の判断
こうした中で注目されていたのは、HYBE や Kakao 以外の株主による判断だった。SM は、国民年金やKB資産運用などの機関投資家以外にも数多くの少数株主を抱えており、彼らが Kakao か HYBE いずれかの成長戦略が望ましいと判断するかが1つのポイントだ。
少数株主の意向は、3月末におこなわれる定期株主総会で明らかになる見込みだった。HYBE 側は、現在の取締役7人全員を刷新した上で、Hybe America の代表や自社の最高法律責任者らを据えようとした。同時に、株主に向けたキャンペーンページ「SM with HYBE」をオープンして、自社こそが SM を成長に導けるとアピールをおこなった。特に、買収した Pledis や新設した Ador、既存の Bighit など、複数レーベルを既に成功させている実績や、BTSの成功や米・メディア企業 Ithaca Holdings(イサカ・ホールディングス)の買収によって、北米での経験を積んでいることを強調し、SM も独立性を保ったまま、マルチレーベルの一環として運営できると主張する。
一方の Kakao は、それまでに TOB を進めて株主としての発言力を強めたい考えを見せていた。また資金力が豊富な Kakao は、国民年金やKB資産運用などの機関投資家から株式を購入する選択肢も有していた。安定的な経営権を確保するための持分40%(952万4160株)を買い入れるためには、1兆3,000億ウォン以上の巨額費用が求められるが、こうした機関投資家を説得できるならば、HYBE との戦いを優位に進めることができる。
いずれにしても、HYBE・Kakao 双方が少数株主の説得をおこない、2月から3月にかけて水面下の攻防が続いていた。
突然の決着
ところが冒頭で述べたように、事態は再び突如として決着を迎えた。12日、HYBE が SM 買収を中止すると発表したからだ。HYBE は両社の競争によって「市場が過熱の様相を呈していると判断した」と述べて、HYBE の株主価値にも否定的な影響が生まれると判断したことで、買収合戦から降りた形だ。これにより Kakao が経営権を取得し、HYBE はプラットフォーム事業において協力関係を築いていくという。
最終的な Kakao と HYBE それぞれの保有株数や、協力関係の具体的な内実は決まっていないものの、月末におこなわる予定の SM の株主総会を前にして、事態の泥沼化は避けられた形だ。
なぜ起こった?
決着を見つつあるとは言え、今回の買収が K-POP 業界を再編する大きな動きであることは間違いない。では、なぜこのような変化が生じているのだろうか?
背景には、大きく3つの流れがある。1つは SM のガバナンス不全が "いま" 問題化されたこと、もう1つは K-POP 業界そのものの停滞と再編、そして最後に K-POP に限らない、コンテンツ産業そのものの変化だ。
1. SM のガバナンス不全と K-POP の急成長
すでに見てきたように、問題の根幹に SM のガバナンス不全があることは間違いない。
ライク企画をめぐっては、ここまで見てきた問題以外にも、グローバルに流通する音源についてイ・スマン氏の個人企業が不当な費用を受け取っているとの指摘もある。この主張は、現経営陣のイ・ソンス氏から出ているものであり、正当性は慎重に検討する必要があるが、少なくとも上場企業として精査されるべき論点が多数あることは間違いない。
そもそもイ・スマン氏をめぐっては、2003年や2014年などにも脱税や横領などが問題視されている。長い間、K-POP 業界を牽引してきた SM にガバナンス改革が求められることは間違いなく、それは創業者のホワイトナイトであった HYBE が経営の主導権を握ったとしても同様だったと指摘される。
しかしポイントとなるのは、SM のガバナンス不全がなぜ今になって問題化されたか、だ。
K-POP アーティストの成功にとって、プロデューサーの能力が重要であることは疑いない。SM におけるイ・スマン氏、JYP における J.Y. Park 氏、そして YG におけるヤン・ヒョンソク氏などは、いずれも事務所の創業者であると共に、アーティストの作品を生み出すプロデューサーだった。そのためイ・スマン氏やヤン・ヒョンソク氏のように、個人の振る舞いや犯罪、経営姿勢などが繰り返し問題化されても、株主は看過してきた。(*3)
ところが、BTS の成功や K-POP の急成長によって状況は一変した。韓国の音楽輸出額は、2016年に4億4,000万ドルだったが、2021年には9億4,000万ドルとなり2倍以上に成長しており、上位4社の大手事務所の時価総額も、2021年だけで、8兆4,000億ウォンから15兆ウォンまで上昇した。その結果として株主は、リスクの高いプロデューサー個人に依存したビジネスモデルを嫌い、安定的なヒットが狙えるマルチレーベルや、制度化された再現性のあるクリエイティブの制作体制を求めるようになった。
言うなれば、プロデューサーに依存した家内制手工業から、大規模な工場によって高度にシステム化された工場制機械工業への変化が求められたのだ。SM のガバナンスが今になって問題化された背景には、こうした業界全体が直面している動きを抑える必要がある。
(*3)イ・スマン氏は2002年に横領の疑いで指名手配され、ヤン・ヒョンソク氏は元練習生への脅迫罪で起訴(2022年に無罪判決も検察が控訴)された過去がある。
2. K-POP 業界そのものの停滞と再編
1つ目の問題とも関係するが、K-POP 業界そのものが停滞と再編に直面しつつあることも重要な論点だ。HYBE のパク・ジウォンCEOは、パンデミックに K-POP 業界は急成長を経験したものの、それは現在鈍化しており、すでに同業界が「ピークを過ぎた可能性を懸念している」と発言した。