⏩ 直接的な引き金は警官による17歳少年の射殺事件
⏩ 2017年の法改正で警官の銃使用が緩和され発砲事件が増加
⏩ 郊外地域における差別と貧困も背景に
⏩ 反移民感情を煽る極右に恩恵をもたらす可能性
2023年6月27日(現地時間)、フランス・パリ郊外で車を運転中の17歳の少年が警官に射殺された。この事件には、同月28日、フランス代表のプロサッカー選手キリアン・エンバペが「容認できない状況」だと反応したほか、俳優のオマール・シーも「家族や愛する人たちに思いと祈りを捧げます」とツイートした。
事件を受け、一部の市民が警察への不満を噴出させて暴徒化した。彼らはショットガンや火炎瓶、花火などで警察を攻撃したほか、住宅や公共交通への放火、市長宅への襲撃事件などを起こしている。7月5日には、暴徒と警察の衝突の最中、南部マルセイユでゴム弾を撃たれたと見られる27歳の男性が死亡した。
暴動は連日に渡って続いており、国内にとどまらず、隣国のベルギーとスイスにも拡大している。前述のエンバペは、7月1日にさらに投稿を寄せ「大衆の怒りの表現を目の当たりにしており、その本質は理解できるものの、その形を支持することはできません」とした(*1)。
暴動が起きてから1週間が経過し、フランス国内の逮捕者は合計で3,000人を超えた。7月1日の1,311人をピークに逮捕者は減少しつつあるが、散発的な衝突は続いている。
エマニュエル・マクロン大統領は少年の射殺について「許されない」と語った一方で、暴動を沈静化するため警察を支援する構えだ。また、同大統領は7月4日、新たな暴動が発生した場合に、ソーシャル・ネットワークを遮断する可能性を示唆した。
警官による少年の射殺事件と一連の暴動の背景を理解するためには、かなり複雑なフランスの事情に目を向ける必要がある。たとえば、2017年の法律改正によって警官の発砲条件が緩和されたことや、バンリューと呼ばれる郊外地域における貧困と差別への不満などといった事情だ。
そして欧州各国では、今回の出来事を「利用」し、自らの支持基盤を確保しようと試みる政治リーダーたちがいる。
なぜ、フランスで暴動が起きているのだろうか。そして、一連の事件は今後どのような影響をもたらすのだろうか。
(*1)ここで共有された文書は、サッカー・フランス代表チームによるものだ。
何が起きているのか?
フランス・パリ郊外で17歳の少年が射殺された事件(後述)を受け、フランス各地で暴動が相次いでいる。具体的には、住宅、公共施設(市庁舎、警察署等)、自動車、公共バスや路面電車への放火、商業施設などにおける略奪などだ。
フランス企業運動(MEDEF)によれば、200の店舗が略奪の被害に遭い、300の銀行支店が破壊されるなど、一連の暴動による被害額は10億ユーロ(約1,570億円)に及ぶという。
フランス内務省は暴動を鎮圧するため、7月1日からフランス全土に4万5,000人の警官を配備した。南部マルセイユやパリのシャンゼリゼ通りでは、警察が催涙ガスを使用して事態の沈静化を図っている。逮捕者は、6月29日から7月3日までで3,000人を超えている(*2)。
暴動の参加者の多くは若者と見られているが、黒装束を身にまとった Black Bloc という無政府主義グループの加担も報じられている。Black Bloc は今年1月以降、年金改革反対活動をおこない警察と衝突を繰り返していたが、6月に入って勢いを失っていた。一連の騒動に乗じて、警察への不満を噴出させていると見られる。
一方で、フランス南東部の都市リヨンでは、治安を維持するために暴徒と戦うとして、バットを持った民兵集団も確認されている。
暴動の開始から1週間が経過し規模は縮小しつつあるが、今回の暴動はなぜ起きたのだろうか。
(*2)同国内務省の発表によれば、6月29日から30日にかけて875人、30日から1日夜にかけて1,311人、1日から2日にかけて719人、3日には157人が逮捕された。
なぜ暴動が起きているのか?
すでに触れてきたように、暴動の背景にある直接的な原因は、警官による少年の射殺事件だ。ただ、射殺事件が起きた文脈を理解するためには、警官による銃使用を緩和した2017年の法改正、そして、バンリュー(フランス語で郊外の意味)における差別と貧困について見る必要がある。
1. 少年の射殺事件
まずは、直接的な引き金となった少年の射殺事件を概観していこう。
2023年6月27日の朝、パリ西部オー=ド=セーヌ県のナンテール市にあるフランソワ・アラゴ通りで、ナエル・メルズーク(Nahel Merzouk)という名前の少年(17歳)が交通検問から走り去ろうとする際、警官に至近距離から胸を撃たれ、その後死亡した。
Nanterre(Google Map)
AFP 通信によって確認された事件発生の瞬間をとらえた動画からは、2人の白バイ警官が、黄色い車(車種はメルセデスAMG)の運転席側の窓付近に銃を構えて立っている様子が見て取れる。その後車が発進すると、警官の1人が発砲したように見える。「頭に銃弾を受けるぞ」という声が聞こえるが、誰が発した言葉かは不明だ。