BTSは、なぜ成功したのか?(2)異例の"エンタメベンチャー"

公開日 2020年12月11日 23:11,

更新日 2023年09月13日 19:50,

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前回述べたように、BTSはK-POP全体が注目を集める中で生まれてきた。しかし、その中でもBTSの成功は異例づくしだ。中でも、その事務所であるBig Hitの存在は、彼らをますますユニークな存在にしている。

2020年に上場が予定され、いまではK-POPを代表する事務所となったBig Hitエンターテインメントは、どのような事務所なのだろうか。

売上・時価総額・組織

2020年8月時点で、Big Hitのスタッフ数は約800人と言われており、設立から15年で一躍世界的な企業となった。 2018年の売上は2,140億ウォンだったが、2019年には5,782億ウォン(約520億円)と倍増、2020年にはコロナ禍が全世界を直撃したにもかかわらず、上半期で前年比47%増の2,940億ウォンを達成している。

日本を代表する芸能事務所であるエイベックスの2020年3月期の売上が1355億円、アミューズの売上が588億円であることを考えると、思ったより規模が小さい印象を受けるかもしれない。しかし、世界中で人気を博するBTSブランドを抱えており、まだ1つだけのグループの売上に頼っていることからも、市場からの期待は高い。エイベックスの時価総額がわずか420億円前後であるのに比べて、売上が現時点では半分程度しかないBig Hitの時価総額が、上場前には時価総額およそ4兆から5兆ウォン(3500億~4600億円)と予想され、12月11日現在は6兆ウォンとなっている。

同社の主力商品はBTSだが、最近になって後輩グループの育成に力を入れたり、買収をおこなっていることから、経営は多角化している。たとえば、Big Hitの部門はレーベル部門とビジネス部門の2つに別れているが、その中で4つのレーベルを抱えている。

「Big Hit label」は、BTSとその後輩グループであるTOMORROW X TOGETHER(TXT)が所属しており、同社を牽引しているレーベルだ。「Source Musicエンターテイメント」は、女性アイドルグループのGFRIENDが所属しており、もともと独立企業であったが、Big Hitに買収されて傘下に入った。

おなじく、「Pledisエンターテイメント」も買収によって再編されたレーベルだ。男性アイドルグループのNU'ESTやSEVENTEENなどが所属しており、過去には人気の女性アイドルグループのAFTER SCHOOLが所属していた中堅事務所だった。

また「Belift」はCJ ENMとの合弁企業だが、アイドルサバイバル番組『I-LAND』からのデビューグループを想定したレーベルとなり、実際にデビュー後にENHYPENが所属している。

一方、ビジネス部門ではIP(知的財産)の管理や教育、IT事業などをおこなっている他、日本と米国には現地法人も抱えている。 このように経営の多角化を進めているBig Hitだが、その歴史は決して順風満帆だったわけではない。

苦難のスタート

Big Hitエンターテインメントは、JYPエンターテインメントの作曲家であったパン・シヒョク代表が2005年にスタートさせた会社だ。BTSのデビューが2013年であることを考えれば、意外と古い設立のように見えるが、初期はJYPの仕事を請け負うことも多かった。 実際に、2014年まではJYP出身のアイドルグループ2AMのマネージメントも手掛けていた他、2010年代初頭に米国進出をしたことで話題となったWonder Girlsも、パク・ジニョン代表とパク・シヒョク代表が直接マネージメントをおこなっていた。

JYPのサブ・レーベルのような形で存在していたBig Hitだが、2012年には最初のグループであるGLAMを手掛ける。このガールズグループは成功したとは言い難いが、名前は広く知られている。それは、GLAMのメンバーであるダヒらが著名俳優のイ・ビョンホンを脅迫して、金銭を要求しようとしたためだ。

2014年、ダヒとモデルのイ・ジヨンは、イ・ビョンホンがわいせつな発言をしたと主張する動画を元に、50億ウォン(約5億4200万円)を恐喝しようとしたが、すぐにイ・ビョンホンが警察へと通報。翌2015年に、イ・ジヨンは懲役1年2ヶ月、ダヒは懲役1年が宣告され、それぞれに執行猶予2年がついた

2012年に「Party(XXO)」でデビューしたGLAMの代表曲である「Party(XXO)」は、BTSのRMとパン・シヒョクが一緒に作詞・作曲した歌で、デビュー前のBTSメンバーも、バックダンサーとして彼女たちの活動をサポートした。しかし、デビューからわずか5ヶ月でメンバーが脱退、同じくデビューから2年で事件が起き、2015年には解散へと追い込まれた。この事件は、長らくBig Hitが女性練習生を採用しないほどの暗い影を落とした

事務所設立から苦しい時期が続いたBig Hitだったが、2013年6月13日には防弾少年団(BTS)がデビューする。GLAMの作品づくりにも参加していたことからも分かる通り、このグループはRMの才能に惚れ込んだパン・シヒョクが、彼のために生み出したHIPHOPグループだった。

2013年といえば、2011年にSMエンターテインメントからデビューを果たしたEXOが快進撃を開始して、BIGBANGの人気が、日本でも最高潮に達した時期であり、K-POP業界が勢いづいていた時期だった。しかし、BTSへの注目はそれほど大きくはなかった。

その理由の1つは、当時のBig Hitが弱小事務所に過ぎなかったからだ。

三大事務所

Big Hitを理解するためには、韓国の三大事務所について説明する必要がある。長い間、K-POPの三大事務所とされてきたのはSMエンターテインメント、YGエンターテインメント、そしてJYPエンターテインメントだった。

SMエンターテインメントは、東方神起やBoA、少女時代、EXOなど日本でも知名度を誇るアーティストを手掛けてきた。1989年から韓国の芸能界を牽引してきた存在であるとともに、早くから世界進出や多角化を推し進めて、企業価値の向上を続けてきた。

YGエンターテインメントは、BIGBANGやBLACKPINKなどの世界的グループを生み出してきた事務所であり、2012年に「江南スタイル」のスマッシュ・ヒットで米国でも知名度を獲得したPSYなどを輩出してきた。

そして、JYPエンターテインメントは2PMやWonder Girls、TWICEなどを手掛けてきたが、ITZYや日本人のみで構成されてきたNiziUなど、近年生まれたグループの躍進も凄まじい。

新人グループと言えども、三大事務所からデビューしたグループは大きな注目を集めるが、Big Hitは当時生まれたばかりの、そしてスキャンダルの印象が強かった事務所であり、BTSが成功するかは未知数だった。 たとえば、通称MAMAとして知られる「Mnet Asian Music Awards」は、K-POPを代表する音楽賞だが、2016年にBTSが受賞するまで、三大事務所以外のアーティストが主要な賞に輝くことは殆どなかった。

しかしBTSの躍進は、三大事務所以外であっても大ヒット・グループを生むことができることを証明し、その三大事務所の構図を塗り替えようとしている。その背景には苦しむYGとSM、そしてCJ ENMとBig Hitの成長がある。

YGは、BIGBANGという看板アーティストのメンバーであったV.I.が、性接待疑惑や性売買あっせん、海外不法賭博などをうけて、2019年に芸能界を引退するスキャンダルに見舞われた。また同年、ヤン・ヒョンソク前代表が脅迫の容疑で立件されるなど、事務所の凋落を象徴するような事件が続いた。BLACKPINKの世界的な成功によって事務所は盛り返しているように見えるが、三大事務所の一角であるYGの勢いが弱まっていくのではという声も根強い。

またSMエンターテインメントも、EXO以降は苦戦が続いている。BoAや東方神起など、K-POPのトップ事務所として君臨していたが、近年は他事務所の成長に押されている感は否めない。

ここに入り込もうとしているのが、Big HitとCJ ENMである。CJ ENMとは、サムスン系列の企業であるCJ Groupのエンターテイメント部門だ。財閥系企業の力が強大な韓国を象徴する企業であるCJ Groupだが、K-POPを代表する音楽番組『Mnet』や20012年から開催されている韓流コンサート「KCON」もCJ ENMが運営しており、エンターテイメント業界にも多大な影響力を持っている。

CJ ENMは自身のアーティストを抱える事務所ではないものの、コンテンツの流通において中心的な存在であり、三大事務所以外にとっては彼らの番組やYouTube、イベントに出演することが欠かせない状況だ。

CJ ENMが財閥系企業であることを考えれば、三大事務所でもなく、何の後ろ盾もないBig Hitがいかに異例の成長を遂げた企業であるかが分かる。

BTSの成功、多角化へ

2015年以降、BTSの成功は説明するまでもない。「Run」と「I NEED U」がヒットしたことで一躍スターダムを駆け上がり、ついにはBillboardやGrammyでも彼らの名前を聞くことになった。 2016年、Big Hitの売上は355億ウォン、営業利益110億ウォンとなり当初の計画を大幅に超えた。BTSの成長に合わせて、Big Hitもまた経営を加速させていく。

2016年には、設立当初に40億ウォンの投資を受けたSVインベストメントに加えて、LBインベストメントから55億ウォンを調達して、株主に迎え入れた。同社は、中国版TInderのTantanやkakao games、PANDORA.TVなどにも投資するVC(ベンチャー・キャピタル)だ。2017年には、Signal Entertainment Groupが保有していた転換社債を買収することで関係を解消、上場に向けて株主の整理もおこなっている。

この頃から上場時期にも注目が集まり、2018年にはモバイルゲームの開発企業Netmarble社から、2000億ウォンの出資を受けた。同社の株式保有率は25.71%となり、パン・シヒョク代表に次ぐ株主となった。同社はすでに「BTS World」というモバイル・シミュレーション・ゲームの開発を通じて提携していたが、デジタル・コンテンツ化やIP戦略をますます強化するという姿勢の現れだった。ちなみに、Netmarble社の株主には、前述したCJ ENMや中国の大手企業Tencentなどがおり、同社代表のパン・ジュンヒョクは、Big Hitのパン・シヒョクといとこ関係にある。

この出資により、Big Hitが単なる「BTSの事務所」ではなく、「総合エンタメ企業」になろうとしていることが印象付けられた。BTSの活躍は目覚ましいものであったが、メンバーの脱退やグループの解散リスクがある中で、彼らに依存した経営は心もとない。ゲームやデジタル・コンテンツに力を入れていくことで、グループの活動以外にも収益源を模索していく姿勢が鮮明にされた。

ちなみに、前年にはBT21というキャラクターも誕生している。これはBTSのメンバーが生み出したキャラクターであり、CMや企業とのコラボレーションに、メンバー自身でなくこのキャラクターを活用することで、アーティストのブランド価値を落とさず、多数の仕事をこなしていくための施策であった。こうした周辺ビジネスも、2017年前後には続々と生み出されている。

しかし2018年は、もう1つ会社にとって朗報があった。それはBTSの契約が延長されたことだ。韓国アイドルは、慣例としてデビューから7年間にわたって、最初の契約を結ぶことが多い。2013年にデビューしたBTSにとって、契約更新の時期は2020年であったが、その1年以上も前に再契約の発表がなされたことは、Big Hitの企業価値を下げないためにも重要な決定であった。これによって、BTSが最低でも2027年上半期までBig Hitを支え続けることが明らかとなり、上場に向けて確固たる基盤を築くことができた。

これは同時に、メンバーが兵役にいく2020年頃から2025年頃にかけても、BTSが存続していくメッセージの表れであった。彼ら以外にも多角化は進んでいたが、1番の稼ぎ頭であるBTSの未来が約束されたことで、上場に向けての基盤が整った。

そして2019年、Big HitのレーベルとなるSOURCE MUSICを買収して、GLAM以来の女性アーティストを抱えることになった。兵役がある韓国においては、男性アイドルのみで事業を組み立てることはリスクになる。そのため、Big Hitにとっては悲願のポートフォリオ強化だった。

JYPとの関係

ここで買収したSOURCE MUSICとBigHitの関係は深い。代表の2人はJYPエンターテイメントで同時期に働いており、オフィスがすぐ隣の時期もあった。GLAMのプロデュースはBigHitだったが、マネージメントはSOURCE MUISICであったことから、設立当初からともに仕事をおこなってきた両社だからこそ、円滑に買収は進んだ。

また、Big Hitの成長にJYPの存在も、欠かすことができない。Big Hitのパン・シヒョク代表とJYPのパク・ジニョン代表は、現在でも良好な関係を保っている。2人の関係性でよく知られているのが、靴下事件だ。

2人がWonder Girlsのプロモーションのため、ともに米国で暮らしていた時、洗濯担当がパン・シヒョクだった。パク・シヒョクが「靴下を裏返さずにそのまま入れてくれ」と注意したものの、疲れたパク・ジニョンが何度も裏返したままだったことから、パク・シヒョクが怒り、家を出ていったエピソードがある。最終的に両者は謝罪をして和解したが、パク・ジニョンは後に「靴下を裏返さなかったら、彼は独立しなかった」と冗談を言っている。BTSのファンは、靴下をパク・ジニョンが裏返したからこそ、Big Hitが生まれたと信じており、彼に感謝しているという笑い話もある。

また、パク・シヒョクを代表する楽曲である「銃で撃たれたように」は、音楽的なスランプに苦しんでいた時、パク・ジニョンからの手厳しい助言によって生まれたという。

様々なエピソードが出てくる関係だからこそ、2つの事務所はいまでも良好な関係を保っている。JYPで十分なサポートを受けられなかった2AMのマネージメント業は、初期のBig Hitにとって重要な仕事だった。 BTSのアルバム『LOVE YOURSELF Highlight Reel ‘起承轉結'”』のMVに、当時JYPの練習生だったITZYのリュジンとユナが出演していたことも、両事務所の関係をうかがわせる。

上場に向けて

Big Hitの買収攻勢は、2019年から2020年にかけても続いた。

2019年8月には、2016年に設立され音楽ゲームなどを開発していたSuperbを買収した。同社の経営は引き続き独立性が保たれるものの、BigHitや関係会社のIPを活用したゲームの開発をおこなうことが明らかにされ、音楽以外のエンタメへの本格的な進出が印象付けられた。

2020年5月、Pledisエンターテイメントの最大株主になったことで、BTSとTXTに加えて、人気男性アイドルグループのNU’ESTとSeventeenらが加わることになった。複数レーベル、そしてIPやプラットフォームなどの事業拡大というBigHitの戦略にますます注目が集まると同時に、上場を控える中で、BTSへの過度な依存を分散しようとする動きだった。

このようにBig Hitの歴史を紐解くと、三大事務所ではないにもかかわらず破竹の快進撃を遂げた、異例のエンタメベンチャーであることがわかる。もちろんBig Hitの成功はBTSのおかげだが、反対に、BTSの成功はBig Hitの後押しがあったからだとも言える。

もし仮に、Big Hitが成功の過程で、事務所の経営やグループのマネージメントに1つでも失敗していれば、BTSの栄光にも傷がついていたかもしれない。彼らが無事に上場へこぎつけたことは、その荒波に晒された航海で、まずは1つの大きなマイルストーンを達成したことにほかならない。

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この記事の特集

BTSは、なぜ成功したのか?

✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
シニア・エディター
早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社マイナースタジオの立ち上げに参画し、同社を売却。その後、The HEADLINEの立ち上げに従事。関心領域はテックと倫理、政治思想、東南アジアの政治経済。
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