テキサス州司法長官は、ユーザの許可なく顔認識データを収集したことで、Facebook の親会社である Meta Platforms(Meta)に対して訴訟を起こしたと発表した。同州のケン・パクストン司法長官は、同社が「適切なインフォームドコンセント(事前に十分な情報を提供した上での合意)なしに、数百万人のテキサス居住者の生体認証データを取得・使用した」ことを問題視している。
Meta は、2019年にユーザーの個人情報の不適切な処理によって、約50億ドルの罰金を課された他、2020年にはイリノイ州で提起された集団訴訟により、プライバシー関連の問題としては過去最大となる6億5,000万ドルの和解金を支払っている。
顔認識や指紋認証、網膜スキャンなどで広く用いられている生体情報については、その技術的進展と利用拡大が続く一方、プライバシーの問題や人権侵害について懸念が高まっている。
重要な理由
今回の訴訟が重要とされる理由は、以下の2つだ。
- Meta が直面する社会的批判および法的規制の最新事例
- ビックテックにとって、ますます強まるプライバシー問題
Metaへの批判と規制
Meta に対する風当たりは、2020年代に入ってからますます強まっている。同社は昨年、社名を Facebook から Meta に変更したことでメタバースへの注力姿勢を鮮明化させたが、この社名変更については、悪化し続ける同社ブランドのイメージ刷新を図る動きだという見方も強い。
また2021年度第4四半期決算では、創業以来ほぼ一貫して増加していたデイリーアクティブユーザー(DAU)の減少が明かされ、株価は一時20%下落するなど、世界的な Facebook 離れが印象付けられる結果となった。
同社は、2017年のケンブリッジ・アナリティカ問題を皮切りとして、プライバシーの侵害や個人情報の独占、アルゴリズムがもたらす社会的悪影響、若者のメンタルヘルス問題などで批判を受け続けてきたが、ユーザーの急成長と膨大な利益によって、同社の経営方針は株主から正当化され続けてきた。
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決算の躓きと今後の成長に陰りが見られる中、プライバシーをめぐる今回の巨額訴訟は、同社にとって新たな頭痛の種が増えたことを意味している。2022年、米・議会はビッグテックを対象とする約12法案を検討しており、そこにはアルゴリズムの開示や処理、ユーザーデータの収集方法、買収への規制などが含まれる見込みだ。すなわち本件に限らず、同社は今年も強い逆風に晒されていくことが予想される。
単一の訴訟が、同社の業績を大きく毀損することはないだろうが、各州政府が同様の法規制を進めた場合は、幅広い対応を迫られる可能性もある。
プライバシーへの関心
また、世界的にプライバシー問題への関心は高まっており、Meta に限らずビッグテック(大手ハイテク企業)は対応が求められている。今回の訴訟では、以下のように個人情報の扱いが厳しく批判されており、こうした動きが広く連鎖していく可能性は高い。
Facebook の巨大帝国は、彼らの商業的利益のために欺瞞や嘘、テキサス州民のプライバシー権の大胆な侵害の上に築かれている。重要なことは、Facebookは10年以上にわたって、テキサス州民が家族や友人とつながり、特別な時間を共有するための信頼できる出会いの場を提供する一方、彼らにとって、非常に個人的で、センシティブな情報を密かに取得、開示、そして不法に保持することで、利益を得ていたことだ。
特にイリノイ州では、2008年に生体認証情報プライバシー法(BIPA:Biometric Information Privacy Act)が制定されて以来、民間企業による生体情報の収集・利用・保存などが強く規制されてきた。この結果、Alphabet(Googleの親会社)やAmazon、マクドナルドなど大手企業を相手とした訴訟が増えており、同州はプライバシーの権利をめぐる闘争の最前線となっている。2021年には、ニューヨーク市でも生体情報の収集をめぐるプライバシー法案が成立するなど、全米各州で同様の動きが見られる。
現在、イリノイ州ほど厳しい規制を課している州は存在しないものの、ビックテックによるデータ収集への不信感が高まっている中で、今後こうした規制が加速する可能性は高い。
背景
この問題には、2つの背景が存在している。
- 世界中で生体認証が拡大する一方、プライバシーや人権侵害との緊張関係が懸念
- メタバースなどデジタル空間の拡張により、生体認識の技術的利用はますます進む
増加する生体認証とプライバシーおよび人権侵害への懸念
プライバシーへの関心が高まっているにもかかわらず、世界中で生体認証は増加している。2028年までに市場規模は1,049億5,900万ドルまで拡大し、年平均成長率は15.0%に至ると予測されている。英国企業の調査によれば、中国や米国などは個人の生体情報を利用・保護するための十分な法的整備をおこなっていないが、市場としての成長は著しい状況だ。
日本でも、生体認証の活用は広がっている。たとえばJR東日本は昨年、主要駅の安全対策として顔認識技術によって刑務所からの出所者・仮出所者を駅構内で検知する仕組みを導入した。ところが報道後、社会的コンセンサスが得られていないとして停止が発表され、生体認証をめぐる議論の敏感さが浮き彫りとなった。
生体情報をめぐる、個人のプライバシー権および人権侵害への懸念は、2つの方向から議論されている。1つは、中国・新疆ウイグル自治区をめぐる監視システムに見られるように、政府や巨大企業が市民や消費者の同意なく生体情報を収集していることだ。個人を識別するだけでなく、その行動を細かく追跡したり、犯罪や不審な行動を"予測"することは、監視社会や大規模な人権侵害につながる可能性があり、多くの批判を呼んでいる。
もう1つは、生体認証をめぐる人種やジェンダー、社会階級のバイアスや不均衡だ。たとえば、生体認識で用いるデータが白人男性に偏っていることで、女性や有色人種、社会的マイノリティらが排除されたり、誤って認識される可能性が多くの研究によって指摘されている。
生体認証は、今後も社会の様々な場面で活用されていくだろうが、各国政府や人権団体などは懸念を強めており、EUではより厳格な規制案も提起されている。
メタバース
生体情報の収集や活用は、メタバースと呼ばれるデジタル空間の拡張によってますます加速する可能性がある。メタバース上で、人々がアバターを用いてコミュニケーションをおこなう場合、顔認識によって表情を細かく再現することが、中核的技術の1つとなる可能性が高い。
昨年、高まるプライバシーへの懸念を受けた Meta は、Facebook における顔認識機能をシャットダウンした。これまで同サービスにアップされた写真には、簡単にタグ付けすることができ、人々にとって最も身近な顔認識技術の1つだった。同社は「顔認識の有用なユースケースと社会的懸念の高まりを比較検討する必要」があると述べており、この問題をめぐる緊張関係を反映した動きとなっている。
とはいえ同社は、メタバースなどでの技術的利用を視野に入れて、引き続き生体認識に関する技術開発を続けている。同社が顔認識のタグ付けに用いていたアルゴリズム DeepFace は、人間と同等レベルで顔認識をおこなえると言われ、今後も同技術が他サービスで用いられる可能性は「排除されていない」と明らかにされている。
同社をはじめとするメタバースに関する競争で、生体認識がますます重要になることは疑いないが、各社は人権やプライバシー、そして法規制とのバランスを慎重に見極めることを要求されている。