2020年から米国で人気を集め、2021年1月頃から日本やドイツなど世界各国で急速にバイラルし始めたSNSがある。音声版Twitterと呼ばれる、Clubhouseだ。
日本での急速な広がりに合わせて、このアプリを紹介する記事が増えてきたが(例えば日本経済新聞やTechCrunchなど)、その沿革や創業者について詳しく触れた記事はあまり見られない。
今回は2回に渡って、彼らがどのような歴史を辿り、なぜいま音声領域での戦いに注目が集まっているのかを解説していく。
Clubhouseとは
Clubhouseは、音声ベースで会話をしたり、誰かの会話を聞くことができるアプリだ。以下のように様々な「Rooms(部屋)」があり、自分がフォローする人々が参加・主催する「Rooms」が流れてくる。(下図)
Clubhouseスクリーンショット(筆者撮影)
これらに参加すると、「Speaker(スピーカー)」の話を聞くことができる(下図)。
Clubhouseスクリーンショット(筆者撮影)
興味深いのは、「Speaker」から許可されると、「Listener(リスナー)」も「Speaker」側に回れるところだ。これによって、現実世界における雑談のような世界が再現されている。会話は保存されず、コメントやいいねなどがないため、会話のみを楽しむシンプルな構成となっている点も特徴だ。
現在は招待制となっているが、ダルビッシュ有氏や小嶋陽菜氏、m-floの☆Taku Takahashi氏、小島瑠璃子氏などの著名人が続々と参加している。31日現在、日本のApp Storeでは「無料App」の1位となっており、一気に関心が高まっている。
アイコンの人は?
ところで、Clubhouseはリリース時からサービスのユーザーをアイコンにする、一風変わった習慣を持っている。
現在のアイコン(下図)は、米国のジャズギタリスト・アーティストのBomani X氏だ。同氏は、Diamond Signalの菊池大介によるインタビューで、「アプリが急成長したことにつれ、私の音楽に興味を持ってくれる人も急増し、非常に大きなインパクトを感じました」と語っている。
過去には、あるスタートアップの広報担当者であるエリカ・バティスタ、法律家のジュリー・ウェナ、ポッドキャスト配信者のエスプリー・デボラなどがアイコンだった時期がある。後述するが、コミュニティを重視するClubhouseらしいスタイルだ。(ちなみに、以前は映画『ゴーストバスターズ』などで知られるコメディアン・俳優のビル・マーレイがアイコンだった時代もある)
(たった1年の)歴史
では、日本のみならず世界的に注目を詰めているClubhouseは、どのような歩みを持っているのだろうか?
2020年2月、創業
世界を席巻するClubhouseが創業されたのは、なんと2020年だ。
このアプリを開発・運営するAlpha Exploration社は、2020年2月頃に米・サンフランシスコで立ち上がり、シードラウンドの資金調達を実施した。
同社を立ち上げたのは、Pinterestによって買収されたモバイルアプリHighlightを創業したポール・デイヴィソンと、Google Mapsなどでエンジニアとして働いていたローハン・セスだ。2人の創業者については、本記事の後編で詳述する。
シード・ラウンド(創業間もないベンチャー企業がおこなう資金調達)で、同社は少なくとも100万ドル(約1億円)を集めたとされ、The Informationによれば、以下の面々が投資家として加わっていた。
- グループ動画チャットHousepartyの創業者ベン・ルービン
- 次世代のメールアプリのSuperhumanなどに投資をしてきたエンジェル投資家のトッド・ゴールドバーグ
- そのSuperhumanの共同創設者であるラウール・ヴォーラ
- 起業家と投資家のコミュニティ・サイトAngelListの共同創設者であるネイバル・ラヴィカント
- ColorGenomicsの共同創設者であるエラッド・ギル
当初、創業者たちが取り組んでいたのは、Talkshowというプロダクトだ。以下のように、現在でもサービスのURLは残っており、Twitterログインを通じてポッドキャストが聞けるようなサービスとなっている。
2020年4月、パンデミックの中でのリリース
このサービスは4月中旬頃まで運営されていたが、デイヴィソンたちにとっては満足の行くサービスではなかった。2人は、ユーザーが簡単にポッドキャストに参加できるようサービスを改善し、余計なものを削ぎ落とした結果、新しいサービスが完成した。これにはClubhouseという名前がつけられ、別サービスとして生まれ変わった。
こうして、Clubhouseがクローズドベータ版としてリリースされた。これはVCの間で大きな話題となり、創業者たちはこれまでにない手応えをつかんだ。
4月18日には、大手テックメディアのTech Crunchに取り上げられ、以下のように記されている。
Clubhouseは今週末、VCのTwitterを介して爆発的な話題を集めた。人々は、招待状を求めて騒ぎ出し、メンバーシップに参加できた人々は静かに自慢し、彼らのFOMO(fear of missing out:SNSから取り残される恐怖)をからかったりした。現在のところ、公開されたアプリやサイトは存在しない。Clubhouseという名前は、人々が集団の一員になりたいと切望していることを見事に言い表している。
今ではアプリと(シンプルな)ウェブサイトが一般公開されている違いはあるものの、招待を求める人々の狂乱や切望感、FOMOなど、今の日本で見られる状況は、1年近く前に米国で生まれた反応と全く同じだった。
ロックダウンと同期性
4月といえば、世界中でパンデミックが最初の猛威を奮っていた時期だ。東京では4月7日に緊急事態宣言が発出され、米国でも1日の死者が2000人台に達して、4月の失業率は世界恐慌以降で最悪となる14.7%を記録した。
ロックダウンが敢行される中で、人々は同期的なつながりを求めた。「同期性」というキーワードは次世代SNSのキーワードとしてしばしば言及されるが、Clubhouseはパンデミック前におこなわれていた雑談や、ちょっとした立ち話を代替する存在になった。
こうした会話は「いま、その場にいなければ、出来ない」同期的なものだが、既存のSNSは非同期的なものが大半だ。たとえばFacebookもTwitterも、誰かが1時間前や数分前につぶやいたテキストを読んでいるし、それはYouTubeのような動画でも、ポッドキャストでも同様だ。
動画を1日中眺めることは難しいし、スマホの画面を1日見続けることも現実的ではないが、Airpodsをつけっぱなしで外出し、家ではスマートスピーカーが流れ続けている人は少なくない。音声市場は、こうした地殻変動によって注目されていたが、パンデミックによって人々が同期的なコミュニケーションを求めた結果、Clubhouseは突如としてその大本命となった。
「自然発生的」なコミュニケーション
こうした背景は、前述のTechCrunchでは「Spontaneous(自然発生的)」というキーワードとともに説明されている。
スケジュールされたZoomでの通話、実用的なSlackのスレッド、無限に続く電子メールのやりとりは、人々が互いのアイデアをリフする時に、突如として盛り上がる驚きやスリル、会話の楽しみを捉えていない。
その上で、電話のように突然相手の時間を邪魔する方法ではなく、ユーザー自身が社会的つながりを欲しているタイミングで、サービスに参加を選べるようなサービスが望まれ、HousepartyやDiscordが生まれた。いずれも、パンデミックで急成長を遂げたサービスだ。
Housepartyのダウンロード数を見ると、パンデミックによって人々がオンラインでのつながりを急速に求めていたことが分かる。
4月にリリースされたClubhouseは、絶好の時期に生まれたのだ。Housepartyの創業者が、初期の投資家であることも興味深い事実だ。
2020年5月、Andreessen Horowitzからの資金調達
そうした背景もあり、名門VCのAndreessen Horowitz(a16z)がこのサービスに注目した。当時、5000人未満のベータ版のテストユーザーが存在しただけにもかかわらず、Clubhouseには1億ドル(100億円)の評価額がつけられた。
この資金調達ラウンドでは、同じく名門VCであり、CEOのポール・デイヴィソンが過去に在籍していたBenchmarkが投資を希望したが、最終的にその権利を獲得したのは、a16zだった。
Forbesによれば、Benchmarkは1億ドル未満(7500-8000万ドルと見られている)の評価額を提示し、a16zの金額を下回っていた。またa16zは高い評価額だけでなく、俳優・コメディアンのケヴィン・ハートをはじめとするハリウッド・スターへのネットワークや、オーディオ・プラットフォームおよびコンシューマー向けアプリに関する専門知識をアピールすることで、競争に勝利した。
2020年5月中旬、1200万ドルの資金調達額が次々と報道され、a16zのアンドリュー・チェンが取締役に加わることも明らかになった。
ちなみに、1200万ドルのうち200万ドルは創業者からの譲渡だった。これによって創業者2人は、100万ドルずつの現金を手に入れた。(これを批判する声もあるが、短期的な売却を志向しなくなる利点もある)
賛否両論
この頃、Clubhouseの評価額には賛否両論が渦巻いていた。たとえば、過去に失敗したMeerkatやColor、Magic Leapのような製品を挙げながら、Clubhouseの高すぎる評価額を批判的に見る論者は少なくなかった。
一方、TikTokの前身となったMusical.lyやHousepartyの投資家で、現在はMediumやDiscordの取締役を務めるジョシュ・エルマンは、以下のように語る。
Clubhouseや消費者向け製品のバリュエーションは、非常に多くの混乱をもたらしている。つまり、こういうことだ。
人々を結びつけ、彼らにコンテンツを生み出してもらう企業は、信じられないほど価値あるものになる可能性がある。それは、20-300億ドルかもしれないし(Twitter、Snapchat、WhatsApp)、それをはるかに上回るかもしれない(Facebook、Instagram、Youtube)。
また、Pinterestでテックリードを務め、エンジェル投資家としても活動するジェフ・チャンは、以下のように述べる。
スタートアップは通常、ユーザーの獲得に失敗するのではなく、ユーザーを維持できないため、成長の停滞期を迎える。現在のユーザー数は、将来の成長を示す指標としては不十分だ。Clubhouseが、最近のソーシャル・スタートアップの中で、最も良いリテンションとユースケースを持っているならば、それが高い評価を得る理由は理にかなっている。
チャンが言うように、Clubhouseの特徴はその驚異的な滞在時間だ。前述したa16zのアンドリュー・チェンも、Clubhouseが特別なアプリだと気づいたのは、自分の利用時間が「週に12時間以上に達した時だ」と語っている。
ただ少なくとも、この時点では多くの人が「7月までに死んでいるか、何か大きなものになるか」のどちらかだと思っていた。ところが、夏を越えてもClubhouseの勢いは止まらなかった。そして副産物もついてきた。
成長と議論
2020年5月、The New York Times紙の記者テイラー・ロレンツは、Clubhouseに好意的な記事を書いた。インターネット文化に造形の深いロレンツの記事は大きな話題となり、アプリの評判にも寄与した。
ところが、事態は思わぬ方向に進む。記事では、週に40時間以上を費やす人々や、1日3〜5時間もアプリに滞在する人々、刑務所改革や警察の残虐行為について語らう人々が紹介され、「オーディオの未来」とするVCの声が、誇らしげに記されていた。ローレンツは、「なりすまし」や「いたずら」がClubhouseのリスクだと考えていたが、その後、彼女自身がClubhouseで攻撃される事件が起きた。
ローレンツが、D2CスーツケースブランドAwayのCEOによる不正行為の疑いをTwitterでつぶやいたところ、Twitterでの揶揄からClubhouseでの攻撃へと繋がっていく。VCのバラジ・スリニヴァサンが彼女を馬鹿にした後、TwitterからClubhouseのルームへと議論は動き、自身に発言の機会が与えられない状況に辟易した彼女は、すぐにルームから退出したが、彼女がいなくなってからもジャーナリストへの批判は続いた。
こうした動きは拡がっていった。Clubhouseでの、黒人女性に対する攻撃や反ユダヤ主義などの人種差別、虚偽または誤解を招く情報の流布、そしてセクシズムやエリート主義の蔓延が問題視され、アプリは「エリートの遊び場」と呼ばれることが出てきた。
2020年の後半にかけて、Clubhouseにおけるコンテンツ・モデレーション(有害・不適切なコンテンツへの監視・対処)の議論が拡大していく。その背景には、トランプ前大統領の発言をSNSが規制すべきかという議論の盛り上がりもあった。
まだ正式リリースもされていないアプリに「嫌がらせや陰謀説、反メディア感情などにもとづく疑わしいコンテンツをどのように処理するのか」という批判が向けられたことは稀有な事態だが、逆に言えば、それほどアプリの存在感が大きいことを意味していた。
2020年10月、App Storeでの公開
10月23日、Clubhouseは満を持してApp Storeで公開された。この頃には、著名司会者のオプラ・ウィンフリー、コメディアンのクリス・ロック、俳優で投資家としても知られるアシュトン・カッチャー、俳優のジャレッド・レトなどの利用もあり、アプリの知名度は爆発的に拡がっていた。
12月25日には、Clubhouse上でミュージカル『ライオン・キング』が上演された。読書クラブや討論会、最新のニュースや大衆文化に関する議論など、様々な会話が繰り広げられてきたが、いまやユーザーのクリエイティビティは留まることを知らなくなった。
このミュージカルのキャストの多くが、黒人を始めとする有色人種だったことも、同社の投資家であるa16zを創業したベン・ホロウィッツの妻で、ホロウィッツ・ファミリー財団の創設者フェリシア・ホロウィッツを喜ばせた。彼女がClubhouse上で土曜日に開催するディナーパーティーには、大勢のユーザーが詰めかける。
年末には、Clubhouseがインフルエンサーとの関係を強化していることが報じられた。この招待制の「クリエイター・パイロット・プログラム」は、Clubhouse創業者との定例会議と、影響力が大きいユーザー向けに設計された特別ツールへの早期アクセスが提供される。
ここに招待されたインフルエンサーは、一般的に想像されるようなZ世代ばかりではなく、4-50代も含まれており、このアプリがInstagramやTikTokなど他のプラットフォームと異なる特徴を有していることが伺える。
また、Clubhouseに対抗する動きも出始めた。Twitterが、「Spaces」と呼ばれる音声ベースのコミュニティ機能をテストしはじめたのだ(下図)。ブラジル、インド、イタリア、韓国、日本などで少数のユーザーに向けて開始された機能は、成長するサービスをすぐさま模倣するシリコンバレーの伝統に則っている。
2021年1月、ユニコーンへ
2021年が明けてすぐ、Clubhouseを運営するAlpha Exploration社が、ユニコーン(評価額が10億ドル以上、設立10年以内の非上場企業)になる噂が流れ始めた。
The Informationによれば、既存投資家から10億ドルの評価額で株式を購入しようと検討するVCなどもおり、そこでは前回のラウンドでa16zに競り負けたBenchmarkや名門VCのSequoia、Lightspeedなどの名前も噂された。
最終的に、このシリーズBと呼ばれる資金調達ラウンドでは、Andreessen Horowitzが10億ドルの評価額をつけて約1億ドルを投資した。
これらの資金は、クリエイターが収益化するための機能・プログラムを開発する目的などに使われる予定だ。これまで問題になってきた、コンテンツ・モデレーションを強化する動きも明かされた。Alpha Exploration社には、現在わずか10人程度の従業員しかいないが、新たに6つのポジションで求人を公開しており、このうち2つは「コミュニティの信頼と安全」のための役割となっている。
こうした未来の動き以外にも、創業者の2人が10年前に知り合って以来、様々なSNSに取り組んできたことなども同社のブログで語られた。また、ミュージシャンや科学者、クリエイター、アスリート、非営利団体のリーダーなど世界中の200万人がサービスを利用していることや、社会正義の構築やBLM運動、反人種差別についてなど様々なトピックの会話がおこなわれていることも記されている。
コミュニティへの投資・新たなビジネスモデルへ
このブログを読むと、Clubhouseが新たな機能開発やサービスの拡大と同じく、安全なコミュニティの構築に腐心していることが分かる。
同社に投資したa16zのアンドリュー・チェンも、「ビジョンの中心にあるのはクリエイター」だと述べた上で、「クリエイターと協力して、Clubhouseのコミュニティの成長に合わせて、エコシステム全体に還元するビジネスモデルを開発」しており、「この方向性は、過去にソーシャルネットワークを収益化してきた、広告ベースの典型的なビジネスモデルとは対照的」だと指摘する。クリエイターへの還元は、YouTubeやTikTokなどがおこなっているが、果たして広告モデル以外でこうした収益構造が成り立つのかは注目すべきポイントだ。
ちなみに創業者によるブログでは、180人もの投資家がいることも明らかにされ、ちょっとした話題となった。スタートアップが大人数の株主を抱えることは、リスクやトラブルの引き金となるからだ。ただし彼らの大半は、SPV(Special Purpose Vehicle、特別目的事体)と呼ばれる、本投資のために設立された組織を介した投資であり、そうした懸念は杞憂だ。
以上のように、わずか1年近くで驚異的な成功を収めているClubhouseだが、一体その創業者はどのような人物なのだろうか?Clubhouseの「一夜で成功」という印象とは裏腹に、彼らには苦難の歴史があった。
- 後編に続く