前回述べたように、スキャンダラスなイメージさえあった弱小事務所であるHYBE(ハイブ、旧称:BigHitエンターテイメント)そしてBTSは、いかにして現在の地位を確立したのだろうか。
事務所の戦略、BTS自身の魅力という2つの観点から検討することとしたい。
HYBE独自のマネジメント
HYBEの成功の裏には、コンテンツの競争力に加えて、顧客(ファン)の満足度最大化を目指して三大事務所とは異なるマネジメント・マーケティング手法を取ってきたHYBE独自の戦略がある。
具体的に見ていこう。
ソーシャルメディア戦略
BTSが人気となった理由として最もよく挙げられるのが、ソーシャルメディアを利用した発信である。ソーシャルメディア上では熱心なファン(ARMY)が彼らの投稿を拡散し、拡散されることでファンが増えるというバイラル・ループに乗りやすいという構造がある。これにいち早く取り組んだのがHYBEだ。
前述したとおり、K-POPの世界では新曲のリリースとともに出演する音楽番組やバラエティ番組へのメディア露出が主要なマーケティング経路の一つとなっている。しかし、そのメディアに対しては三大事務所が強い影響力を持っており、弱小事務所であるHYBEには所属アーティストを送り込む機会がなかなか巡ってこなかったために、ソーシャルメディアによるマーケティングに力を入れたと説明されることが多い。
もちろんそれ自体は誤った解釈ではない。しかし、2010年にHYBEに参加し、BTSの企画段階から戦略策定に大きく携わっているユン・ソクジュン氏はForbesのインタビューでは、マーケティングとしての狙い以外の理由も語られている。
ユン氏によれば「ファンが最も欲しいのは、アーティストとのコミュニケーション」であり、それを実現するためにBTSのメンバーたちの飾らない日常や会場のバックステージ姿、メンバーたちが自身で製作した作品などの様々なコンテンツをYouTubeに「BANGTAN Bomb」というタイトルでアップロードしたのが始まりだという。
実際に「BANGTAN Bomb」の映像が、当時の他のK-POPグループの作り込まれた映像と比べて大きく異なることは明らかだ。例えば、2013年に公開されたBTSの初期の映像には、メンバーのVとJungkookが楽屋で音楽番組のMCの物真似をする様子や、Jinが舞台袖で愛嬌をする(可愛いポーズを取る)姿、全員でダンスリハーサルに取り組む様などが映し出されている。このように、舞台裏で過ごすメンバーのラフな姿も公開することで、ファンに親近感を抱いてもらう意図を達成していた。
なお、ユン氏が映像コンテンツ専門チームを構築することに注力したのは2010年のHYBE入社直後からであり、その構想はBTS企画段階から存在していたことが伺える。(BTSの公式デビューは2013年。)
グローバル市場への積極的な進出
国外での活発な活動も、HYBEが採用した特徴的な戦略の一つとされる。前述したように、三大事務所に所属するアイドルは国内のテレビ番組に出演する機会が与えられているため、一般的には国内で人気を得てから海外進出を目指すこととなる。しかし、そのようなチャネルを持たなかったBTSは、活動初期からグローバル市場での活動を積極的におこなっていた。実際に2013年6月のデビュー後、すでにその年の12月には日本で最初のライブを開催、翌2014年にはドイツ、スウェーデン、ブラジルなどでもファンミーティングを開いている。
2015年からは特にアジア市場での成功に的を絞り、それを成し遂げた。そのためにリリースされたのが、『花様年華』Pt1、Pt2、YOUNG FOEVER(リパッケージアルバム)の3作からなる「花様年華」シリーズだ。『花様年華』とは、2000年公開の有名な恋愛ものの香港映画『花様年華』を参照したもので、儚い青春の美しさと危うさを描いたコンセプトも相まって、アジアの幅広い層にアピールすることに成功した。
事実、BTSはこの年に日本、フィリピン、シンガポール、タイ、台湾、マレーシア、香港など、アジア圏で相次いで公演を開催している。さらにその後は、オーストラリア、アメリカ、メキシコ、ブラジル、チリへも進出。最終的には13カ国18都市で計8万人を動員するワールドツアーを成功裏に終えた。
これをきっかけにBTSの人気は国内外で確固たるものになり、2016年にリリースされた次のアルバム『Wings』が、韓国のGAONチャートで年間1位の75万1301枚の販売量を記録する。これはGAONチャートの集計開始以来最高の数値だ。また、『Wings』はアメリカのBillboard 200チャートでも26位にランクインし、アメリカでのさらなる活躍の足がかりとなった。
自主性を尊重する契約形態・トレーニングシステムの構築
アーティストの育成・マネジメント面で、HYBEが他の事務所と異なるアプローチを採用したことも、戦略上の特徴の一つとして指摘される。