⏩ 量子力学の原理を用いた次世代の計算機
⏩ 従来のコンピュータでは解けない、膨大な計算量の問題を解く可能性
⏩ 実現は近い?様々な誇大広告
⏩ 外部環境の影響を受けやすいなど、実用化には様々な課題も
近年、量子コンピュータの開発競争が過熱している。Googleが2019年、量子コンピュータが従来のコンピュータよりも高速に問題を解ける可能性を示す「量子超越性」を実証して以来、多くの企業が量子コンピュータ開発に参入している。GoogleやIBMなどの大手ベンダーのほか、D-Wave、Rigetti、IonQなどの量子コンピュータ開発を主な事業とするスタートアップも多く生まれている。
海外において、量子コンピュータを含めた量子技術は国家戦略上の重要技術と位置づけてられており、戦略策定や拠点形成の動きが活発となっている。
米国では2018年、5年間で12億ドル(約1500億円)を投資する国家量子イニシアチブ法(NQIA)を制定し、2022年にはバイデン米大統領が同法案の取り組みを強化する大統領令に署名した。欧州では、量子技術における競争力を強化する目的として、10年間で約10億ユーロ(約1380億円)を投資する量子フラッグシップが策定された。
中国は第14次5カ年計画の中で、今後強化したい技術関連分野の一つに量子情報を挙げているほか、量子情報と人工知能の研究を行う国立研究所の設立を増やすとしており、当該分野での存在感を強めている。
日本でも量子技術に対する取り組みが行われている。内閣府による量子技術イノベーション戦略では、社会経済システムとの連携を見据えた研究開発や拠点形成、人材育成などの視点が盛り込まれている。さらに、米IBM製の量子コンピュータの実機が2021年に神奈川県に設置され、2023年には国産初号機が稼働する予定だ。
量子コンピュータとは何か?期待される応用分野とは何で、開発においてどのような課題があるだろうか?
概要
まず、現在のコンピュータ(古典コンピュータ)との比較から量子コンピュータの概要について見ていこう。
量子コンピュータとは何か
量子コンピュータは、特定の条件下において従来のコンピュータよりも高速な計算を行える可能性があることから、次世代の計算機として期待されている。
古典コンピュータ(現在のコンピュータ)の課題として、問題の計算量が増大するとが容易に解けなくなるという点が挙げられる。例えば、多くの選択肢の中から最適解を求める問題がある場合、現在のコンピュータが従うプログラムでは、解の候補を総当たりで試していく必要がある。当然、問題の規模が大きくなれば、解を見つけるのに多くの時間がかかってしまう。
上記のような問題は現実の世界によく見られる。自然界の様々な事象が膨大なパラメータを持つことは容易に想像できるだろう。原子や分子といったミクロな世界はもちろんのこと、交通渋滞の要因、宅配時のルートの選択、機械学習に用いる学習データなど、問題のサイズが大きくなればなるほど、解を得るまでの時間は指数関数的に増大する。
この問題に対応するために、コンピュータの計算速度を上げていく必要がある。従来、チップに集積するトランジスタの数を増やす等の方法により、コンピュータの処理速度を向上させていた。しかし、近年は半導体の微細加工技術の限界が見えており、これ以上の速度向上は難しいとされている。
量子コンピュータは上記の問題を解決することが期待されている。量子コンピュータで行われる計算は量子計算と呼ばれ、後述するように同時並行で計算を実行していく点が特徴となる。この特徴のおかげで、これまでよりも多くのビット数を扱うことができ、膨大なパラメータを持つような問題にも対処できるのだ。
次に、量子コンピュータの動作原理について見ていこう。
量子ビット
古典コンピュータにおいて、情報の最小単位は0もしくは1の2進数で表され、これを「ビット」と呼ぶ。ビットは電子回路において、電圧が「低い」か「高い」か、あるいは電子が「ある」か「ない」かを表現するものだ。コンピュータとは、プログラムによりビットを操作し論理演算する装置だと言える。
一方、量子コンピュータでは0と1に加えて、「0であり1でもある重ね合わせ状態」も扱う。重ね合わせ状態とは、先程の電子回路で例えるなら、電圧が低い状態と高い状態が同じ確率で存在している状態を指す(*1)。このような状態は「量子ビット」と呼ばれ、量子コンピュータを構成する基本的な要素であり、次に述べる量子コンピュータの大きな特徴である並列計算において重要な役割を持つ。
重ね合わせ状態(筆者作成)
量子ビットを作るためには、何か2つの状態を実現できる物理系を持ってくればよい。例えば、光の振動方向が縦か横かであったり、絶縁体を挟んだ二つの超伝導体の電極のどちらに電子がいるか(*2)などで量子ビットを作ることができる。
なぜこれらの例で重ね合わせ状態が実現されるのかというと、どちらも光子や電子などの最小単位の物理量が量子情報の媒体となるからだ。このような物理量は、ミクロの世界のルールを記述する量子力学に従って振る舞う。量子力学の原理として重ね合わせ状態が許されているのだ。
(*1)重ね合わせ状態のよくある誤解として、「0と1の間だから値は0.5になる」というものがある。重ね合わせ状態は、0か1かの二択しかないので、0.5になるという選択肢は取り得ない。重ね合わせ状態にある量子ビットは、測定して初めてどちらかの状態に確定する。したがって、まだ測定していないうちは0の確率が50%、1の確率が50%となっているのだ。
(*2)厳密にいえば、超伝導体を使用した量子ビットは、2準位系と呼ばれる離散化されたエネルギー準位の基底状態と第1励起状態をそれぞれ0と1とすることで量子ビットを実現している。
計算を同時並行で行える
量子コンピュータの特徴として、重ね合わせ状態を利用した並列計算を行える点が挙げられる。並列計算とは、計算のステップを一つ一つ踏むのではなく、複数の計算パターンを同時並行で試行することを指す。
並列計算(筆者作成)
並列計算が威力を発揮する例として、素因数分解を高速に解くことが挙げられる。