⏩ 各首脳、揃って原爆資料館訪問
⏩ ゼレンスキー大統領の対面参加、フランスの努力が背景
⏩ 核軍縮は「現実的方策」で批判も
⏩ 中国にはデリスキング方針
今月19日に開幕した G7広島サミットが、21日に閉幕した。
今回は、G7の首脳が揃って平和記念資料館(通称「原爆資料館」)を訪問した初めての機会であり、それぞれが芳名録に記帳した(*1)。その後、ウクライナのゼレンスキー大統領も対面で参加するなど、歴史的な動きが展開されたサミットだった。
異例の出来事が続いた広島サミットについて、開催地決定の経緯から、主要な論点までを振り返っておこう。
(*1)EU のシャルル・ミシェル大統領、ウルズラ・フォンデアライエン委員長も同行した。
なぜ広島なのか?
広島サミット開催の背景には、ロシアによるウクライナ侵攻がある。もともと、広島県と広島市がG7サミットの誘致に名乗りをあげたのは2021年で、福岡と名古屋も候補地にあがっていた。その後2022年2月に、ロシアがウクライナに侵攻、核兵器の使用まで示唆された。
侵攻が続く中、同年5月の日米首脳会談で、岸田首相は自身の地元・広島でのサミット開催の方針を伝え、バイデン大統領の了解を得た。このとき岸田首相は、広島でサミットを開催する意義について次のように説明している。
唯一の戦争被爆国である日本の総理大臣として、私は広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はないと考えている。核兵器の惨禍を人類が2度と起こさないとの誓いを世界に示し、G7の首脳とともに平和のモニュメントの前で、平和と世界秩序と価値観を守るために結束していくことを確認したい。
つまり、ロシアによるウクライナ侵攻によって、人類史上初めて原爆の被害を受けた広島で主要国の首脳がサミットをする意義が高まった格好だ。
そして、昨年10月「広島サミット県民会議」は林芳正外相へ要望書を提出し、各国の首脳に原爆資料館の視察をしてもらうよう求めた。
なぜ原爆資料館を訪問するのか?
岸田首相は、各国の首脳に原爆資料館を視察してもらうことが「原点」になると考えていた。