・同氏の主張である「言論の自由」の擁護は自明でなく、むしろそれが後退するという指摘も。
・また中国政府との関係や広告モデルの必要性、Web3 への期待なども論点に。
EV 大手 Tesla(テスラ)や SpaceX(スペースX)などを展開する著名実業家イーロン・マスク氏は、Twitter を買収した。買収総額は440億ドル(約5兆6,000億円)にのぼり、1株当たり54.20ドルとなっている。
同社は買収後に非公開化され、マスク氏によって Twitter の「改革」および「言論の自由を取り戻す」ための施策が進められる予定だ。
では今回の買収によって、Twitter にどのような変化がもたらされ、それはどのような意味を持っているのだろうか?
ここまでの経緯
マスク氏は、今年1月から Twitter 株を取得していたが、同社への関心を公に示唆しはじめたのは、今年3月だった。
Twitter、言論の自由を遵守せず
同氏は、手始めに「言論の自由は、民主主義の基盤だ」と述べた上で、Twitter がその原理原則を遵守していないことを問いかけるアンケートをおこなった。
その上で、新しいプラットフォームが必要だと主張して、別のユーザーとのやりとりでは、そのことを「真剣に検討している」と述べた。
この時点では、マスク氏による(いつもの)気まぐれだと思われていたが、今月4日、マスク氏が同社の筆頭株主になったことが分かると、状況は一変した。同氏は翌日、Twitter に編集ボタンが必要かを問うツイートをおこない、こちらも同サービスへの積極的な関与を予期させるものとして話題となった。
取締役就任・辞退
その後、事態はマスク氏の Twitter 取締役就任という方向へと進む。4月5日に任命発表がおこなわれ、9日には正式発効が予定されていたものの、同日朝にマスク氏から辞退の申し出があったことで、こちらも破談に至る。
取締役就任は、Twitter にとってマスク氏の持ち分を 14.9% 以下に抑えることで、経営への関与を制限させる意味合いがあったものの、マスク氏は最終的に、Twitter を自らの思い描く通りに「改革」するためには、条件が不利だと判断したようだ。
買収提案
混乱が目立つ中、一時的に筆頭株主ではなくなったマスク氏だったが、今月14日には新たに、430億ドル(約5兆4,000億円)での買収提案をおこなう。
事態が二転三転する中でも、マスク氏は同社のアルゴリズム偏向や自動生成スパムの多さ、編集機能の追加やサブスクリプション・モデルへの転換、スパムボットの駆逐などアイデアを次々と投稿することで、同社への強い関心を示し続けた。
マスク氏の買収提案に対して、当初 Twitter 経営陣は「ポイズン・ピル」の導入を決定して、否定的な姿勢を見せた。これは、自社株主に対して追加の株式取得権を割安で付与することで、新たな株主による敵対的買収を防ぐ仕組みだ。
ところがわずか数日で、Twitter はマスク氏に「全面降伏」して、買収を受け入れた形だ。買収は、2022年度中に完了する予定となっている。
何が起こるのか?
では、マスク氏による買収後、Twitter にはどのような変化がもたらされるのだろうか?
結論から言うと、同氏が主張する「言論の自由の遵守」という論点は、それほど自明のものではない。こうした点も含め、いくつかのポイントも見ていこう。
言論の自由の"遵守"
マスク氏が繰り返し掲げているのは、言論の自由を遵守することだ。この問題は、2021年の合衆国議会議事堂襲撃事件におけるトランプ前大統領の発言をめぐって、Twitter が前大統領のアカウントを削除(Ban)したことで議論が広がった。
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本誌記事で述べているように、これは「法的規制」や「政府による検閲」の問題ではなく「私企業の利用規約」の問題であるため、「言論の自由」という言葉が用いられることは正確ではない。ただし、米国では「ブランデンバーグ・テスト」で知られるように、言論に何らかの制限をかけるためには「差し迫った違法行為」が必要だという理解が広まっているため、トランプ大統領の発言が制限に値するかは疑問視する声もある。
また少数のテック企業(の限られた従業員によって決められ、説明責任を持っていない不透明な利用規約)によって、スピーチの取捨選択がおこなわれている現状に批判的な声も多く、マスク氏もそこに賛同している。
こうした決定をはじめ、Twitter の方針にマスク氏が不服を抱いていることは明らかだ。「言論の自由の絶対主義者」として、マスク氏は現状のコンテンツ・モデレーション(不適切なコンテンツの監視・制限)方針を変更しようとしている。
同氏は今のところ「運営国の法律で規制されている以上のコンテンツ規制を導入すべきではない」という見解のみを明らかにしている。ただしこの見解はシンプルに見えつつも、難しさをはらんでいる。
なぜならヘイトスピーチのように明確に禁止されている言論以外(たとえばネットの誹謗中傷やオンライン・ハラスメントなど)の扱いは、各国で試行錯誤が進んでいる最中であり、ヘイトスピーチですらも、その線引きは明確ではないからだ。
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コンテンツ・モデレーションは、言論の自由を制限しようというよりも、むしろその曖昧さを前提としつつ、出来る限り法的規制ではない方法によって、適切な言論空間を構築していく試みであるとも言える。
言論の自由の"後退"
しかし興味深いことに、マスク氏による所有によって、むしろ言論の自由は"後退"すると考える論者も見られる。