大麻は「ゲートウェイドラッグ」や犯罪組織の資金源となる可能性があるとして取り締まられてきた。一方で大麻関連の犯罪は逮捕者の人種的偏りが著しいとして、刑事司法の観点から批判されてきた。こうした犯罪とその抑止をめぐって大麻の合法化がどのような役割を果たすのか、さまざまな施策の実施や研究結果の公表がなされている。第2回では、大麻合法化賛成派・反対派の主張をそれぞれ概観し、賛否を決める上で問題となっている論点を析出した。
今回は具体的に検証をおこなうにあたって、大麻合法化による犯罪抑止について取り上げることとしたい。
犯罪抑止効果のメリット
大麻の合法化そのものは、大麻に関わる行為(所持・販売・栽培・販売など)を合法化するため、こうした一連の行為に関する逮捕・起訴を規制の範囲内で抑止するとされている。ドラッグ・ポリシー・アライアンスの報告によると、コロラド州では合法化後、所持・栽培・流通それぞれの罪状に関して逮捕・起訴が大幅に減少している。
国全体で合法化をおこなったカナダでも、大麻関連の犯罪は全国的に減少傾向にある。また、同じく合法化をおこなったウルグアイでも、観光客への販売規制には苦慮しながらも、麻薬犯罪が20%減少したとされている。
他の犯罪への抑止効果はあるのか
一方で、大麻の合法化が麻薬犯罪以外の犯罪を減少させたとするデータもある。2018年に発表された研究によると、娯楽目的の大麻合法化がなされたワシントン州とオレゴン州を比較した結果、合法化以前と比べてレイプと窃盗を有意に減少させた。合法化によって大麻の消費量は増加した代わりに、他の薬物およびアルコールの消費量を減少させた。こうした犯罪抑止のメカニズムについては、大麻の直接的な向精神作用、暴力を誘発するハードドラッグやアルコールからの脱却、取締コストが低下したことによる警察のリソースの再配分、大麻ビジネスにおける犯罪者の役割の減少、という4つが可能性として指摘されている。
ただし、大麻の合法化が犯罪抑止一般に効果的かについては、慎重になる必要がある。2019年に公開された、コロラド州とワシントン州における犯罪の時系列分析は、一部の例外を除いて、娯楽目的の大麻合法化がコロラド州やワシントン州の主要犯罪に最小限の影響しか及ぼさなかったことを示唆している。同研究では、先行研究同様、大麻合法化に犯罪を助長する効果は認められないとされており、少なくとも悪影響を及ぼす施策ではないだろう。とはいえ、大麻合法化が暴力犯罪や窃盗などの財産犯罪といった、あらゆる主要犯罪の抑止や治安の向上に役立つと判断するのは時期尚早と言える。
また、自動車事故と大麻の関連についても、依然不明確な点が残る。大麻使用によって判断力、運動協調性、反応時間が低下するとされることから、血中THC濃度と自動車衝突事故のリスクは直接的な関係があると見なされてきた。しかし、米薬物乱用研究所(NIDA)によると、マリファナが中毒後数日または数週間体液中に検出される可能性があり、また人々が頻繁にアルコールと組み合わせて使用するため、衝突時にマリファナがはたす役割はしばしば不明確とされている。また、米運輸省道路交通安全局による研究では、大麻に起因する衝突リスクの有意な増加は認められなかった。
以上に鑑みて、大麻合法化は大麻関連の犯罪抑止にはある程度つながりうると言える。また、合法化そのものが犯罪のリスク要因であるという見立てには反論できるだろう。とはいえ、大麻が合法化された国や地域はまだ数が少なく、その期間も短いことからデータや研究蓄積が十分とは言い難い。このため、合法化賛成派が主張するように、犯罪抑止に効果があるとするには時期尚早である。
刑事司法上の人種問題
犯罪抑止の観点からの大麻合法化には、刑事司法上の不平等の是正が含み込まれている。具体的にいえば、大麻関連の犯罪での逮捕・起訴に人種間の格差があり、それを是正しようという目論見である。
例えばアメリカでは、人種や貧富を問わず、人口の編成に対しておおむね同じような割合で大麻の使用がおこなわれている。にもかかわらず、第2回でも指摘したように、黒人をはじめとする有色人種の逮捕率は白人と比べて明らかに高いものとなっている。
こうした大麻取締りにおける人種問題は、アメリカに限ったことではない。近年、大麻規制の緩和が議論されているフランスでは、囚人の6人に1人が大麻を使用、所持、または販売したアラブ系のイスラム教徒男性であるとされている。彼らは人口の9%を占めるに過ぎないことに鑑みれば、人種・宗教的な非対称性が見出される。また、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの調査によると、大麻が非犯罪化されているイギリスでは、国内の人口比で5%程度の黒人が、大麻関連の訴訟で有罪判決を受ける人の20%を占めている。
こうした人種問題と犯罪取締りのネガティブな結びつきを解決する狙いが、大麻合法化や非犯罪化にはある。
しかし、合法化や非犯罪化は、必ずしも大麻使用によるマイノリティへの逮捕傾向の歴史的なパターンを変化させていない。アメリカでは、警察の裁量の増加、違法な市場での若者の消費に対するインセンティブの提供、そして少年司法における人種問題の悪化に伴い、非犯罪化の意図せざる結果として人種的不均衡の温存を招いていることが指摘されている。
加えて、2018年にドラッグ・ポリシー・アライアンスが発表した報告書では、大麻使用が非犯罪化された都市でも、黒人の公共使用による逮捕は白人と比べて11倍高くなっていることが示されている。ワシントン大学が2019年に発表したレポートでも、合法化は取り締まりや大麻の販売・流通など、特定の犯罪に関連した相対的な格差を下げることには影響を与えていないと指摘されている。同年の研究でも、ワシントン州における大麻関連での全体的な逮捕率は合法化後に大きく低下したものの、アフリカ系アメリカ人と白人との逮捕率の相対的な格差は拡大していることが明らかとなった。
2020年のアメリカ自由人権協会のレポートでも、2010年から2018年の間に600万人以上が逮捕され、大麻を合法化した州では相対的に人種間格差が低下したものの、すべての州で黒人は白人よりも大麻所持で逮捕される可能性が依然として高いことが示されている。
以上に鑑みても、大麻合法化が刑事司法上の人種間格差を是正できているとは言い難い。
ここまで、大麻合法化による犯罪抑止効果について検討してきた。大麻合法化は大麻関連の犯罪抑止には効果があり、また治安悪化をもたらすわけではない。しかし、他の犯罪への抑止効果や合法化による刑事司法上の人種問題是正には必ずしも効果が見られなかった。