Dr. Alex Karp at work.(Benamischarfstein, CC BY-SA 4.0) , Illustration by The HEADLINE

Palantirという逆説:ユニコーンを生み出した哲学者、アレックス・カープとは誰か(5)

公開日 2020年08月10日 09:57,

更新日 2023年09月13日 18:37,

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トランプ当選とティール批判

2016年、ピーター・ティールはドナルド・トランプの選挙キャンペーンに125万ドルを拠出し、共和党全国大会で支持を表明した。そればかりでなく当選後には、トランプの政権移行チームに加わったことで、シリコンバレーに驚きと嫌悪感をもたらした。

ただしカープの立場は、正反対だった。選挙前にヒラリー・クリントンへの支持を表明して、BuzzFeedによってリークされた2015年8月の社内会議の動画では、トランプの「架空の富」を軽蔑して、彼をいじめっ子と呼び、移民の強制送還に関する選挙運動のレトリックを非難する様子が映されていた。

これまで見てきたように、カープとティールの間に常に見解の一致があったわけではなく、むしろ正反対な政治的立場やイデオロギーを有していた時間の方が多かった。それでも2人の友情は維持され続けてきたし、その違いこそが、Palantirが掲げるミッションへと結実してきた。いまさら彼らの立場が真逆であることに驚く必要はないが、それでもトランプの出現はPalantirを率いるリーダーたちの複雑性を炙り出した

しかし、より重要なポイントはティールとカープの差異ではなく、見解の一致だ。驚くことに、多くのシリコンバレーの住人、いや世界中の人々がトランプを泡沫候補として考えていた最中、カープはトランプが大統領に就く可能性を持っていると予期していた。

社内会議の中でカープは、トランプ候補が人々の経済的不安に応えているので、政治的に成功する可能性があると示唆しつつ、「率直に言えば彼には立ち去ってもらいたいが、彼は選挙で勝利するかもしれない」と述べている。シリコンバレーの大多数の人々とは裏腹に、2人の哲学者は正しい未来を予測していたのだ。

ティールの行動原理は、逆説的だと言われるが、実際にはシンプルだ。彼は、トランプが勝利する理由を「米国史上はじめて、若い世代が未来に希望を持っていない」ため、「一見すると時代遅れのように見えるトランプだが、多くの人は”未来的な過去”に戻りたいと思っているから」だと説明する。2020年現在、トランプ政権下の米国が「過去の栄光」を取り戻したかのようには見えないが、少なくとも4年前にはそうしたビジョンを描いていた側面があったことは確かだ。19世紀に孤立主義を掲げていた米国は、たしかに唯一無二の超大国という栄光の時代を突き進んでいた。

しかし、ティールの「逆説的な一貫性」に比べて、カープの行動は理解しづらい。社内会議でトランプへの嫌悪感を隠そうとしなかったカープだが、トランプ当選後の2016年12月13日には、Apple社のティム・クックCEOやAlphabet社のラリー・ペイジ、Amazon社のジェフ・ベゾス、Facebook社のシェリル・サンドバーグCOOとともに、トランプ主催のミーティングに出席した。未公開企業の代表としてはSpace X社のイーロン・マスクもいたが、Tesla社が公開企業であったことを考えれば、異例の参加だと言える。

これはもちろん、ティールがトランプから厚い信頼を得ていたことによるものだが、それでもフランクフルト学派の継承者がトランプと同じテーブルについてるのは、不思議な光景だった。

2016年はティールの年だった。オンライン・メディア企業のGawker Mediaによってセックステープが公開された人気プロレスラーのハルク・ホーガンに、ティールは極秘で裁判資金を援助して、同社を破産へと追い込んだ。彼は、自らの性的指向を公に報じたGawkerについて「人を貶めることにより注目を集める独善的かつ有害な手法」だと厳しく批判していたが、そのやり方は言論の自由によって脅威であると疑問視もされた。FacebookやAirbnb、Stripeなどシリコンバレーを代表する企業を生み出したティールの名声が落ちることはなかったが、その思想を理解し得ない人々が現れたことも事実だった。

政府の顧客を数多く抱えるPalantirにとって、政府のトップと懇意にすることは当然であったが、ティールへの風当たりが強くなるにしたがって、トランプへの強いアレルギーを抱えるシリコンバレーからもPalantir批判が強まっていく。

世間の風当たりが強くなっても、カープがトランプ政権のミーティングに出席するのはなぜだろうか。単にCEOとしてのビジネス上の義務だからだろうか?盟友ティールの選択に従っているだけだろうか?

答えはどちらもノーだ。個人的な信条はさておき、カープもまたティールと同じように、社会の変化を見てとり、シリコンバレーがすでにそこから乖離していることも知っていた。カープは、誰がホワイトハウスに住んでいようとも、国家と軍隊を支援する道徳的義務を負っていると述べ、Palantirが政府との取引を続けている理由を説明する。

トランプに投票しなかったことを公言しつつ、同時にカープは、トランプが米国を滅茶苦茶にするという悲観的な見方を否定する。「米国は、現代の複雑な民主主義国家であり、無数のチェック・アンド・バランス機能を備えているため、誰も狂ったことはできない」 。

カープとティールは、たしかに異なるイデオロギーを持っている。しかし、2人の社会に対する見方は共通していた。彼らは現在のシリコンバレーが過度に党派的になっていると考え、そのことが真のイノベーションを阻害していると考えている。第二次世界大戦の時代、政府と民間が協働してイノベーションを生み出し、インターネットが生まれてきたことを考えれば、「現職大統領を嫌っているため、国に奉仕しない」という考え方のほうが硬直化したイデオロギーなのだ。

ケンブリッジ・アナリティカ問題

トランプ当選は、もう1つの厄介事をPalantirに持ち込んできた。Cambridge Analytica(ケンブリッジ・アナリティカ)問題だ。大規模なデータを活用して人々の心理や行動を覗き見るという点で、ケンブリッジ・アナリティカ社とPalantirに本質的な違いはない。問題は、それが合法か否かという点だ。

2016年6月のBrexit、そして同年11月の米国大統領選挙において、ケンブリッジ・アナリティカ社は選挙コンサルティング企業として注目を集めた。その触れ込みは、Facebookをはじめとするインターネットから集めた膨大なデータを元に、有権者の趣味嗜好を分析して、彼らの行動パターンを操るような戦略を実行することだったが、その効果には疑問符も付けられている。

しかしケンブリッジ・アナリティカの実力が不透明であっても、同社の存在は2017年から2018年にかけて一気に注目された。トランプの選挙対策本部長だったスティーブン・バノンの関与、Facebookのユーザー5000万人を超えるデータの不正利用、そしてロシアによる大統領選挙への介入まで、同社が注目される材料は事欠かなかった。 2018年、Palantirとケンブリッジ・アナリティカの関係が報じられた

当初、ケンブリッジ・アナリティカ社の内部告発者であるクリストファー・ワイリーが、議会の証言でPalantirの名前を出した際は「ケンブリッジ・アナリティカ社とは関与がなく、そのデータを用いたプロジェクトに取り組んだことは一度もありません」と否定していた。

しかし同日、アルフレダス・チミエリアスカスという名前の従業員が、2013年頃にケンブリッジ・アナリティカ社に対してFacebookのデータをスクレイピングするアプリの開発を提案したことが判明した。その後、Palantir自体は選挙や政治運動に関するプロジェクトには取り組まないという企業方針などから、ケンブリッジ・アナリティカ社とのパートナーシップを辞退していたものの、この従業員は2014年春まで、両社の関係を模索していたことが明らかになった。

このエピソードには尾ひれもついており、Googleの元会長であるエリック・シュミットの娘ソフィーも、ケンブリッジ・アナリティカとPalantirの協業を模索していた人物であった。2015年まで、SNSのデータ収集に関するポリシーを有していなかったPalantirだが、幸運なことに両社の提携は免れた。

おそらく、このプロジェクトが実現していれば、今頃アレックス・カープが億万長者になることはなかっただろう。 

トランプと移民

トランプ当選、ケンブリッジ・アナリティカ問題に続いて、世間からの反感を買ったのは米国移民・関税執行局(ICE)問題だった。

トランプ大統領にとって目玉となる政策は、メキシコとの国境に壁をつくり、不法移民の徹底的な取り締まりを実行することだったが、これには多くのテック企業が反発した。GoogleやNetflix、Salesforceといった大企業から、SlackやUber、Airbnbなどの新興企業まで次々と声明を発表して、移民政策への反対と影響を受ける可能性がある従業員への支援計画を明らかにした。こうした動きと逆行していたのが、Palantirだ。

2017年にThe Interceptは、「ドナルド・トランプ大統領が、米国から数百万人の移民を強制送還する取り組みをPalantirが支援する」ことを報じた。それによれば、同社はICM(Investigative Case Management)と呼ばれる情報システムを支援しており、職員はこのシステムから対象となった移民の教育・家族・雇用情報はもちろん、電話記録や資産、犯罪、生体認証に関する情報までもアクセスできるという。このシステムはCIAのデータベースとも繋ぎこまれており、ICEに強い権限を与えることに懸念が集まった。

ピーター・ティールがトランプ支持を公言し、ケンブリッジ・アナリティカのスキャンダルが浮上し、トランプの目玉施策である移民排除にPalantirが貢献していることが明らかになったことで、カープは完全に「ジレンマに直面」した。実際、「Maven」と呼ばれるドローンの映像を分析する契約を国防総省と交わしていたGoogleは、その打ち切りを余儀なくされ、AmazonはICEとの契約を続けるPalantirにサーバーを提供するべきではないという従業員からの抗議を受けた。

ところが、カープの立場は一貫して強固だった。政府との契約を止めなかったばかりか、テクノロジー企業は「米国との社会契約に違反している」と批判をはじめたのだ。カープの発言は辛辣だ。

狂った見た目の人々が、何か異なることをやっても許されてきたのは、歴史的に彼らが雇用か国家の安全保障のどちらかを提供してきたことで、その価値が理解されていたからです。(しかし、状況は大きく変わってしまいました。)いまやシリコンバレーは、より大きな社会のコンセンサスを破壊する小さなコミュニティをつくり、同時に一般の米国人に対しては「あなた方が望む国防や安全保障のニーズを支援しません」と伝えて、米国の利益に反する製品を販売しています。

これは、リベラルな空気に覆われ、トランプ大統領に反旗を翻すことが良しとされた、2016年以降のシリコンバレーの風潮から一線を画しているどころか、明らかに爆弾を投げ込む行為だった。

ここに至って、トランプへの不支持を隠そうとしなかったカープもまた、シリコンバレーがその問題以上のイデオロギー的硬直に囚われていることへの懸念を公言して憚らなくなった。「自由な開かれた社会に内在するパラドックス」を問いかけるカープにとって、問題は「トランプ支持か否か」ではない。「われわれの社会が、適切な社会契約によって成り立っているか」だ。

自由で開かれた社会は、市民的自由と国家の安全保障が両立していることで初めて成り立つ。しかし、シリコンバレーはもはや、その狭窄なイデオロギーに縛られ、前者の価値に拘泥するあまり、後者を放棄したのだ。

トランプのような差別主義者は、社会の外から現れたわけではない。ホロコーストを生み落としたナチスの政治家が内部からやってきたように、米国国民の半分がドナルド・トランプを支持した理由に、ティールとカープ以外のシリコンバレーの住人はほとんど気付いていなかった。

カープは、少しずつシリコンバレーから距離を置きはじめた。その視線が見ているのは、自らに所縁の深い欧州だ。

(担当:石田健)

欧州市場の開拓

今日、Palantirにとって欧州の顧客は重要なポジションを占めている。2016年夏、フランスの国内治安総局 (DGSI) に対するGothamを用いたサービスの提供を筆頭に、エアバス、フィアット・クライスラー、サノフィ、クレディ・スイス銀行、さらにはフェラーリのF1チームが相次いでFoundryを導入した。

米国での創業当初における苦境に比して、既にPalantirのブランドが確立された今日、欧州市場では比較的順調に成果を挙げているようだ。

この成功の背景には欧州側の事情もある。やや旧い体質の大企業にとっては米国の先端的なテクノロジーが業績改善の切り札となり得ることに加え、フランクフルトで博士号を取得したカープの経歴が半ば好奇心、半ば親近感をもって欧州エリートに迎えられているというのが実相だと考えられる。

中でもエアバスとの関係は深く、両社は2017年6月に開催されたパリ航空ショー (Salon du Bourget) の会場において、共同で開発したオープンデータプラットフォームSkywiseを発表する。

航空機は精密機械だ。エアバスの最新機種であるA350-XWBは一機あたり数十万個のセンサを搭載しており、データの宝庫となっている。加えて、機材の運航記録や整備記録、パイロットによる報告書、過去のトラブル履歴といった膨大なデータが日々蓄積されている。 こうした非構造化データを適切なタグ付けにより整理・分析することで、実際にトラブルが発生する前に予防的なメンテナンスを行うことが可能となる。Skywiseを導入した結果、エアバスは機材の運用や整備を効率化し、航空機地上滞留 (AOG) を大幅に削減することができたのである。

とはいえ、IQTから出資を受ける秘密主義のデータ企業との提携に対し、欧州を代表する優良企業として抵抗はなかったのだろうか?

当時のエアバスCEO、トム・エンダースは2014年、Google元CEOエリック・シュミットの仲介でカープと知り合った。仏Le Point誌のインタビューによれば、エンダースはしばしば同業者より、Palantirとの提携によってエアバスの保有するデータが危険に晒され、漏洩する可能性があるとの忠告を受けてきたという。

だが、エンダースは「それはナンセンスです」と断言する。「実際、我々のソフトフェアのソースコードを見れば十分に説明できます。我々は自らの基準に従ってアーキテクチャとストレージを定義し、他者よりも安全性の高いクラウドを構築することができました。」エンダースCEOはこのように述べ、Palantirのコンプライアンス意識に対して絶大な信頼を寄せる。

他方、カープ自身も「競合他社であるボーイングと提携する意図はなかったのか」という質問に対し、「いいえ、私たちには哲学があります。誰とでも一緒に仕事をするわけではありません。プラットフォームを開発するには文化的・技術的な共通性が必要なのです」と述べ、エアバスと欧州に対する共感をアピールする。 カープの発言は続く。

我々は3種類の顧客を相手にしています。支払い能力のないNGO、少ししか支払わない政府機関、そして時に金払いの悪い大企業です(笑)

――なぜ収益が少ないにもかかわらず、政府との協働を続けるのでしょうか。

Palantirは、個人の安全が保障されない限り民主主義が脅かされる可能性があると考えています。したがって、テロリズムの脅威を減らすことが深い動機なのです。なぜ朝起きるか分からないのに起きる、我々にとって政府との提携とはそういった類のものです。この問題に関して、我々は世界トップクラスに位置付けられます。なぜ政府が我々と協働するのかといえば、それは我々がテロ攻撃を削減するからです。これは非常にやりがいのある仕事です。

この発言から読み取れるのは、「テクノロジーを通じて市民の自由と安全を両立する」というPalantir創設当初の目標である。Palantirのソフトウェアはこの高邁なヴィジョンを十分達成しうる水準にあり、その技術力が欧州の伝統的な大企業において受け入れられたのだ。それは、カープがその経歴を通じて探究した「自由で開かれた西洋社会を守ってゆく」という問題意識が実を結んだ瞬間でもあった。

(担当:長野壮一)

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この記事の特集

Palantirという逆説:ユニコーンを生み出した哲学者、アレックス・カープとは誰か

✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
パリ社会科学高等研究院博士課程
東京大学文学部卒業後、同大学院にて修士号(文学)取得。現在はパリ社会科学高等研究院の博士課程に在籍中。専門は政治文化史・社会政策思想史。著書に『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』(共編、2021年)、『歴史を射つ』(分担執筆、2015年)など。
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