1月7日、国境なき医師団(MSF)は、東欧のベラルーシとポーランドの国境で移民・難民支援にあたっていた医療チームを撤退させることを発表した。同国境では昨年12月以降、ジャーナリストやその他の支援団体の立ち入りが厳しく制限され、国境沿いで保護を求める移民・難民を「意図的に危険な状況に追い込む」動きだと批判が出ている。
こうした緊張の高まりは昨年11月9日、EUを目指す数千人が同国境に押し寄せたことに端を発する。国境沿いの柵を壊したり、乗り越えようとする人々に対して、ポーランド警察1万5,000人は放水や催涙ガスを浴びせて不法越境を阻止するとともに、既に越境した人もベラルーシ側に追い返した。
ただし野営などで国境に留まっていた人々は11月18日までに撤収しており、国境沿いでの緊張は静まった。にもかかわらず、EUはベラルーシに対する経済制裁を決定しており、政治的な緊張は高まったままだ。
なぜベラルーシとポーランドの国境で移民をめぐる緊張が高まっているのだろうか?そしてなぜEUは、移民問題をめぐって経済制裁を発動しようとしているのか?
ベラルーシと不法越境
東欧に位置するベラルーシは、ポーランド・ラトヴィア・リトアニアと国境を接する国だ。
中東やアフリカ諸国からの移民・難民にとって、受け入れ体制が整っているEUは最終目的地(*1)となっており、ベイルートやドバイ、バグダッドなどの中東諸国から航空便によってベラルーシの首都・ミンスクを訪れ、そこからEUへの越境を目指すケースが多い。ベラルーシ自身はEUに加盟していないものの、加盟国と国境を接していることから、EUへの玄関口となっている。
そのEUでは、大量の移民・難民が押し寄せた2015年のシリア危機以降、移民・難民を抑制する方針(*2)が採られている。しかしそうした方針の下でも、EU域内を目指す人々は後を絶たず、不法に国境を超えて難民申請をおこない、一時的な保護を受けている状況は度々問題視されてきた。
(*1)EUを目指すルートは3つあり、北アフリカ諸国から地中海沿岸国を目指すルート、トルコからギリシャを目指すルート、ポーランドなどの東欧諸国を目指すルートだ。このうち北アフリカとトルコを経由するルートには道程に海があるため、漂流などの危険が伴う。他方で東欧諸国ルートは陸続きであることから、その他のルートよりも危険が少なく、好まれている。
(*2)抑制策の例として、トルコへの資金援助を挙げることができる。2015年以降、EUはトルコへの資金援助を通じて、同国とギリシャの国境管理を徹底させることで、人々の越境を阻止しようとしている。
ベラルーシによる不法越境の黙認
今回の移民問題の発端は、2021年5月まで遡る。同月、ベラルーシのルカシェンコ大統領は「ベラルーシ国境を超えた移民が、ポーランド・ラトヴィア・リトアニアに流入することを今後は一切邪魔しない」として、人々のEU域内への不法越境を黙認した。
これ受けてEUは6月、ベラルーシの輸出産業や金融に対して経済制裁を発動した。7月には、隣国リトアニアがベラルーシとの国境に、不法越境対策として550kmに及ぶ有刺鉄線を張り巡らせる事態にもなっている。
しかし、ベラルーシからの不法越境が止む気配は無く、ポーランドでは8月までに871人が確認されている。2020年における同国への不法移民は、確認できただけで122人だったことから、不法移民の流入が増加していることがわかる。
EU側の阻止と経済制裁
9月以降は、ポーランドとリトアニアが国境沿いでの緊急事態を宣言し、鉄鋼網やフェンスなどで物理的に流入を阻止する動きが加速した。しかし混乱は続き、同月末にはポーランドとの国境沿いで4人の死亡事故が発生した。
10月に入ると、ポーランドは不法越境した人々を押し返す法案を可決し、強行的な手段を講じるようになった。しかし、国境沿いに押し寄せる人々の数は収まらず、前述のように11月初旬には数千人が国境沿いに集まり、ポーランド警察との攻防を繰り広げた。
11月12日には、EUで5度目となる経済制裁が可決され、EU各国は足並みを揃えてベラルーシを非難することになった。ただし、一時は引き返した人々は依然としてベラルーシ内に留まっているため、再度国境沿いに押し寄せる可能性があると指摘されている。
このように2021年を通じて、ベラルーシとEUは移民問題をめぐって対立を続けてきたわけだが、ではそもそもなぜベラルーシは移民の流入を黙認したのだろうか?
意図的な誘導?
ポーランド・ラトヴィア・リトアニアをはじめ、EU各国がベラルーシを非難するのは、同国が移民・難民の流入を「黙認」しているのではなく、むしろEU加盟国との国境に「意図的に誘導」している可能性があるためだ。